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last update:07/11/29  

   image ものの表面の電子状態を見る    2007.11.29
 
        〜 放射光で見る表面の電子軌道秩序 〜
 
 
  コンピュータの計算速度が1.5年ごとに2倍になる。これはインテルの創業者のひとりであるゴードン・ムーアが1965年に提唱したもので、ムーアの法則と呼ばれています。驚くことにムーアの法則はトランジスタができるより前、機械式の計算機や真空管の時代まで含めて成り立っていて、今ではこの法則は半導体産業の「指針」として使われています。

このままでいくと、現在の技術の延長では15年後には原子1個分の幅の配線が必要になり、そこで限界を迎えてしまいます。ムーアの法則を信じるとすれば、おそらく近いうちにまったく新しい技術が誕生しなくてはなりません。世界中の研究者たちが新しい技術の「卵」を生み出そうと努力しています。

「超」巨大磁気抵抗効果

先々週のニュースでは、巨大磁気抵抗効果を持つマンガン酸化物が磁化される、つまり情報を磁気的に記録する様子を、放射光で観察した研究をご紹介しました。巨大磁気抵抗効果は、今日の小型で大容量のハードディスクの基礎となった技術で、この性質を発見した科学者が今年のノーベル物理学賞を受賞したことは皆さんもご存知でしょう。

また、以前の記事で、「超巨大磁気抵抗効果」という、さらに100倍から100万倍もの大きな効果を持つ物質に関する研究についてご紹介しました。この性質を持つ物質は、次世代のコンピュータ技術に革新をもたらす最有力候補で、この「超」がつくぐらい不思議な性質がどのようなしくみで起こるのか、多くの研究者の注目の的になっています。

その研究者の一人である、KEKフォトンファクトリーの若林裕助(わかばやし・ゆうすけ)助教は、アメリカの研究者たちと一緒に、超巨大磁気抵抗効果を示す物質であるマンガン酸化物の「表面」の電子の状態を、放射光を用いた「X線表面回折法」という方法で観測することに世界で初めて成功しました。

なぜ「表面」?

なぜ、「表面」の電子の状態を知ることが重要なのでしょうか? トランジスタなどのデバイスは、p型半導体とn型半導体の接合でできています。接合している表面の電子状態が、そのデバイスの性能にとって重要であることはすぐに想像できます。超巨大磁気抵抗効果を持つ物質でデバイスを作ろうと考えたときにも、間違いなく表面の電子の状態が性能を左右するでしょう。また、デバイスの大きさがどんどん小さくなると、表面の占める割合は大きくなり、表面の性質の重要度は増していきます。

表面から離れた奥深い部分と表面とでは、性質がかなり違うことは、物質を原子のレベルで考えればすぐにわかります。深い部分では、原子や電子は隣にもその隣にも同じような状態で存在しますが、表面では、片側の隣には電子がいるけれども、反対側には電子がいない、といった状況が起こります。このような状況で物質の性質はどう変わるのでしょうか? これは、科学的にも実用的にもおもしろい問題です。

化学的な表面と軌道秩序の表面

若林さんたちが研究に使ったのは、La0.5Sr1.5MnO4というマンガン酸化物です。この化合物は、低温にするとマンガンの電子軌道が互い違いに規則的に配列する「軌道秩序状態」という、図1に示したような状態になります。図1で、赤や黄色や白で示した球状だったり細長かったりする形のものは、電子の軌道をあらわしています。軌道秩序状態については、以前の記事でも触れましたが、電子の個数の違う原子が規則的に並んで、細長い電子の軌道が互い違いに配列しているような状態です。この状態では、電子が動くことのできる道筋もきちんと決まっています。マンガン酸化物では、この軌道秩序が崩れたときに超巨大磁気抵抗効果を示すことがあります。このように、軌道秩序状態は物質の性質に大きな影響を及ぼす現象です。

まず、この化合物の結晶の表面がどんな構造になっているかをX線表面回折法という方法で調べました。特に表面の付近だけ構造が変化していることもなく、原子が同じように並んだ、化学的に平滑な表面になっていることがわかりました(図2の青い部分)。図3と図4は、測定に用いた実験装置です。

さて、それでは表面の電子軌道はどのようになっているのでしょうか? この物質は低温で軌道秩序状態になることは先ほど説明しましたが、この秩序だった状態が表面までみっちり詰まっているのでしょうか? それとも表面は違う状態になっているのでしょうか?

