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last update:08/11/27  

   image 鉄を含む新しい高温超伝導体    2008.11.27
 
        〜 銅酸化物と似ているか? 〜
 
 
  電気抵抗がある温度で突然ゼロになる不思議な物質、超伝導体。抵抗ゼロの性質を利用することができれば、電気の利用効率は飛躍的に向上します。しかし、現在実用化されている金属系超伝導材料は、いずれも摂氏−250度(絶対温度約20K)付近のかなり低い温度でしか超伝導現象が起こりません。もしも、室温で超伝導を示す物質が発見されれば、私たちの生活に計り知れない恩恵がもたらされるでしょう。

室温で超伝導になる物質の発見を夢見て、高い超伝導転移温度をもつ物質の探索が行われています。1986年に発見された銅酸化物超伝導体は、現在最も高い超伝導転移温度を示す物質ですが、最近、全く新しい物質が高温超伝導であることが発見され、超伝導の研究に急展開が起こりました。

新しい超伝導体の発見

今年2月、東京工業大学の細野秀雄教授のグループは超伝導転移温度が摂氏−247度(26K)という、鉄を含む新型超伝導体LaFeAsOを発見しました(図1)。通常、磁気は超伝導になっている状態を壊してしまうので、磁石になる物質は、超伝導に向いていないと考えられています。ですから、鉄を含む物質が高温超伝導になるのは誰も予想できない大きな発見だったのです。これだけでも驚きですが、この発見を受け、中国を中心に物質の開発競争が起こり、鉄系超伝導体の転移温度は数ヶ月のうちに摂氏−218度(55K)にまで到達し、銅酸化物超伝導体の摂氏−143度(130K)に次ぐ第2位の記録に急浮上しました。

なぜ高い温度で超伝導になるのか調べるためには、超伝導を引き起こしている電子のエネルギーを直接観測する実験が威力を発揮します。最近、KEKフォトンファクトリーの放射光を用いて、物質中の電子のエネルギーを調べる「光電子分光法」という方法で、鉄を含む新しい超伝導体の謎を解く研究が行われました。

電子同士の反発と超伝導

電子はマイナスの電荷をもっており、電子同士はマイナスとマイナスで反発しあいます(クーロン相互作用)。物質のなかには1兆個の1000億倍ほどもの膨大な数の電子がいるので、お互いにひしめきあって身動きがとりづらいのではないかと思うのですが、ほとんどの物質では、電子が動ける「通路」が広いために、電子同士の反発はほとんど無視できます。このように電子の「通路」だけを考えて電子間の反発を無視して計算する手法を「バンド理論」と呼びます。バンド理論は、多くの物質の性質をうまく説明し、半導体素子の設計などに威力を発揮してきた、とても重要な理論です。

しかし、銅酸化物高温超伝導体では電子が強くぶつかり合うため、この手法があまり成り立たないことが知られています。電子がぶつかり合い,運動が制限されることを「電子相関」と言います。銅酸化物高温超伝導体中の電子は電子相関が強く絶縁体に近い状態にあり、このような状態はバンド理論で説明することができません(図2)。高温超伝導の原因は、このような相関の強い電子状態と深く関係していると考えられてきました。銅酸化物の高温超伝導のメカニズムはまだ明らかにされていないのですが、電子同士の反発が「ふとした拍子」に、引力に変化して、電子がペアをつくって超伝導になる機構が提唱されています。

これまでの高温超伝導体と似ているの?

