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2つの超伝導が共存する物質 2008.3.27 |
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〜 超伝導になる温度の解明へ 〜 |
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氷を暖めると、摂氏0度で水になりますね。圧力が増えたりすると溶ける温度も少し変わりますが、氷から水に変わる温度は世界中どこでも同じです。金属を極低温まで冷やしていくと、ある温度以下で電気抵抗が突然ゼロになる「超伝導」という現象でも、その現象が起きる温度は物質によって必ず一つに決まっているものと考えられてきました。 ところが、超伝導現象が現れる温度が2種類あるという不思議な物質が見つかりました。ミュオンという素粒子の一種を用いてどのようにその物質を見つけることができたのかについてお話ししましょう。 実用への鍵は温度 オランダのK. オネスは1911年、水銀の温度をどんどん冷やしていくと、摂氏-269度で電気抵抗が突然ゼロになる「超伝導」という現象を発見しました。超伝導状態の金属に電流を流すと、電源を外した後もずっと電流が流れ続けます。その後の研究で多くの金属が超伝導を示すことが明らかになり、現在ではリニアモーターカーを初め、病気の診断に使うMRI-CTなど、広く使われるようになりました。 しかし、産業界で実用化しやすい金属は、いずれも摂氏-250度(絶対温度20K)以下という、かなり低い温度でしか超伝導現象が起こらず、液体ヘリウムや大掛かりな低温発生装置を必要とします。より幅広い分野で超伝導を活用するには、より高温で超伝導状態になる物質の研究が必要です。 1986年になると、液体窒素の温度(摂氏-196度、絶対温度77K)を超える温度で超伝導を示す銅酸化物超伝導体が発見されました。現在最も高い超伝導転移温度を示す物質は銅酸化物の一種で、(摂氏-140度(絶対温度130K)で超伝導になります。これでもまだドライアイスの温度(- 78.5度)よりずっと低く、冷やすにはかなりのエネルギーを必要とします。もしも、室温で超伝導を示す物質が発見されれば、私たちの生活に計り知れない恩恵がもたらされるでしょう。 高温超伝導を生む「硬さ」 「電気抵抗ゼロ」の状態はどのようなメカニズムで実現しているのでしょうか? 実は、電子は金属の中では「波」として振る舞っています。超伝導状態では、2つの同じ波長を持った逆向きに進む電子の波が重なり合う(「クーパー対」と呼ばれる状態になる)ことで、バラバラの状態の電子に比べるとエネルギーが低く安定な状態となります。対の状態とバラバラの状態のエネルギーの差を「超伝導ギャップ」と呼びます。 喩えて言うと、ふらふらした波だった2つの電子が対になって「凍り付いた棒」のようなものになり、棒の片方の先を押すと反対の先が同時に動くように、電子対が電気を伝えるために電気抵抗が一切生じない、という状況になっています。一般には電子と電子の間の引力が強い(「凍り付いた棒」が硬い)ほど超伝導ギャップが大きく、高温になっても超伝導状態を保つことができることが分かっています。 通常の金属では、電子が対を作るための引力は「格子振動」(結晶格子をバネで結ばれた原子に見立てたときの原子の振動)によって媒介されることが分かっています(図1)。電子は負の電荷を持っているので、金属の中では正の電荷を持つ結晶格子点上の原子との相互作用で、その周りの格子を少し歪ませています。この時、硬い結晶では歪みの大きさを決めるバネが強いということになりますので、電子対を作る引力もより大きくなります。 「硬い」軽元素の超伝導を探す 2001年、青山学院大学の秋光純教授のグループは、従来試薬の一つとして売られていた二ホウ化マグネシウム(MgB2)が摂氏-233度(絶対温度約40K)と、それまでの金属系超伝導体よりもかなり高い超伝導転移温度を持つ物質であることを明らかにし、1986年の銅酸化物超伝導体の発見以来の大きな注目を集めました。 この物質は、炭素やホウ素などの軽い元素が硬い結晶格子を形作っています(図2)。このような物質群は「軽元素ネットワーク型金属」と呼ばれています。ダイヤモンドと同様、炭素やホウ素が作る結晶格子は極めて硬いので、大きな超伝導ギャップが得られるという効果が期待されるのです。 ここまで読むと、高い超伝導転移温度を実現するには、要するに「硬い金属で超伝導になる物質を探せばよいのではないか」、と思われるかも知れません。しかし、残念ながら事はそれほど簡単ではありません。 