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研究室で賞状を手にする郡和範 准教授。 /<i class='fa fa-copyright' aria-hidden='true'></i> KEK IPNS

研究室で賞状を手にする郡和範 准教授。 / KEK IPNS

理論センターの郡和範 准教授が第25回(2020年)日本物理学会論文賞を受賞しました。受賞論文のタイトルは「Can we explain AMS-02 antiproton and positron excesses simultaneously by nearby supernovae without pulsars or dark matter?(和訳: 超新星残骸モデルはAMS-02衛星観測による宇宙線反陽子と陽電子の過剰問題をダークマター説やパルサー説に頼らずに解決できるだろうか?)」で、 太陽系近傍の未発見の超新星残骸からやってくる宇宙線中の反陽子(注1)と陽子のフラックス(単位時間、単位面積あたりのエネルギー量)の組成比、陽電子(注1)と電子のフラックスの組成比を、理論的に説明しています。本論文は今回の5件の受賞グループの中で、唯一の素粒子・原子核・宇宙物理・宇宙線分野からの受賞です。

国際宇宙ステーション搭載の実験装置AMS-02の観測グループが2015年に発表した成果により、太陽系近傍で観測される宇宙線の反陽子と陽子の組成比と、陽電子と電子の組成比は、それぞれ従来の標準的な理論値と観測値との間に深刻な違いがあることが明らかとなりました。反陽子と陽子の組成比、陽電子と電子の組成比をそれぞれ計測すると、数十ギガ 電子ボルト以上エネルギーが高くなるにつれ、従来の標準的な理論による予想値よりも観測された組成比が、それぞれ大きくなっていくのです。つまり、従来の標準的な理論予想よりも多くの宇宙線の反陽子、陽電子が太陽系近傍に存在していたのです。この謎を解明するため、すぐさま宇宙物理学者や素粒子物理学者が数多くの理論モデルを提唱しました。その多くは「未発見の素粒子であるダークマターが対消滅もしくは崩壊して反陽子と陽電子が生成された」という未知の新粒子の存在を仮定したモデルでした。郡准教授も別のグループで、そうした素粒子モデルの可能性も検討しています。

ところが、この論文における郡准教授らの宇宙物理学の理論モデルでは、太陽系近傍の未発見の超新星残骸が仮定されています。超新星残骸とは、質量の大きな天体がその生涯を終える時に爆発した後に残る、ガスで出来た雲のような天体です。そうした超新星残骸からは高エネルギーに加速された陽子や電子が周囲に放出されると考えられています。郡准教授らは、約10万年前という比較的新しい時代に、太陽系から数100 pc(注2)程度の距離にできた複数の超新星残骸で加速された高エネルギー陽子が、周りのガスに衝突して反陽子と陽電子の両方が同時に生成されたとするシナリオを提唱しました。郡准教授らの理論モデルは、すでに2009年の準備論文にて世界で初めて提案されましたが、その後の2015年に発表されたAMS-02の反陽子と陽子の組成比の観測結果と比較したところ、あたかも2009年の論文で予言されていたかのごとく極めてよく一致していたのです。さらに、陽電子と電子の組成比の過剰のデータも、同じモデルで自動的に説明していました。

反陽子と陽子のフラックスの組成比(理論値と観測値)。縦軸が反陽子のフラックス/陽子のフラックスで、横軸が運動エネルギー。従来の理論モデルによる値(オレンジ色)では、数十ギガ 電子ボルト以上エネルギーが高くなる場合に、観測値(赤色、水色)の方が大きくなってしまう、つまり反陽子が多くなってしまうという問題がありました。ところが、郡准教授らの提唱した理論モデル(黒色実線)は観測値とよく一致しました。(Credit: K. Kohri et al. Prog. Theor. Exp. Phys. 2016, 021E01 (2016) )

反陽子と陽子のフラックスの組成比(理論値と観測値)。縦軸が反陽子のフラックス/陽子のフラックスで、横軸が運動エネルギー。従来の理論モデルによる値(オレンジ色)では、数十ギガ 電子ボルト以上エネルギーが高くなる場合に、観測値(赤色、水色)の方が大きくなってしまう、つまり反陽子が多くなってしまうという問題がありました。ところが、郡准教授らの提唱した理論モデル(黒色実線)は観測値とよく一致しました。(Credit: K. Kohri et al. Prog. Theor. Exp. Phys. 2016, 021E01 (2016) )

