2011年7月4日
6月15日(水)東海−神岡長基線ニュートリノ振動実験(T2K実験※1)の測定結果に関するプレスリリースが発表されました。T2K実験グループは、2010年1月から2011年3月11日の東日本大震災までに取得された測定データの分析を行った結果、電子型ニュートリノが出現した確率が99.3%であると公表しました。これは、電子型ニュートリノの出現の兆候をとらえた世界で初めての成果と言えます。
T2K実験は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)の主リングシンクロトロンでつくった大強度ニュートリノビームを、295km離れた岐阜県神岡町の地下1000mに位置するスーパーカミオカンデに打ち込み「ニュートリノの振動」を研究するための実験です。
ニュートリノは、クォークや電子の100万分の1以下の重さしかもたない電気的に中性な素粒子です。他の物質と相互作用を起こすことが極めて稀なので、その姿を捉えることは非常に難しく「幽霊粒子」とも呼ばれています。実際、太陽から放射されるニュートリノは、毎秒数百兆個も私達の体を通り抜けています。
これまでの研究でニュートリノには、電子型ニュートリノ(νe)、ミュー型ニュートリノ(νμ)、タウ型ニュートリノ(ντ)の3種類(世代)があることがわかっています。これら3世代のニュートリノは、飛行しているうちに別のニュートリノへと変化します。これが「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象です。例えば、ミュー型ニュートリノが飛行するうちにタウ型ニュートリノに変化し、更に進むと、また元のミュー型ニュートリノに戻る、といった現象が繰り返されるため「振動」と呼ばれています。
このニュートリノ振動は、ニュートリノに質量がある場合にのみ起きる現象です。1998年にスーパーカミオカンデで、宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線から生じるニュートリノ(大気ニュートリノ)を観測し、ニュートリノ振動が初めて確認され、ニュートリノが質量を持つことが判明しました。大気のニュートリノは人間がコントロールすることは困難です。そこで、この現象をさらに調べるために、加速器を用いて作った「人工のニュートリノ」を使用する実験が行われるようになりました。それが、今回の「T2K実験」と、その前に大きな成果を残した「K2K実験」です。
T2K実験では、J-PARCとスーパーカミオカンデ両方でニュートリノを検出、ニュートリノの種類を調べ比較します。それぞれの検出器はミュー型ニュートリノと電子型ニュートリノを検出することができます。J-PARCでつくるニュートリノビームはミュー型ニュートリノ。 J-PARC側と、スーパーカミオカンデ側の測定値を比較した結果、ミュー型ニュートリノが減っていたり、電子型ニュートリノが現れたりしていたならば、 ニュートリノ振動の「証拠」となるわけです。
T2K実験に先立ち行われたのが、茨城県つくば市のKEKの陽子加速器によって生成されたニュートリノを、250kmはなれたスーパーカミオカンデに打ち込む、ニュートリノ振動実験「K2K実験」です。1999年6月の実験開始から2004年11月までに得られた全てのデータを解析した結果、ミュー型ニュートリノから他のニュートリノへの振動が99.997%の確率で起こっている、ということが分かりました。
T2K実験は、打ち込むニュートリノビームの強度をK2K実験よりも100倍あげて、K2Kでは見つからなかった「ミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノへと振動する証拠」を発見することが目的です。この証拠をつかむことができれば、ミュー、タウ、電子の3世代のニュートリノ間で振動現象(混合)が起きていることを明らかにできます。そして、この3種類のニュートリノの混合が確認できれば「消えた反物質の謎」に迫る可能性が生まれます。
物質の構成要素である素粒子は「クォ−ク」と「レプトン」に分類されており、ニュ−トリノはレプトンに属する粒子です。クォークもニュートリノと同じように3つの世代を持っています。これまでの実験で、クォークは3世代の混合が起きること、そして「CP対称性(物質と反物質の対称性)の破れ」があることが確認されています※2。ニュートリノの世界でも、同じことが起きていることがわかれば、宇宙が誕生した時には物質と同じ量あったはずの「反物質」が、どうして見当たらないのか、という謎を解決する新たな手がかりが見つかる可能性があります。
今回、2010年1月から2011年3月11日までのデータの分析で、スーパーカミオカンデで観測された88個の事象のうち、電子型ニュートリノの反応の候補が6個見つかりました。これより、統計的な計算を行うと電子型ニュートリノが出現したとする確率は99.3%とされ、T2K実験は電子型ニュートリノ出現の兆候をとらえたと言えます。しかし、99.3%という確率は一見高いように見えて、科学的に立証したと言うには不十分です。ですから、今後はもっと多くのデータを取り解析を進めることで、この確率を100%に近づけ電子型ニュートリノ出現の確証を得ることが必要です。 震災の影響によりJ-PARCの運転は停止されていますが、2011年中に復旧を完了し実験を再開できるように現在準備が進められています。
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