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last update:06/06/08

   image パーキンソン病はなぜ発病する    2006.6.8
 
        〜 中性子散乱による異常なタンパク質の観察 〜
 
 
  パーキンソン病はどんな病気

パーキンソン病は「ドーパミン」をつくる黒質(図1)という脳組織がどんどん死んで行く病気です。神経伝達物質である「ドーパミン」が不足すると、手や足に麻痺や痙攣が起こり、次第に命を脅かすようになる難病です。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のマイケル・J・フォックス、ボクシングの元ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリは若いころから手や足の痙攣や麻痺に苦しんできました。画面やリングで病気を微塵にも感じさせないのはプロ中のプロです。今週の記事はこのパーキンソン病の謎に迫ります。

パーキンソン病の原因は

人は老いてくると、次第に脳の働きが鈍くなってくるのですが、最近、「パーキンソン病」や「認知症(アルツハイマー病等)」だけでなく、「脳の老化現象」に脳神経細胞の「異常な死」が深く関係していることが分かってきました。では、なぜ細胞が死んでしまうのでしょうか? 主な原因は細胞で不要なタンパク質が細胞の中に蓄積してしまい、正常な細胞の活動ができなくなるからです(図2)。ではそれまで正常に働いていた細胞に何が起こったのでしょうか。遺伝や環境からの影響、ウイルスの感染等、現在世界の多くの研究者が原因の解明と早期の診断や治療に取り組んでいますが、残念ながら未だその原因は明らかになっていません。

水溶液中のタンパク質を調べる

近年タンパク質の単結晶構造をナノレベルで解析し、正常なタンパク質と異常なタンパク質のどこが異なるか、を明らかにすることで新しい病気の治療薬の開発が行われています。しかしながら、複数のタンパク質分子が凝集するような複雑なシステムを理解し、治療薬開発のための基礎的な知見を得るためには、生体と同じような環境下(70%は水)で直接タンパク質構造を観察することが必要です。そこで、高エネルギー加速器研究機構と実際にパーキンソン病の患者さんの治療・研究に携わっている順天堂大学医学部の医師や国立精神・神経センターの研究者とともに、タンパク質にダメージを与えずに水溶液構造が長時間に渡って観察できる中性子小角散乱法を用いて、病気とタンパク質構造の異常について研究を開始しました。

神経細胞内で不要となったタンパク質の分解

細胞の中のタンパク質は常にフレッシュなものに置き換わりながら細胞を維持しています。ですから、タンパク質の合成とともに、古くなったタンパク質を効率的に分解することも重要です。2004年に米国の研究者が不要なタンパク質の分解に必要な“ユビキチンシステム”の発見でノーベル化学賞を受賞していますが、ユビキチンはタンパク質に結合して、“もういらない!”ことを示す目印タンパク質です。ユビキチンが結合したタンパク質は即座に“プロテアゾームシステム=タンパク質分解系”で認識され、アミノ酸まで分解され、再びタンパク質合成の原料となります。ユビキチンの語源は“ユビキタス=どこにでもある”ですが、脳神経細胞にも存在します。

不要となったタンパク質がプロテアゾームで分解される際に、もし“ユビキチン”がタンパク質に結合したままだと、“ユビキチン”も分解されてしまい、次第に不要なタンパク質のマーカーであるユビキチンが減少し、不要なタンパク質が細胞内に蓄積されてしまいます。そこで、細胞内には“ユビキチン”を細胞内に回収し、再利用するようなシステムが用意されています。脳神経細胞で、これを司っているのがUCH-L1(Ubiqitin carboxy-terminal hydrolase L1)とよばれる加水分解酵素です(図3)。生体とは何と効率的に無駄なく作られているのでしょうか。

UCH-L1の機能が低下すると、細胞内のユビキチンプール(貯蔵)が減少してしまい、次第に不要なタンパク質が細胞内に蓄積され、異常な凝集体を形成し、細胞を殺します。

