H.Tada

所要時間:約6分

今回構築したQGPの状態方程式をホワイトボードに書きながら解説する門内晶彦 博士研究員(写真左)と居室にて解説のスライドを見せつつ研究成果を解説する中桐洸太 博士研究員(写真右)。お二人とも笑顔で気さくに取材対応して下さいました。 /<i class='fa fa-copyright' aria-hidden='true'></i> KEK IPNS

今回構築したQGPの状態方程式をホワイトボードに書きながら解説する門内晶彦 博士研究員(写真左)と居室にて解説のスライドを見せつつ研究成果を解説する中桐洸太 博士研究員(写真右)。お二人とも笑顔で気さくに取材対応して下さいました。 / KEK IPNS

第14回(2020年)日本物理学会若手奨励賞を素核研博士研究員の中桐洸太さん(Belle IIグループ)と門内晶彦さん(理論センター)が受賞しました。中桐さんの受賞論文は、「J-PARC KOTO 実験における KL→π0νkobar崩壊探索」というタイトルの博士論文(当時の所属は京都大学)で、門内さんの受賞論文は「原子核衝突で作られる有限密度QCD物質の状態方程式」というタイトルの学術論文です。

中桐さんは、茨城県の東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)のハドロン実験施設で行われているKOTO 実験で、中性K中間子KL(注1)の稀な崩壊パターン:KL→π0νkobarが起こる割合を調べ、素粒子の標準模型を超える新しい物理を探索しました。KOTO実験(K0 at Tokaiの略)は、KEK素核研を含む日本、米国、台湾、韓国の60名の研究者が参加する国際共同実験です。

KOTO実験は2013年にデータ取得を開始しましたが、データ解析の邪魔となる偽物、「バックグラウンド」事象の除去が課題でした。ビームに含まれる中性子が検出器にあたって立て続けに2つのシャワー(粒子が雪崩のように増幅すること)を起こすことがあり、それがバックグラウンドの1つとなります。KLも中性子も電気的に中性な粒子のため、磁石で軌道を収束することができず、中性子に起因するバックグラウンドはKOTO実験の検出器で本当の信号のように検出されてしまいます。そこでKOTO実験グループは2015年に取得したデータの解析にあたって、検出器の入り口で敢えて中性子を散乱させバックグラウンドを集めた特別なデータを使用して、信号とバックグラウンドを見分ける手法を開発しました。中桐さんは複数の解析手法を集約して最終的なバックグラウンド量を評価しました。

さらに、検出器に衝突した中性子が反応してエータ中間子(注1)という別の粒子を生成する現象が生じる問題もありました。このエータ中間子もKOTO実験ではバックグラウンドとなりますが、中桐さんはバックグラウンド事象では検出器に入射する粒子の角度に信号とは異なる特徴があることに注目し、信号とバックグラウンドを区別する方法を開発し、バックグラウンドの除去能力を向上させました。

特別なデータを基にした解析と入射角の違いを利用したこれら二つの手法によるバックグラウンドの除去の結果、2015年の測定結果は2013年の測定よりも10倍近く感度が向上し、KLの稀な崩壊が起こる割合が3億分の1より小さいという結果を得ることができました。(その成果について、詳しくはプレスリリースをご覧下さい。 https://www2.kek.jp/ipns/ja/release/20190304/

門内さんは原子核物理学の理論研究を行なっています。物質の最小単位であるクォークと呼ばれる素粒子は、強い力で結び付くことで陽子や中性子を形成しています。ところが、2兆度という非常に高温な状態になると、陽子や中性子はそのままでは存在できずクォークとグルーオン(注2)がバラバラになったクォークグルーオンプラズマ(QGP)という状態になります。門内さんはこのQGPの性質を調べました。

QGPは宇宙誕生直後に生じたと考えられており、現在、加速器を用いてQGPを再現する実験が世界中で行われています。一方で、実験的に作られる環境は非常に高温ではあるものの密度が低いものが多く、高密度の環境の研究は進んでいませんでした。

門内さん達は、これまで技術的に計算が難しいとされていた高温かつ高密度の環境でのQGPの状態方程式を構築しました。従来のQGPの状態方程式は温度と、バリオン数とよばれる1種類の保存量のみという2次元で考えられてきましたが、門内さん達が構築した状態方程式は、温度とバリオン数に加えて、電荷とストレンジネスという保存量を導入した4次元で考えられており、かつ、実験と比較可能な式となっています。門内さんは、実験データの解釈に今回の状態方程式が活用できると期待しています。

受賞したお二人にお話を伺いました。

―受賞した感想を聞かせてください。

●中桐さん 純粋に嬉しいです。物理結果の感度の1桁更新に貢献出来た論文です。個人としてだけではなく、KOTO実験グループとしていただけた賞です。

◆門内さん 本当にありがたいです。また共同研究者に感謝しています。今後の研究の励みにしたいです。

―今回の研究で一番難しかった点や苦労した点は?

●中桐さん 入射角の違いを利用した解析手法の開発がうまくいかず、試行錯誤しました。ですが、諦めずに続けて成果が出るものに辿り着けて良かったです。2015年のデータを取得中にスケジュールが変更した時も大変でした。ですが、頑張って取ったデータを解析して結果を出せたことは感慨深いです。頑張って良かったです。

◆門内さん 競争率が高い研究なので非常に挑戦的でした。アイデアは一見簡素ですが実際に行うのは大変だったため、結果を出せるよう頑張りました。数値計算が重くなるので、こまごました工夫も必要でした。

―最後に、今後の目標を教えてください。

●中桐さん Belle IIの本格的な物理データの取得が2019年から開始したので、ビームのバックグラウンドを克服しなければなりません。Belle IIのビームバックグラウンドは電子・陽電子ビームから生じるもので、測定精度を低下させたり検出器を損傷させることがあり、ある程度抑えないと検出器を稼働できなくなってしまいます。ビームバックグラウンドを理解し抑えるための情報は、私の所属する中央飛跡検出器(CDC)チームからの情報が重要になるので、まずは運転が上手くいくように力になりたいです。その上で、物理解析ではB中間子(注1)の稀な崩壊で生成する粒子の角度解析を行い、新物理の手がかりを探りたいです。

◆門内さん 良い研究を続けるということが何よりの目標ですが、本研究に関して言えば、現在進行形で世界中から実験結果が出ているので、新しい実験データと私達の構築した状態方程式を比較したいです。また、基本的な論文なので様々な分野に応用できると期待しています。中性子星の状態方程式との関連なども調べられたらと考えています。

表彰式と講演は日本物理学会2020年秋季大会にて執り行われる予定です。

用語解説

注1. 中間子
クォークと反クォークが結合した粒子。様々な組み合わせがあり、例えば第二世代のクォークであるストレンジクォークを含む中間子はK中間子と呼ばれます。中性K中間子とは、電荷を持たない、電気的に中性なK中間子の事です。他にも、第三世代のクォークであるボトムクォークを含むB中間子、第一世代のアップ、ダウンクォークとそれらの反クォークで主に構成されるパイ中間子、エータ中間子などがあります。

注2. グルーオン
クォーク同士を結びつける「強い力」を媒介する粒子。


関連リンク

過去のプレスリリース関係

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