新しく発見された鉄の超伝導体も、電子相関が強いのではないのかと多くの専門家は考え、バンド理論が適用できるかどうか意見が分かれていました。そこで東京大学大学院理学系研究科の藤森淳教授、吉田鉄平助教のグループは、フォトンファクトリーの高分解能光電子分光ビームラインBL-28Aを用いて、鉄を含む高温超伝導体LaFeAsOの電子のふるまいを「光電子分光法」を用いて調べました。その結果、銅酸化物高温超伝導体に比べ、電子同士の反発の効果が弱いことが明らかになりました。

藤森教授、吉田助教が用いたのは、原子ごとの電子のふるまいを独立に取り出せる「共鳴」光電子分光法という、光のエネルギーを自在に変えられる放射光ならではの実験方法です。この方法をうまく使って、超伝導を担っている鉄の3d軌道と呼ばれる部分の「部分状態密度」の観測に成功しました(図3)。得られた部分状態密度を、東京大学の有田亮太郎准教授、青木秀夫教授,電気通信大学の黒木和彦教授の協力を得てバンド理論から得られた計算と比較した結果、銅酸化物の場合と異なり、電子状態はバンド理論に似た結果が得られました。これは電子相関の効果が弱く、金属的な状態が保たれていることを意味しています。

普通の金属よりも「重い」電子

銅酸化物と比べると確かにバンド理論の予測に近いのですが、実は良く見ると、得られたスペクトルはバンド理論よりも低いエネルギーにシフトしていることが分かります。これは、弱いながらも電子相関の効果が重要で、そのために電子が動きにくくなっていること意味しています。人ごみの中で動きにくい状態は、体重が重くなってしまって動きにくい状態と似ていますね。これと同じで電子の「質量」が重くなると考えると、さまざまな現象を理解することができます。質量が重くなる効果を簡単なモデルで表現して、バンド理論の結果に補正を加えることで、実験結果をよりよく説明することができました。この結果、電子の「質量」が電子相関のために約1.5〜2倍になっていることがわかりました。人間の体重が2倍になってしまっては大変ですが、電子の場合、2倍になっても、自由に動き回ることができるのですね。

ここまで見てきたように鉄を含む新しい超伝導体は電子相関が弱く、銅酸化物の電子状態とかなり様子が異なることが明らかになりました。これは銅酸化物とは異なるメカニズムで高い超伝導転移温度が実現している可能性を意味しています。銅酸化物にはない、高温超伝導を達成する秘密は一体何なのでしょうか? また、弱いながらも存在する電子相関の効果は、超伝導とどのように関係しているのでしょうか? これからの研究で明らかになることが期待されます。

高温超伝導について、これまで膨大な研究が行われたのに、鉄系超伝導は全く予想しないところから現れ、私たちが知っていることは、実は真実のほんの一部だということを改めて教えてくれました。思わぬところから室温超伝導体が発見される日が本当にやって来るかもしれませんね。

本研究結果は、学術誌「Journal of the Physical Society of Japan」に2008年9月10日に発表されました。



 
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[図1]
鉄を含む新型超伝導体LaFeAsO1-xFxの結晶構造。鉄(Fe)とヒ素(As)のネットワークでできた2次元空間にいる電子が超伝導を担っている。
拡大図(64KB)
 
 
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[図2]
電子相関が強い場合と弱い場合。それぞれ電子の「通路」が狭い場合と広い場合に対応する。左図はクーロン相互作用の影響が強い場合。隣の原子にいる電子と反発するので、電子はそれぞれの原子にとどまり、身動きのとれない状態になっている(=電子相関が強い)。一方、右図のようにクーロン相互作用の影響が弱い場合は、他の電子との反発を感じないので、電子は原子の間を自由に動き回ることができる(=電子相関が弱い)。
拡大図(55KB)
 
 
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[図3]
鉄3d 軌道の部分状態密度。鉄3d軌道にいる電子のエネルギー分布を示している。実験結果(赤)はバンド理論で予測されたもの(緑)と分布が似ているが、低エネルギー側(右側)に分布がシフトしている様子が分かる。電子相関の効果(自己エネルギー)を仮定する(紫)と、実験をよりよく説明することができる。
拡大図(87KB)
 
 
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→東京大学大学院 理学系研究科
    物理学専攻 藤森研究室のwebページ
  http://wyvern.phys.s.u-tokyo.ac.jp/
→放射光科学研究施設
    (フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→ビームライン
    KEK-PF BL-28 のwebページ
  http://research.kek.jp/people/
        onok/BL-28/index.html


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