(a)陽電子と電子のフラックスの組成比(理論値と観測値)。縦軸が陽電子のフラックス/電子のフラックスで、横軸が運動エネルギー。こちらも郡准教授らの提唱した理論モデル(黒色実線)と観測値(赤色、水色)はよく一致しています。(b) (a)の縦軸を陽電子と電子のフラックスの総量で表した図。(Credit: K. Kohri et al. Prog. Theor. Exp. Phys. 2016, 021E01 (2016) )

(a)陽電子と電子のフラックスの組成比(理論値と観測値)。縦軸が陽電子のフラックス/電子のフラックスで、横軸が運動エネルギー。こちらも郡准教授らの提唱した理論モデル(黒色実線)と観測値(赤色、水色)はよく一致しています。(b) (a)の縦軸を陽電子と電子のフラックスの総量で表した図。(Credit: K. Kohri et al. Prog. Theor. Exp. Phys. 2016, 021E01 (2016) )

受賞した郡准教授にお話を伺いました。

―受賞した感想を聞かせてください。

●郡准教授 以前から、共同受賞者の山崎了さん(青山学院大学)や、藤田裕さん(東京都立大学)との共同研究用に、私が開発してきた超新星残骸中などでの素粒子の散乱のコンピュータープログラムの数値計算コードを用いて計算を行った成果です。数ある良い論文の中で私達の論文が今回評価されたことを、著者一同、とても喜んでおります。もちろん、未だ我々の理論が完全に検証されたというわけではないことをご注意願いたいです。将来のより詳しい観測をすべてパスしなければなりません。しかし、仮定が極めて少ない理論モデルで、最新の2つの観測事実(陽子・反陽子比と電子・陽電子比の)を同時に説明していることに誇りを持っています。

―本研究への想いを聞かせてください。

●郡准教授 この研究は、以前に大阪大学の宇宙進化研究室でほぼ同じ時期に博士研究員や教員をしていた縁のある仲間4名で取り組んできました。全員がこの分野を違う側面から研究しており、それぞれが異なる共同研究グループで活躍しています。そんな中、2015年当時、AMS-02の新しいデータの発表を期にKEKの同僚であった井岡邦仁さん(現 京都大学 基礎物理学研究所)と一緒に、我々が2009年に発表した超新星残骸説の再検討を始めたのです。観測データが2009年の我々4人の理論モデルとぴったり一致しているとわかった時には、とても興奮しました。

―最後に今後の目標を教えてください。

●郡准教授 私は高エネルギー物理学と宇宙物理学の両方を幅広く理解するというスタイルで、これまで研究に取り組んできました。そしてこの論文の成果は、その両輪がうまく噛み合った例の一つではなかろうかと思います。これまでの宇宙物理学の研究の歴史においても、宇宙で起こるナゾの解明には、様々な分野のことを深く理解していなければ気づかないことが多いのです。そうした信念の下、今後の宇宙線研究において、「なぜ宇宙線が高エネルギーにまで加速されているのか?」、「宇宙線の加速メカニズムと、標準理論を越える新しい物理学との関係は?」、「宇宙線観測を用いてダークマターなどの新粒子を発見できないか?」などのような謎に挑み、高エネルギー物理学と宇宙物理学が絡み合う宇宙の不思議の解明に努めてまいりたいと思います。

―小さな素粒子の研究が、壮大な宇宙の謎を解く手がかりにも繋がっているのですね。郡准教授、ありがとうございました。

用語解説

注1. 反粒子
素粒子には、質量や寿命などは同じものの、電荷などが反対の「反粒子」というパートナーが存在します。中でも陽子の反粒子は反陽子、電子の反粒子は陽電子と呼ばれています。

注2. パーセク(pc)
天文学で用いられる距離の単位の一つ。1 pcは約3.09×1013 kmで、光の速さで進んだ場合約3.26年かかります。太陽から最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリまでは太陽から約1.3 pcあります。


関連リンク

受賞論文情報

タイトル: Can we explain AMS-02 antiproton and positron excesses simultaneously by nearby supernovae without pulsars or dark matter?
著者: Kazunori Kohri, Kunihito Ioka, Yutaka Fujita, Ryo Yamazaki
雑誌名: Progress of Theoretical and Experimental Physics, Volume 2016, Issue 2, February 2016, 021E01,
DOI: 10.1093/ptep/ptv193

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