若林さんたちは、放射光によるX線表面回折法では、表面で原子がどのように並んでいるかという情報(ここでは「化学的な表面」と 呼びます)だけではなく、その原子がもつ電子軌道の状態まで見えるのではないかと考えました。

観察された表面の様子が図2です。茶色で示した「軌道秩序状態」を取っている部分(図2の茶色の部分)の「表面」は、化学的な表面が平滑であるのに比べ、でこぼこした、粗い表面であることがわかりました。また、温度をあげていって軌道秩序状態が崩れる様子を観察したところ、表面近くの軌道秩序は、深い部分の軌道秩序より早く崩れていくことがわかりました。

この研究は、世界で初めてマンガン酸化物の表面近くの電子の状態を観察したもので、次世代電子デバイスを設計するための有力な手法になりえることが高く評価され、「Nature」の物質科学関連の姉妹紙である「Nature Materials」の2007年12月号に掲載される予定です(オンライン版は11月19日に公開されました)。

若林さんは、2005年から2006年にかけて、アメリカ合衆国ニューヨーク州のブルックヘブン国立研究所(Brookhaven National Laboratory,BNL、図5)に滞在し、この研究を行ないました。ブルックヘブン国立研究所には、フォトンファクトリーと同じ頃に作られた放射光光源加速器 National Synchrotron Light Source (NSLS)があり、この研究の最初の測定はここで行なわれました(図3)。帰国後はフォトンファクトリーの放射光を使って、引き続き、次世代の電子デバイス候補となる化合物の表面や界面(2種類の物質が接している面)の電子軌道の状態を精力的に研究しています。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→Nature Materialsのwebページ(英語)
  http://www.nature.com/nmat/journal/v6/n12/index.html

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  ・07.11.19 プレス発表
    マンガン酸化物表面における電子状態の放射光による解明

 
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[図1]
この研究で使用したマンガン酸化物(La0.5Sr1.5MnO4)の電子軌道を表した。球形や細長く伸びた立体図形で表したものが電子の軌道を表している。電子の個数の違う原子(この場合はMn3+とMn4+)が規則的に並んで、細長い電子の軌道が互い違いに配列したような状態を「軌道秩序状態」という。電子軌道の形から、電子の飛び移りやすい方向がわかる。赤と青の線は、電子の通る道筋を表している。
拡大図(70KB)
 
 
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[図2]
マンガン酸化物(La0.5Sr1.5MnO4)の表面構造。化学的表面は平滑(青で示した部分)であるが、軌道秩序状態(茶で示した部分)の表面は粗く、化学的表面とは明らかに異なっている。
拡大図(40KB)
 
 
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[図3]
ブルックヘブン国立研究所(Brookhaven National Laboratory,BNL)の放射光施設 National Synchrotron Light Source(NSLS)のX22Cビームラインに設置された回折計。この装置を用いて、最初の測定に成功した。
拡大図(90KB)
 
 
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[図4]
アルゴンヌ国立研究所(Argonne National Laboratory,ANL)の放射光施設 Advanced Photon Source(APS)の6IDビームラインに設置された表面回折計。この装置で大部分の測定を行なった。
拡大図(83KB)
 
 
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[図5]
ブルックヘブン国立研究所入口の電光掲示板。「この先、発見(discoveries)あり」(若林裕助さん撮影)
拡大図(63KB)
 
 
 
 
 

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