UCH-L1の遺伝子異常とパーキンソン病の発症

ところが、一旦不要となったタンパク質の除去が行われなくなると、大変なことが起こります。脳神経細胞では、UCH-L1の遺伝子異常によりパーキンソン病が発病します。20世紀後半に欧州で、頻繁にパーキンソン病が発病する家系が見つかりました。遺伝子を調べてみると、UCH-L1の93番目のアミノ酸であるイソロイシンがメチオニンに変化し(I93M変異型)、また、ユビキチン回収能が低下していました。不幸なことにこの遺伝子の異常が子々孫々引き継がれていたのです。一方、それとは逆に、欧州と日本で、正常人に18番目のセリンがチロシンに変化し(S18Y多形型)、ユビキチン回収能が向上している家系が見つかりました。この家系ではパーキンソン病になりにくかったのです(図4)。

1つのタンパク質で起こる2つの変化が、発病に対して全く逆の効果をもたらす現象は生体では大変珍しいことです。一般的な正常型とI93M変異型、S18Y多形型の構造が明かになれば、パーキンソン病の診断や治療薬の開発に重要な知見が得られるはずです。世界中でUCH-L1の単結晶構造解析が試みられましたが、UCH-L1自体が凝集し易いタンパク質であったため、なかなか構造を明らかにすることができませんでした。

生体全体に広く分布し、アミノ酸配列が57%一致している、UCH-L3(UCH-L1のファミリー酵素)から計算したUCH-L1結晶構造。パーキンソン病患者の家系から発見された93番目のイソロイシンからメチオニンへの置換部位はタンパク質構造の内部、一方18番目のセリンはタンパク質構造の表面にあります。

中性子散乱によるUCH-L1構造の観察

遺伝子はタンパク質の基本的な設計図ですから、遺伝子が得られれば、大腸菌や酵母、昆虫の細胞、最近では蚕をつかって、タンパク質を大量に合成することができます。実際に一般的な正常型とI93M変異型、S18Y多形型、人為的にI93MとS18Yの両方の変異を導入した遺伝子からタンパク質を合成し、中性子散乱法で観察しました。その結果、UCH-L1は生体に広く存在しているファミリーであるUCH-L3の単結晶構造(アミノ酸配列が57%以上一致)から予想されたような球の単量体ではなく、水中でお互いを認識しあって回転楕円体の二量体を形成することがわかりました(図5)。更に、パーキンソン病発症の危険性が増すI93M変異型は正常型よりひしゃげた回転楕円体となり、一方危険性が低くなるS18Y多形型はより球状性が向上することがわかりました。これにより、パーキンソン病になりさすさとユビキチン回収能とタンパク質の変形され具合が見事に一直線上に並びました。

中性子散乱は新たな病気の診断・治療薬の開発ツール

かりにUCH-L1の結晶構造が分かったとしても、今回明かにしたような水中におけるタンパク質の構造を予測することは不可能で、実際の生体環境に即した雰囲気でのタンパク質構造がいかに重要であるかがお分かりだと思います。もし、何らかの物質がI93M変異型のひしゃげた回転楕円体をS18Y多形型のように球状性に変化することができれば、と考えると、将来中性子散乱は新たな病気の診断・治療薬の開発に重要な解析ツールになることは容易に予想されます。現在、アルツハイマー病やパーキンソン病等の疾患に留まらず、生体における多様なタンパク質の構造変化と生命現象に挑戦しています


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→中性子科学研究施設のwebページ
  http://neutron-www.kek.jp/

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[図1]
脳の模式図。神経伝達物質を分泌する黒質は、運動神経系に重要な脊髄、延髄につながる中脳にある。
拡大図(86KB)
 
 
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[図2]
パーキンソン病患者の黒質で見られるタンパク質の凝集体。
拡大図(60KB)
 
 
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[図3]
ユビキチンを細胞内に回収する酵素(UCH-L1)の機能。
拡大図(47KB)
 
 
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[図4]
UCH-L1の結晶構造モデル。
拡大図(67KB)
 
 
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[図5]
中性子散乱法によるUCH-L1の水溶液構造とアミノ酸置換による構造変化及び、ユビキチン回収能とパーキンソン病の患りやすさとの関係。
拡大図(35KB)
 
 
 
 
 
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