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J-PARCのハドロン研究 2005.6.2 |
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〜 パイ中間子の雲や中性子星のなぞ 〜 |
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「ハドロン」とは聞き慣れない言葉ですね。これは、自然界の4つの力のうち、強い相互作用をする粒子の総称です(図1)。News@KEKでは2005年3月に「ハイパー原子核研究」を紹介しましたが、原子核を構成する陽子や中性子(まとめて「核子」)、それに、ラムダ(Λ)などのハイペロンもハドロンの一種ですし、パイ(π)中間子やK中間子などの中間子もハドロンの一種です。これらハドロンは、素粒子であるクォークとグルーオンから構成されています。クォークやグルーオンの間にはたらく力である強い相互作用は量子色力学(QCD)という理論で記述されますが、ハドロンの研究はQCDの研究であるといっても過言ではありません。ちなみに、2004年のノーベル物理学賞はこのQCDの基礎を築いた3氏(グロス、ポリッツァー、ウィルチェク)に与えられました。 ハドロン物理とは? ハドロン物理とはハドロンに関する物理研究すべてを指す、と言ってもよいのですが、ここでは、ハドロンの構造やハドロン間の相互作用、またハドロンが多数集まった系の構造や性質を、QCDに基礎をおいて、クォーク・グルーオンの多体系という観点から研究する分野である、としましょう。では、具体的にどのような研究がこれまで行われてきたのか、どのような研究がJ-PARCで展開されようとしているのか、いくつか例を見てみましょう。 核子の構造 ハドロンの構造という面では、核子の構造の研究が第一に挙げられるでしょう。電子と核子の散乱実験から「どうやら核子は3つの点粒子から構成されているらしい」ということがわかったのが1969年でした。これが始めてクォークというものが実在するらしいことを世の中に知らしめた出来事でしたが、これ以来、核子の構造の研究は脈々と続けられてきています。米国のSLACやヨーロッパのCERN、ドイツのDESYなどの研究所で電子やミュオンの散乱実験が行われてきましたが、これまでの主な研究は、核子のできるだけ深いところ(中心部)の構造を知ろうという方向に向いていました。これらの研究から核子の中心付近は主に3つの点状粒子、すなわち3つのクォーク(陽子の場合は2つの“アップ”クォークと1つの“ダウン”クォーク)からなることがはっきりしてきました。ところで、今から70年前、湯川秀樹博士は原子核を構成する核子と核子はパイ(π)中間子で結びついているという理論を発表し、それにより後にノーベル賞を受けました。これまでの研究で「核子の中心部は3つのクォークからなる」ことがわかったわけですが、ではパイ中間子はどこにあるのでしょうか? パイ中間子はuクォークと反dクォークが結びついたものですが、核子の中心付近は比較的自由な3つのクォークからなるにしても周縁部ではグルーオンの介在によりクォークと反クォークの対が活発に発生しており、それがパイ中間子の雲を作っているのではないでしょうか? 実はJ-PARCの加速器からの50GeV陽子は核子の周縁部の構造を調べるのにうってつけなのです。50GeV陽子を水素や重水素、原子核の標的に衝突させ、発生するミュオン対を測定することにより、核子の周縁部の構造がわかるのです(図2)。陽子ビームを水素標的に衝突させた場合と重水素標的に衝突させた場合それぞれのミュオン対の発生確率の比を取れば、核子の中にある反ダウンクォークと反アップクォークの比を測ることができます。図3でわかるように、米国フェルミ研究所で行われたこれまでの実験に比べてJ-PARCでは核子のさらに周縁部(端の部分)を調べることができ、その成果に期待が寄せられています。 高密度物質と中性子星 中性子星の密度は非常に大きく、全体で1つの原子核とみなせることがわかっています。ではその内部はどのような構造をしているのでしょうか? 通常の原子核と同じようにアップクォークとダウンクォークから構成されているのでしょうか? 最近、理論計算やKEK-PSでの実験から、3つの核子とK中間子が「束縛された」状態が存在するらしいことがわかってきました。これは今まで考えられなかった状態です。理論計算(図4)によると、この3つの核子と中間子からなる系の中心部は通常の原子核に比べて非常に高密度であることがわかります(通常の原子核の密度は種類(元素)によらずほぼ一定であることがわかっています)。この新しい束縛状態により中性子星の内部に匹敵するかもしれない高密度状態を人工的に作り出したということになりますが、この系はK中間子の「ストレンジクォーク」が関与することにより高密度になっていると考えられます。この結果により中性子星などの構造を根本的に考え直す必要が出てきたということになります!地球上には存在しない巨大原子核である中性子星の内部では地球上では実現し得ない様々なことが起こっていると考えられますが、そこでのストレンジクォークの役割などその構造をQCDの立場から解明することはハドロンの物理や宇宙の進化の研究にとってたいへん興味あるところです。これまでにKEK-PSで行われた研究は3つの核子とK中間子からなる系についてでした。このような事象が起こる確率は非常に小さく、実験結果を得るには多くのK中間子ビームが必要です。これまでよりはるかに大強度のK中間子ビームで実験ができるJ-PARCでは更に効率よくこの研究を進めることができます。これまでの3つの核子での研究に加えて、核子が4つや6つなどの多様な系において研究を進めることが期待されています。 ペンタクォーク 今ハドロン物理の関係者にとって一番ホットなトピックといってよいのがペンタクォークです。「ペンタ」というのは「5」のことです。つまり、ペンタクォークというのは、5つのクォークが結びついて一つの粒子を形作っている状態のことです(図5)。核子やハイペロンなどのバリオンと呼ばれる粒子は3つのクォークからなり、パイやKといった中間子は1つのクォークと1つの反クォークからなると考えられていますが、5つのクォークからなる粒子というのはこれまで見つかっていませんでした。ところが、2003年にSPring-8における実験でペンタクォークの一種、シータ(Θ+)粒子が発見されたことが発表されると、俄然研究者の興味を引きました。Θ+は2つのアップクォーク、2つのダウンクォークと1つの反ストレンジクォークが束縛した状態だと考えられますが、このような状態の可能性を考えることはこれまでの多くの研究が見逃していたところです。その後多くの実験結果や過去の実験データの再解析結果が発表されましたが、まだΘ+の存在やその性質については定まっていません。SPring-8での実験もそうですが、最近の実験は電子あるいは光子を用いてΘ+を生成する実験です。Θ+の存在やその性質について更に詳しく調べるにはK中間子などのハドロンビームを用いた実験が不可欠であり、その研究を進めることが出来るのは世界中にほとんど唯一J-PARCだけです。J-PARCで早期に実験が開始されることが望まれます。 おわりに ここではJ-PARCで期待される3つの代表的な研究テーマを紹介しましたが、これらは互いに無関係な別個のものというわけではありません。バリオンの質量はそれを構成する裸のクォークの質量の和よりもはるかに重くなっています。どのようにしてバリオンの質量が生まれるのか?理論的考察から、バリオンの周縁部にはクォーク・反クォーク対が隠れており、それにまとわり付かれる事によってバリオンを構成するクォークの質量が重くなる、という説が有力です。例えば、核子構造の研究はバリオンの周縁部のクォーク・反クォークの構造を直接調べるものですし、高密度物質の内部では同じメカニズムによりクォークの質量が軽くなると予想されています。 ハドロンの世界は一見日々の生活からは遠い世界の出来事のように思われるかもしれません。しかし、ハドロンを知ることは、基本的な4つの力の一つである強い力を知ること、そして宇宙の歴史を知ることに繋がります。J-PARCで展開される多様なハドロンの研究にご期待ください。
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