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世界最高のミュオンをめざして 2006.8.24 |
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〜 J-PARCのミュオン科学研究施設 〜 |
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電子の仲間であるミュオン(ミュー粒子)は電子の約209倍の重さを持つ素粒子です。寿命は約50万分の1秒で、自然界には安定して存在しません。このミュオンを加速器で大量に作り出してさまざまな物質の性質を調べるためのミュオン科学研究施設(MUSE)の建設が東海村の大強度陽子加速器計画(J-PARC)で進められています。 物質の性質を探るミューズ(MUSE) 陽子を加速して標的にぶつけると、そこから様々な種類の粒子(二次粒子)が発生します。その中からパイ中間子を選び出すと、パイ中間子は約4千万分の1秒で崩壊してミュオンとニュートリノになります。このミュオンのうち、正の電荷を持ったものは高温超伝導の起源に関する研究や、水素同位体の運動の様子、半導体中に僅かに含まれる水素同位体がどんな働きをしているか等の研究に用いられます。負のミュオンは原子核に捕獲される時に元素特有のX線を放出するので、元素分析に用いられます。また負ミュオンが触媒として働く核融合等の研究にも利用されます。 加速器で発生させたパルス状のミュオンを使って物質の様々な性質を調べることを世界に先駆けて実現したのはKEK陽子加速器のブースター利用施設で、1980年のことでした。当時は東京大学中間子科学実験施設として建設され、全国の研究者に利用されてきました。 東海村で建設中のJ-PARC(図1)は、世界最高のビームパワー(陽子を加速する際のエネルギーとビーム強度の積)を実現するための加速器です。ビームパワーが強大になると、陽子を標的にぶつけたときに発生する様々な種類の粒子(二次粒子)の強度も世界最高になります。世界最高強度のミュオンパルスビームを発生させるミュオン科学研究施設(MUSE)の建設がJ-PARCの物質生命科学実験棟で急ピッチで進められています。 串刺しの生成標的 J-PARCではミュオンを発生させる元となるパイ中間子は30億電子ボルト(3GeV)の陽子ビームを使って生成します。実はこのエネルギーは中性子を発生させるのにも適しています。そこで3GeVシンクロトロンから導きだされた陽子はまず原子番号の小さな元素からなる材料で製作された薄いミュオン生成標的に照射され、そこを通過した大部分の陽子が下流にある中性子源に導かれるように設計されました(図2)。このようにミュオン生成標的と中性子源を陽子ビームで串刺し状にすることによってミュオンの実験と中性子の実験を同時に行うことができるようになります。 ミュオン生成標的としては20mmの厚さのグラファイト(黒鉛)をリング状の銅フレームに取り付けたものを利用します。陽子が通過するときに熱が発生しますが、それを冷却する為に銅フレームにはステンレス製の冷却水配管が埋め込んであります。この時、グラファイト中心の温度は摂氏約1500度になります。銅とグラファイトの熱膨張係数(温度によって伸びる度合い)は大きく異なるため、高温でその境界には大きな力が発生します。この力をできるかぎり小さくし、グラファイトが破損しないように、銅とグラファイトの間には薄いチタン金属を挿入してあります。 安全運転のための工夫 ミュオン標的で散乱された陽子は高強度の放射線を発生します。そのため散乱された陽子の影響が実験室内まで到達しないようにミュオン標的の後ろには銅製のスクレーパーが設置されます。また、ミュオン標的から中性子源に至るビームラインもビームが通過する際に強い放射線を放出するので、ビームラインは実験室と厚いコンクリートで隔てられたトンネル構造の中に入っています。このほか、ビームラインには安全に運転する為の多くの工夫がされています。 ビームラインの上には約2.4mの鉄の遮蔽体が設置され、通常の点検作業はビームを止めた後に、鉄の遮蔽体越しに行われます。標的やビームモニターを上下に動かす機構やケーブルの配管の接続等はすべてこの空間(メンテナンスエリアと呼ぶ。)に設置されます。また、この空間の上にはビーム運転時、4mのコンクリートの遮蔽体が設置されます。 電磁石は樹脂の絶縁の代わりに放射線に強い酸化マグネシウムを絶縁体に使った無機絶縁導体(MIケーブル)を使用し、また故障の起こりやすい冷却管や導体の継ぎ手はすべて先ほど述べたメンテナンスエリアに配置してあります。 陽子ビームは高真空に保った真空ダクトの中を通過しますが、電磁石やビームモニター、ミュオン生成標的の設置されているチェンバー等とダクトは真空継ぎ手により空気が流入しないようにしなければなりません。一般に、真空継ぎ手はボルト締めやカップリングと呼ばれる締め付け冶具を人が手によって締め付けますが、このビームラインは高強度の放射線が発生するために人が近づくことができません。そこで、遠隔操作が可能なピローシールを用いています。ピローシールとは圧縮ガスで蛇腹を伸ばすと同時に、薄い金属板を圧力で膨らませ、相手の金属面と密着させることによって真空をつなぐ構造の継ぎ手です。空気圧で膨らませる枕のような動きなのでピローという名前がついています。ピローシールは元々はスイスのPSI研究所で開発されましたが、これに改良を加え、空気の流入量を1万分の1程度まで抑えることに成功しました。 また50トン余の重さを持つ電磁石を精密におく際に、床を水平にする為の基盤となるベースプレート、位置決めを正確に行う為のアラインメントプレート、さらには磁石等を保守のため降ろしたり持ち上げたりする際のガイド機構を持った遮蔽体なども製作しています。ガイドに沿って電磁石をクレーンで下ろし、ほとんど人が近づくことなく最後にはピン構造で所定の位置に精密に設置することが出来ます。 2008年度の研究開始をめざして トンネルの中の建設は、空冷装置の設置や電磁石の配線工事等がまだ残っていますが、これらの工事が終わればいよいよ実験室にミュオン生成標的で発生したミュオンを導く為のビームラインの建設に取りかかることになります。 26年間つくばでKEKブースターシンクロトロンを用いたミュオン施設で活躍した超伝導ソレノイド電磁石や4重極電磁石、偏向電磁石、6年間使用した冷凍機を東海村のJ-PARCミュオン施設まで運んで有効に再利用します。 ミュオン科学研究施設では2008年度中に最初のビームラインによる実験を開始し、利用の状況などによりビームラインの増強を検討していく予定です。世界最高強度のパルス状ミュオンを用いた世界最先端の様々な実験が行われることを世界中のミュオン研究者は心待ちにしています。
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