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「奇妙」な粒子の「稀な」反応 2005.09.29 |
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〜 J-PARCでのK中間子崩壊の研究 〜 |
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物質同士が高いエネルギーで衝突してできる粒子は、時間とともに質量が軽いいくつかの粒子に移り変わっていきます。移り変わるといっても、例えば数億分の1秒という、日常生活では考えられないほど短い「瞬間」におこる出来ごとです。 粒子の間に相互作用がはたらいて起るこのような現象を“粒子の崩壊”と呼びます。粒子が崩壊するパターンは一通りではありません。様々な崩壊パターンを詳しく調べていくと、どのような相互作用がはたらくのかが見えてきます。 素粒子の崩壊から何がわかるのか、「奇妙な粒子」の一つK中間子(図1)の“めったにおこらない”稀な現象の研究についてご紹介しましょう。 “めったにおこらない”とは? ある自然現象がおこる割合のことを、物理の研究者は“10のマイナス何乗”という言い方で表します。例えば100回(10の2乗)に一度、1パーセントでおこるならば“10のマイナス2乗”、1000回に1度なら“10のマイナス3乗”です。“10のマイナス6乗”つまり100万回に1回というのは、高額の宝くじに当るという幸運もしくは落雷で命を落すという不運が自分の身にふりかかる割合に相当します。 素粒子物理の研究者が実験で捜そうとしているのはどのくらいの頻度の現象でしょうか?100億回から1000億回に1回、“10のマイナス10乗”とか“マイナス11乗”とかいうものすごく“めったにおこらない”現象です。これは隕石が今月中、あるいは今日にも自宅の屋根に降ってくる、というくらいの割合になります。 「奇妙な粒子」K中間子の発見 何種類もある粒子の中でもK中間子という粒子の研究は、素粒子の世界で最も稀な頻度の現象についての研究が進んでいる分野です。K中間子は今から50年以上前の1947年に、宇宙線を測定していた霧箱装置の中のV字の形をした粒子の飛跡として測定されました(図2)。 当時の理論ではその振るまいが説明できなかったことから「奇妙な粒子(ストレンジ粒子)」と呼ばれたK中間子は素粒子物理学の歴史の中で極めて重要な役割を果たしていきます。ストレンジ粒子が生成される際の法則を数十個の観測例をもとにして見いだしたのは日本の中野董夫博士と西島和彦博士、米国のゲルマン博士らで、1953年のことでした。 「宇宙の物質と反物質がなぜ対等に存在しないのか」という謎は“CP対称性の破れ”という現象と密接に関係し、現在もKEKのBファクトリー実験などで精力的な研究が続けられています。この現象が発見されたのは今から40年以上前の1964年、中性のK中間子がパイ中間子2つに崩壊する現象が見いだされた時でした。このK中間子崩壊の頻度は2×10のマイナス3乗、つまり500回に1回おこる現象です。米国ブルックヘブン国立研究所(BNL研究所)での実験でこの崩壊を発見したフィッチ博士とクローニン博士は、1980年にノーベル物理学賞を受賞しています(図3)。 K中間子の稀な崩壊実験 宇宙線による観測や初期の加速器による実験では測定できるK中間子の数が限られていました。加速器技術の進展と測定器技術の進歩によって実験の感度は大きく向上しました。 KEKの12GeV陽子加速器による実験が開始されてまもない1981年に行われたE10実験(ここでの10は“10番目に提案された実験”という意味です)では、電荷をもつK中間子がパイ中間子とニュートリノと反ニュートリノに崩壊する現象の探索という先駆的な実験が行われました。E10実験から、この崩壊パターンの頻度は“10のマイナス7乗”より小さいという結果が得られました。 その後この崩壊パターンを追い求めた日本・米国・カナダの共同研究グループ(BNL 研究所でのE787実験)は、1997年にこの崩壊の初めての例を捉えることに成功しました(図4)。崩壊の頻度は10のマイナス10乗で、素粒子物理学の標準理論が予想する頻度と矛盾しない結果でした。BNLで行われたE787実験とE949実験により、この崩壊はこれまで3例が観測されています。 KEKでの実験 KEKの12GeV陽子加速器を使ってK中間子のCP対称性の破れを探索するE391a実験については以前にもご紹介しました(図5)。この実験では、中性のK中間子が中性のパイ中間子とニュートリノと反ニュートリノに崩壊するという、まだ誰も観測したことがない極めて稀な現象を捉えて、CP対称性の破れを詳しく調べようとしています。この現象は理論的に正確な計算と予測ができるので、もし標準理論を越えるような新しい粒子がれば、その効果を敏感に調べることができると期待されています。E391a実験では、“ペンシルビーム”と呼ばれる新しい中性ビームラインとカロリメータを主体とした新しい測定器をデザイン・建設し、このモードのための世界で初めての実験に挑んでいます。 また、E246実験についても以前ご紹介しました(図6)。この実験では、電荷をもつK中間子が中性パイ中間子とミュー粒子とニュートリノという三つの粒子に崩壊した際のミュー粒子のスピンの向きを調べます。このスピンが崩壊面に垂直な向きに偏りをもつ割合は標準理論ではわずかに10のマイナス7乗程度ですが、それより大きな偏りを検知して、時間反転対称性やCP対称性を破るような新しい相互作用があるかどうかを調べようとしています。K中間子の崩壊を大量に収集することで、その崩壊の持つほんのわずかな性質であっても、精度良く検出することができます。 J-PARCに向けて 茨城県東海村で建設中の「大強度陽子加速器施設(J-PARC)」の原子核素粒子実験施設には、加速器からの陽子ビームを取出して標的に当て様々な粒子を生成して実験を行う「ハドロン実験施設」(図7)があります。そこでは、これまでご紹介したハイパー原子核研究やハドロン研究と並んで「K中間子崩壊の研究」が大きな柱となっています。これはニュートリノ実験施設で行うニュートリノ振動実験とともに、J-PARCでの素粒子実験の主要テーマとなります。 KEK、BNLのこれまでの陽子加速器の強度を遥かにしのぐJ-PARC加速器によって、より大量のK中間子崩壊を用いた様々な研究が可能になります。中性のK中間子が中性のパイ中間子とニュートリノ二つに3×10のマイナス11乗の頻度で崩壊する現象を数百事象集める、電荷をもつK中間子からのミュー粒子の偏りをより精度良く測る、などの実験が計画・準備されています。J-PARCでのK中間子崩壊を目指す研究者は、KEKなどでのこれまでの実験の経験と成果をもとに、ビームラインと測定器のデザインを精力的に進めています。 研究者は“めったにおこらない”現象をなぜ研究するのでしょうか? 標準理論で稀であると予想される現象を追求することは、新しい粒子や相互作用の可能性を極限まで探求しうる大変良い実験手段です。また「今まで誰も見たことのなかった現象を発見する」ということそのものが、実験物理を行う者にとっては、研究意欲をかきたてられる大きな目標でもあります。今まで誰も出来なかった実験を行うには大きな困難がともないます。17世紀のオランダの哲学者スピノサ(1632-77)がその主著「エチカ(倫理学)」の結語として述べたように“確かに、すべて高貴なものは稀であるとともに困難である”のですが、J-PARCの研究者たちはその困難に果敢に挑もうとしているのです。
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