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last update:05/10/13  

   image 加速器で心臓診断 II    2005.10.13
 
        〜 より鮮明な画像に 〜
 
 
  KEKの放射光加速器(PF-AR)を使って心臓の冠動脈を診断するプロジェクトについては以前にもお伝えしました。最近では、放射光加速器と撮影システムの改良、新しい撮影方法の導入などで、より実用的な医用画像診断を行うことができるようになりました。

自覚症状がなくても危ない冠動脈の病気

左の胸に手をあてるとドキドキと心臓の鼓動が感じられますね。心臓は1分間に約70回も収縮して、全身に必要な酸素や栄養を血液として送り出すポンプの役割を果たしていて、わたしたちが生きているかぎり動き続ける働き者です。この働き者の心臓自身に酸素や栄養を送り込む血管を冠動脈といいます。狭心症や心筋梗塞(しんきんこうそく)といった病気の名前は聞いたことがあると思いますが、これらの虚血性心疾患は、冠動脈系の血管が細く(狭窄、きょうさく)なったり、詰まったりする(閉塞、へいそく)ことが直接的原因であり、心臓に送られる血液が足りなくなり、心臓に損傷を与えてしまうことになります。

このように、虚血性心疾患は命にかかわる病気ですが、多くの人がかかるありふれた病気でもあります。冠動脈に直径の8割近い狭窄部位があっても日常生活のなかで自覚症状がないこともあり、自覚症状があらわれた時にはすでに致命的である場合もあります。高齢化社会を迎えているなかで、生活習慣病である冠動脈系疾患を手軽に検査することは医学界の大きな課題になっています。

負担の少ない診断へ

心臓の冠動脈の様子を診断するには、血管に造影剤を注入して、X線撮影を行います。造影剤とは、胃の透視検査のバリウムが有名ですが、X線をよく吸収するような薬剤で、周りの組織とのコントラストをつけて目的の組織をはっきりと見るために用いられます。従来の手法では、造影剤が薄まらないように動脈からカテーテルを挿入して造影剤注入を行っていました。このため患者や医療スタッフへの負担も高くなっています。

加速器から生まれる光、放射光を用いると、波長がそろった「単色X線」を作り出すことができます。造影剤に対する吸収率が高い波長の単色X線を使えば、造影剤を静脈に注射して薄まっている状態でもコントラストの良い冠動脈系の画像を得ることができます。KEKのフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)では、造影剤によく使われるヨード(ヨウ素)がよく吸収する波長の単色X線を高い強度で得られるので、この検査方法にはぴったりです。この方法を実際の診断に応用するために、KEKの物質構造科学研究所のグループは筑波大学と共同で「放射光単色X線を用いた冠動脈診断の臨床応用」のプロジェクトを進めています。

フォトンファクトリーの撮影システムの特長

放射光は一般的には幅の狭いシート状の光ですが、いろいろな波長のX線を含む放射光白色X線から、そろった波長の単色X線を得るための分光結晶(シリコン結晶)の作製方法を工夫して(非対称反射の利用)、単色X線の照射面積を拡大することで、2次元動画像を得ることができる独自の撮影システム(図1、2)を使用しています。この撮影システムにより、冠動脈系の形態情報とともに心臓の動きや血液の流れなどの貴重な臨床情報を同時にリアルタイムで得ることができます。

最近では、アドバンストリングの大改造や加速器の研究者による多くの工夫により、加速器内電子ビームのより高精度の制御が可能となりました。そのため、得られる単色X線強度がこれまでの2倍近くに増えるとともに、臨床応用には大変重要な要素である長時間安定したX線が供給できるようになりました。さらに、縦方向の電子ビームの大きさを変えることで、図3に見られるように得られる単色X線強度分布を変化させることもできるようになりました。

より鮮明な画像に

この方法を用いることで、従来から使用してきたX線強度フィルターと合わせて、ひとりひとり体型の違う患者さんに、また各撮影方向に最適な単色X線強度分布を短時間で設定できるようになりました。胸部領域は、中心部位には骨や大血管系、食道、気管などがありX線の吸収が大きく、逆に肺領域は透過X線強度が大きい部位となっていて、このことが冠動脈系の識別に影響を与える場合があります。心臓模型の撮影によりこの方法が有用であることを図4に示します。単色X線強度分布を変化させることで、より高精度の診断が可能になります。

最近では、動画用の検出器として、これまでに使われてきたイメージ・インテンシファイアとテレビカメラの組合せに代わり、固体撮像素子を用いた平面形のフラット・パネル検出器を導入しました。この検出器の特長は、デジタル画像データを直接得られること、ダイナミックレンジが広いことなどであり、骨、肝臓など他の臓器に重なった部分の冠動脈系やX線透過率の大きな肺領域の冠動脈をより鮮明に見ることができるようになりました。

放射光を撮影室に導くための装置の改良や画像処理方法の開発などもあり、今ではより実用的な臨床応用を行うことができるようになりました。現在は、運動や薬による負荷によって冠動脈がどのように反応するか評価を行なっています。このような機能検査は、静脈からの血管造影剤注入と2次元動画像方式を用いて初めて可能になるものです。図5には、右冠動脈造影の一例を示します(筑波大学提供)。

臨床応用に向けて

現在では、KEKフォトンファクトリーを含めて国内外の多くの放射光施設で放射光の医学応用に関するさまざまな基礎的研究や臨床応用に向けた準備が進められているとともに、今後建設が予定されている多くの国内外の放射光施設においても放射光の医学応用が検討されています。

また、このニュースでも何度か紹介したように、X線の屈折や位相変化の情報を用いた新しい画像診断法の開発も活発にすすめられており、これまでには見えなかった体内の情報を知ることができるようになってきました。これらの診断法は、放射光の特徴を最大に生かした、放射光でなければできないものです。いずれは病院でも「放射光検査」が一般的になるかもしれません。そして、それによって病気で苦しむ人が減ることを研究者たちは一番望んでいます。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
     http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→キッズサイエンティスト:
     放射光単色X線を用いた心臓診断に関する臨床応用
     http://www.kek.jp/kids/closeup/pf-heart/


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[図1]
PF-ARにおける放射光単色X線を用いた冠動脈診断システム。分光結晶(シリコン)の非対称反射により単色X線の縦方向の大きさを拡大し、2次元検出器で撮影することで2次元動画像を得ることができます。
拡大図(21KB)
 
 
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[図2]
造影室の内部。
拡大図(32KB)
 
 
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[図3]
電子ビームの縦方向の大きさを変えたときの単色X線強度分布の変化の様子。図中、赤い部分は単色X線強度の大きい部分を示します。この方法により、ひとりひとりの撮影に最適な単色X線強度分布を簡便に得ることができます。
拡大図(86KB)
 
 
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[図4]
電子ビームの縦方向の大きさを変えたときの心臓模型撮影の結果。楕円形で囲った部分で縦方向の電子ビームの大きさを変えた後では画像上のサチレーション領域が消失しています。
拡大図(49KB)
 
 
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[図5]image筑波大学
放射光単色X線を用いて得られた右冠動脈造影の一例(矢印が右冠動脈)。画像処理(デジタルフィルター)により冠動脈系の詳細な識別が可能となっています。
拡大図(31KB)
 
 
 
 
 

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