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スイスとフランス国境にあるCERN研究所での日本人研究者の活躍ぶりについては、これまでもお伝えしてきましたが、今年の夏、CERN研究所で開催されているサマースチューデントプログラムに初めて日本人の学生が参加しました。今回はその学生たちの参加体験を交えこのプログラムをご紹介しましょう。
世界中から200名の学生が参加
CERNは1954年に設立された歴史のある素粒子・原子核物理の研究所です。今年は発足50周年ということで、今月19日には大規模なセレモニーが開催されました。
CERN研究所では毎年、夏になると、サマースチューデントプログラムを開催しています。このプログラムは、CERN研究所に6月上旬から9月下旬の間で8週間以上滞在し、研究所内のLHC計画など特定の実験グループに参加して、研究の補助をするとともに、約6週間にわたる講義を受講するものです。欧州のCERN加盟国を中心に米国やイスラエルなどオブザーバー国の参加者も含め200名近くになります。
講義の内容はクォークやニュートリノの素粒子物理学、加速器の原理、粒子検出器やデータ処理技術から、宇宙のビックバンやダークマターに至るまでの幅広い分野の基礎と現状が、現場で活躍する研究者によってわかりやすく紹介されます。さらに、CERN研究所内の施設見学や参加学生と研究者によるディスカッションやポスターセッションも開催されるなど盛りだくさんの内容となっています。
素粒子・宇宙物理の最前線を短期間で学び、かつ高度な実験現場の体験を通じて国際感覚、語学力を磨くことができる本プログラムは、将来一流の研究者を目指す学生にとっては非常に有意義なものと言えるでしょう。
日本からは3人の学生が参加
昨年10月にCERN研究所のマイアニ前所長とエイマー現所長が来日した際に、KEKとの間にこのプログラムの参加に関する覚書が締結され、今年度からの日本人の学生の参加が実現しました。今年度は応募期間が短かったにもかかわらず、多数の優秀で意欲ある学生から応募があり、書類及び面接選考によって選ばれた3人の学生を派遣することとしました。この参加経費については、KEK及び(財)高エネルギー加速器科学研究奨励会から助成されています(図1)。
参加の感想は?
参加した3名の学生に感想を聞いてみました。
☆山口嘉樹(やまぐち よしき)さん |
○CERN研究所ではどのような実験に加わったのですか。
テル・アヴィヴ大学のエレッツ・エツィオンのグループに加わり、ATLAS測定器に使用されるTGCと呼ばれるワイヤーチェンバーの検査を行いました。一般的にこの検査は2週間のサイクルで行われ、一度に5コンテナ(=30〜66TGCユニット)の検査を行います。併せて、生産国によって異なる製造時データを統一するフォームの作成を担当しました。これはなかなか大変でしたが、いくつかの解決策を盛り込んだ統一データフォームの提案をすることができました。
○自由時間はどのように過ごされましたか。
CERNの周りは自然が豊富であり、週末にはプログラムで知り合った各国の友人らと近郊の観光地に行ったりアウトドア活動をしたりしてリラックスすることもできました。
○プログラムを通じての感想は。
このプログラムは非常に素晴らしいもので、今後も是非継続していただきたいと思います。世界に自分と同じ素粒子物理学の分野で、自分と同じように目標に向かって努力している多くの優秀な若者がいることを知り、改めてこの分野で研究していくことの価値を見出し、彼らと協力、或いは競争して共に素粒子物理学の発展に寄与していこうという思いを新たにしました。 |
☆中山浩幸(なかやま ひろゆき)さん |
○実験では英語の面など不安はありませんでしたか。
CERNからのニュートリノビームを、1,400km離れたイタリア南部の海中に沈めた可動式の巨大な測定器で観測するという画期的な実験であるC2GT(CERN to the Gulf of Taranto)と呼ばれる長基線ニュートリノ振動実験のグループに参加しました。研究を進めるにあたって面倒を見てくれたCERNの研究者は素晴らしい教育者でもあり、自分のオフィスのすぐ近くに私の机を用意して頻繁に様子を見にきてくれました。また、私からの質問に答えるだけでなく、自分が今やっている仕事についても私に議論を持ちかけ、理解するまで付き合ってくれたのが印象的でした。滞在中は毎週金曜日にグループミーティングが開かれ、私も毎回進捗状況を英語でプレゼンしました。グル−プの1/3ほど占めていたロシア人研究者たちは英語は苦手のようで、私自身も流暢とまではいきませんでしたが、それほど英語を問題には感じませんでした。2か月の間、英語によって研究を進めたというこの体験は今後のキャリアに大いに役立つと思っています。
○講義を受講しての感想は。
講義を担当した研究者達の講義能力はおおむね高く、内容も良くまとまっていたと感じました。またかなりの時間を質疑応答に費やし、学生からの質問に丁寧に答えていたのが非常に良かったと思います。
○今後の抱負は。
今回このプログラムに参加したことで、日欧の研究スタイルの違いやヨーロッパから見た実験のトレンドなど、高エネルギー物理の世界に対する広い視野を得ることができました。また、各国からの学生との交流も貴重な経験の一つであり、世界には多様な価値観があるということを実体験として学ぶことができました。これから経験を生かして国際的バランス感覚を持ち、世界で活躍できる人間になりたいと思います。 |
☆中浜優(なかはま ゆう)さん |
○参加した印象は。
6月29日から8月20日の約2か月間参加しました。参加者は、私のように高エネルギー物理専攻の人から、コンピュータサイエンス、電気工学専攻の人まで、参加者の専攻分野は幅広く、素粒子物理の今後について熱く語る人から、夏のバイトとして来ましたという感じの人まで様々でした。それぞれが、各人のレベルでCERN滞在をエンジョイしている感じでした。国の事情、取り巻く環境は違っても、高エネルギー物理をまじめに学び、将来どうなるかわからないながらも夢を語る世界各地の学生と交流した事が、私としては今回の参加で得た最大の収穫であると思いました。こうした体験は今の時期にしかできないことです。CERNは、今年、記念すべき50周年だったのですが、輝かしい功績を生んだ50年の歴史を経てLHCに向かって進んでいる感じがしました。CERN全体が、数年後何かが起こるという期待感で満ち溢れていたようでした。
○どのような実験に参加したのですか。
私はATLAS inner detectorの内側に置かれるATLAS Beam Condition Monitor (BCM)チームに所属しました。私は、大学でJ-PARCニュートリノビームラインの一次陽子ビームプロファイルモニターのR&Dを行っており、状況は異なるものの、radiationが強い環境下で動作する検出器に興味を持っていて、かつ、Diamond Sampleの開発はCERNでしか行われていないので、Diamond Detectorを希望しました。
そこでの、私の仕事は、(1) Diamond検出器+フロントエンドのエレクトロニクスのビームテストのデータの解析、(2) エレクトロニクスのテストのためのTransient Current Techniqueを用いたシリコン中のCharge Carrierの性質の測定でした。
○今後の抱負は。
CERNで得た経験を生かし研究を進めていきたいと思います。最後に“See you around Geneve!”と言って別れたのですが、10年後にはみんなどうなっているのでしょうか。 |
なお、KEKでは来年度のプログラムの参加募集も行います。募集は今年12月頃に行う予定です。
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