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高温超伝導体の謎に迫る 2008.5.29 |
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〜 μSRで見る銅酸化物超伝導体 〜 |
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電気をいったん流し始めるといつまでも流れ続ける超伝導体。発電所から家庭まで電気を送る送電線などに応用することができれば、電気の利用効率は今よりも格段に向上すると期待されていますが、現在実用化されている超伝導体では、液体ヘリウムの温度まで冷やさねばならず、大掛かりな冷却装置が必要になります。 一方、すでに実用化されている物質よりも手軽に冷却できる温度で超伝導の性質を示す「高温」超伝導体と呼ばれる物質の研究が20年ほど続けられています。ミュオン・スピン回転法(μSR)を使って、銅酸化物の高温超伝導体には超伝導の機構が異なる2種類の系があることを解明した研究についてご紹介しましょう。 鍵は電子どうしの反発 電子部品をつなぐ電線には銅がよく使われます。場所によっては金メッキが使われることもあります。アルミニウムなども電気をよく通す金属として知られています。これらの金属の中では電子が自由に動き回れるようになっています(図1a)。電気をよく通す金属では、電子と電子がお互いに関わりなくほとんど自由に振る舞っていることが大きな特徴です。 1986年に絶対温度で30度(摂氏 -243度)よりも高い温度で超伝導を示す銅酸化物超伝導体が発見され、以来、いろいろな物質が高い温度でも超伝導の性質を示すことが明らかになってきました。これらの物質は金属と違い、室温では電気をそれほど通しません。これは、電子がお互いに電荷を遮蔽し合う効果(実際にはある電子の周りで電子密度が減るとその分だけ隠れていた原子の格子上の正電荷が現れて遮蔽する)が不完全なために、負の電荷を帯びている電子と電子の間で反発力(クーロン反発)が強く働く(=お互いの運動をじゃまする)ためです(図1b)。 電子には「スピン」という回転の向きを表す性質があります。金属の超伝導状態では、スピンがある方向を向いた電子と、ちょうど反対方向を向いた電子が金属原子の格子の振動を仲立ちにしてペア(クーパー対)を作ります。通常の金属中では電子どうしの反発力が弱いために、このようなペアが作りやすいと考えられています。ところが銅酸化物超伝導体の場合はこのような状況にないことから、発見から既に20年以上も熱心に研究されているにもかかわらず、なぜ高い温度まで超伝導状態が保たれるのか、どのようなメカニズムで超伝導が起きるのかが、まだよくわかっていません。 空席や人数を増やせばペアが増える? 銅酸化物という電気を流しにくい物質を2人掛けの椅子が並んだ教室に喩えてみましょう。椅子は銅原子、そこに座る人は電子とします。1つの椅子には男子(上向きのスピン)と女子(下向きのスピン)がそれぞれ1人ずつ座ることができます。純粋な銅酸化物の場合は椅子の数(座席数の半分)だけ人が座っている状態になっています(図3)。電子は空席の場所にだけ移動することができます。 満席の場合は電子はもちろん身動きできませんが、座席が半分も空いていれば、電子は空席を利用して自由に動けるはず、と思いますよね? ですが、銅酸化物の場合は絶縁体になっています。お互いに誰かが隣に座るのを嫌がっている(電子どうしの反発が強い)状態といえます。そこで、銅酸化物に不純物を入れて、空席を増やしたり(ホールドープ型)電子の人数を増やしたり(電子ドープ型)すると、電子が動き回る、つまり電気が流れる状態になります。このとき先ほどのペアを作った状態での移動(=超伝導)も可能になります。この場合、ペアの数は後から増えた空席、あるいは電子の数を超えることはできませんね。 このような描像からの予測では、空席を増やしても電子の人数を増やしても銅酸化物が超伝導になる仕組みは変わらないと考えられてきました。ところが最近の研究で、実はこの対称性が成り立っていないという事実が次第に明らかになってきました。 ミュオンで観測した電子の状態 以前の記事でもご紹介しましたが、ミュオンを磁場中に置かれた超伝導体に注入すると、超伝導体の内部磁場の分布の様子から超伝導電流の強さ(=ペアになっている電子の数に比例)を直接測ることができます。 総合研究大学院大学 高エネルギー加速器科学研究科 物質構造科学専攻の大学院生佐藤宏樹氏(指導教官=門野良典教授)は、電子ドープ型銅酸化物超伝導体のひとつであるSr1-x Lax CuO2という物質についてミュオンを使って超伝導電流の強さを測定し、どのくらいの数の電子が実際に超伝導状態になっているかを調べました(図4)。 Sr1-x Lax CuO2とは、もともと絶縁体であるSrCuO2のストロンチウム(Sr)原子を銅(Cu)原子1個につきx 個ぶんだけランタン(La)原子で置き換えた物質です。ストロンチウム原子は通常は2価(Sr2+)なので、3価のランタン原子(La3+)と置き換えることで、x 個の余分な電子が銅と酸素の面に入ると考えられます。 銅酸化物超伝導体は通常の金属? 佐藤氏らが超伝導状態になっているSr1-x Lax CuO2の電子の濃度を調べたところ、このストロンチウムの濃度x よりも遥かに高く、ほとんど1+x に相当するということが分かりました(図5)。先ほどの「2人掛けの椅子」でいえば、「後から加えた電子の数だけペアを作って動いている」状態ではなく、「ほとんどの電子がペアになって動いている」という状態です。ということは、「お互いに誰かが隣に座るのを嫌がっている」という前提が間違っているのでしょうか? 実は、銅酸化物超伝導体を「電子どうしの強い反発によって(半分空席なのに)絶縁体化した物質」というモデルから出発して理解しようとする考え方の他に、「通常の金属」のモデルから出発して、電子がお互いに弱く反発しあいながら運動している、とする考え方もあります。今回の結果は、「電子ドープ型」銅酸化物が後者の考え方でよく理解できる、ということを示唆しており、どちらの考え方がより真実に近いのか、この「電子・ホール対称性の破れ」は、この議論に一石を投じると期待されています。 佐藤宏樹氏は、この研究成果により「総研大研究賞」を受賞しました。
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