実は電子と格子の相互作用があまり強すぎると電子は動けなくなるのです。電子を図1にあるようにベッドの上のボールに例えれば、ボールの周りの歪みが大きすぎる場合にはそもそもボールがうまく転がらなくなってしまうことがお分かりでしょう。これではそもそも電気が流れない(絶縁体になってしまう)ので、超伝導どころではなくなってしまいます。 超伝導状態を引き起こす結晶格子の硬さや電子と格子の相互作用の強さが明らかではないため、炭素やホウ素を含んだ金属においても、超伝導転移温度がどのように決まっていて、それを高くするためにどのような工夫をすればよいのか、というのは現在でもよく分かっていない大問題の一つとなっています。その手がかりを探るために、このような物質中での超伝導状態を詳細に理解するための研究が進められているのです。 二重ギャップをミュオンで観測 二ホウ化マグネシウムの超伝導状態を理解する上で重要なカギになる超伝導の性質として、1つの物質中で2つの異なる超伝導状態が共存している「二重ギャップ超伝導」という現象があります。電子対と格子の歪みとの相互作用が大きいものと小さいものの2通りあるような状況だと想像できますが、なぜそんなことになっているのか、電子はどのようにその2つを使い分けているのか、その物質における超伝導全体の性質にどのような影響をもたらすのか、など次々に疑問がわいてきます。 1つの物質中に2種類の超伝導状態が存在する「二重ギャップ超伝導」を理解することは、超伝導転移温度が決まるメカニズムをより深く理解する上でも重要なテーマと考えられています。 この「二重ギャップ超伝導」を理解するために、KEK物質構造科学研究所の門野良典教授のグループは、青山学院大学の秋光純教授のグループと共同で、二ホウ化マグネシウムと同じ「軽元素ネットワーク型金属」の1つである金属炭素化合物、「Y2C3」と「La2C3」の超伝導状態についての研究を行いました。 これらの超伝導体は、物質としては古くから知られていましたが、秋光教授のグループは最近の研究で化学組成が理想形(ここでは例えばイットリウム 2に対して炭素3という比率)からわずかにずれただけで超伝導転移温度が大きく変化し、場合によって10K以下から20K近くまで大きく変化することを見つけました。さらに、核磁気共鳴と呼ばれる方法でその超伝導状態を調べたところ、どうやら単純な超伝導ギャップでは説明できないような兆候が観察されたのです。 そこで門野教授のグループは、ミュオンスピン回転法(μSR:ミューエスアール)を用いれば図3に示すように超伝導状態で超伝導電流の強さ(超流体密度)を正確に測定できることに注目し、これら2つの超伝導体について秋光教授のグループと共同でカナダにあるTRIUMF研究所のミュオン利用施設において μSR測定の実験を行いました。 図4はそれぞれの物質についてμSR測定で得られた超伝導電流の強さで、それが温度に対してどのように変化するかをプロットしたものです。いずれの物質においても単一の超伝導ギャップを持つ場合とは異なる振る舞いが観測されました。特にLa2C3においては、2つの超伝導状態に対応して、超流体密度が温度に対して階段状に変化する様子が明瞭に観測されました。 一方、同じ物質でLaをYで置き換えた場合(Y2C3:図5)には、明快な階段状の変化は観測されませんが、先の軽元素ネットワーク型金属の1つである二ホウ化マグネシウムと類似の振る舞いを示すことが明らかになりました。さらに詳しく解析したところ、両者の振る舞いの違いが、主に異なる超伝導ギャップをもつ2つの電子軌道間の結合(2つの超伝導状態の間を電子が相互に飛び移る頻度)の大きな違いによるものであることが強く示唆される結果が得られました。 2つの超伝導状態が共存している様子がこれほど明確に観測され、しかもその様子が元素の置き換え(La⇔Y)によって劇的に変わる様子が実験的に明らかになったのはこの物質が初めてです。 超伝導になる温度を予測する手がかり 超伝導転移温度が結晶のどの性質によって具体的に決まるのかについては、現在でも理論的に予測ができていません。実は超伝導の発見以来、超伝導転移温度を理論的に予測できたことはこれまで一度もないのです。 1つの結晶で2種類の超伝導状態を示す物質が存在し、その共存の様子が明確に測定できたことで、結晶中のどのような性質(原子配列等)が超伝導転移温度の違いをもたらすかを解明する手がかりが与えられたと考えることができます。工業的な加工が容易とされる金属炭素化合物でも、飛躍的に高温で超伝導状態を示す物質が見つかるかもしれません。その探求の手段が、今回の研究を元に進展することが期待されます。
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