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last update:09/02/26  

   image ミュオンで探る超伝導のしくみ    2009.2.26
 
        〜 鉄系高温超伝導物質の機構解明に活躍! 〜
 
 
  地球は、夜の側が文明の光にきらめく、唯一の惑星です(図1)。

このきらめきを作り出しているのは電流、つまり電荷の流れです。殆どの場合、大きさを明確に測ることもままならないほど微小な粒子である"電子"が物質の中を移動することで、電流を造り出しています。

小川のせせらぎが岩や小石に邪魔されるように、電流には抵抗が伴います。水の流れのエネルギーが岩や小石にぶつかり音や振動に変化して失われて行くように、物質を流れる電流のエネルギーも、電気抵抗を受け熱や光となって失われます。私たちは、目に見える光や利用している熱のほかにも、電気抵抗によって大きなエネルギーを失っているのです。

もしも常温で電気抵抗を生じない物質、いわゆる常温超伝導物質を造り出して利用することができたなら、私たちの生活に関する様々な技術が格段の進歩を遂げるだけでなく、人類が抱えるエネルギー問題に大きな光明を与えることになるでしょう。1911年、水銀を−269℃(絶対温度4度)という超低温にまで冷やすと電気抵抗がゼロになる"超伝導"という現象が発見されて以来、多くの人々が常温超伝導の実現を夢見て研究を続けています。

BCSの壁

1957年、米国の物理学者J. バーディーン、L. クーパー、R. シュリーファーによって超伝導の基礎理論が提唱され、3人の名前の頭文字を取ってBCS理論と呼ばれるようになりました。電子が格子振動に媒介され対をなすことで超伝導現象が引き起こされるとするBCS理論は、定性的には超伝導物質のふるまいを非常によく説明することができました。しかし1986年に、銅酸化物が−243℃(絶対温度30度)を超える高温で超伝導物質になることが発見され、世界各地で超伝導研究が過熱するにつれ、BCS理論の汎用性にも限界が見えはじめました。銅酸化物超伝導においても電子や正孔:ホール(穴)の対が超伝導を引き起こしているらしいものの、対を糊付けするしくみが、BCS理論だけでは説明がつかないほど強いのです。超伝導物質には一般に、対の結合が強いほど転移温度(超伝導になる温度)が高くなる傾向がありますが、BCS理論だけでは転移温度は−233℃(絶対温度40度)を超えることはないというのが多くの専門家の一致した見解です。そのため、この温度は"BCSの壁"と呼ばれています。転移温度が−143℃(絶対温度130度)のものも発見されている銅酸化物系超伝導の場合には、BCS理論には含まれない何か別のしくみが働いていると考えられてはいるものの、未だその解明には至っていないのが現状です。(図2)

新発見、そして深まる謎

初めに見つかった金属系超伝導物質と、1986年に発見された銅酸化物系超伝導物質という二つの系列に加え、第三の新しい超伝導物質が発見されたのは、ちょうど1年前の2008年2月のことでした。

東京工業大学の細野秀雄教授の研究グループが発見した、−247℃(絶対温度26度)という比較的高温で超伝導状態を示すその物質が、鉄を含むLaFeAsOという化合物であったことも、世界中の超伝導研究の専門家に大きな驚きをもたらしました。磁気は超伝導状態を壊す方向に働く傾向があるので、通常は磁石になる物質は超伝導になりにくいという考え方が主流だったからです。この新発見により、新たな超伝導研究のブームに火が付きました。直後から中国を中心に超伝導物質の開発競争が起こり、鉄系超伝導物質の転移温度は数ヶ月のうちに−218℃(絶対温度55度)にまで到達しました。

LaFeAsOは鉄とヒ素のシート状の骨格(FeAs層)から構成されており、それらの層に供給された電子が超伝導を引き起こすと考えられています。更に昨年あいついで発見された、同じく新鉄系超伝導物質の(Ba1-xKx) Fe2As2(転移温度、〜−233℃[絶対温度40 度])は、こちらもFeAs層が結晶の骨格をなす点は同じながら、超伝導の性質の鍵を担っているのは正孔(電子が抜けた穴)であることが分かりました(図3)。銅酸化物超伝導物質でも同様に、銅と酸素のシートが結晶の骨格をなしており、電子も正孔もいずれも超伝導の担い手となることがわかっています。このように、鉄系超伝導物質と銅酸化物超伝導物質は結晶構造や超伝導のようすに似た点が多いことから、これらを比べ合わせることで超伝導機構全体の解明に大きなヒントをもたらすことができるのでは、との見方が広がっています。

日本でも多くの研究グループが新鉄系超伝導物質の研究に尽力しており、放射光施設では光電子分光の最先端の機械を使ってこれに取り組んでいるグループが成果を上げていることは、以前の記事でお伝えした通りです。

多角的に、相補的に

「放射光や中性子、ミュオンなどの量子ビームは一つ一つが大変有用な研究手法ですが、さらにいろいろなビームを多角的に用いてそれぞれの弱点を補い合うことで見えてくるサイエンスがあるはずです。」そう語るのは、KEK物質構造科学研究所の門野良典教授です。「特に今回は、分子原子のスケールで物質内部の磁場や電流を直接感じ取ることのできるμSRという手法が、この鉄系新超伝導物質の研究に向いていると直感しました。いわば、手法からの発想でスタートした研究であり、材料開発のための研究の視点からは生まれにくかったのではないかと思います。大学共同機関であるKEKならではの視点ではないでしょうか。」

門野さんを中心とするミュオン物性研究グループはこのたび、総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学研究科物質構造科学専攻の大学院生平石雅俊氏、青山学院大学の秋光純教授、岡部博孝研究員らと共同で、ミュオン・スピン回転(μSR:ミューエスアール)法と呼ばれる分析手法を用いて、新たな鉄系超伝導物質(Ba1-xKx) Fe2As2の磁気的な性質、超伝導の性質を調べました。そして、(Ba0.6K0.4) Fe2As2の超伝導は、超伝導電流の流れる方向が等方的であるという意味で銅酸化物超伝導よりBCS型超伝導に近いものの、その正孔の対を糊付けする力が、BCS理論だけでは説明のつかない非常に強いものであることが明らかになりました(図4)。この性質は、先に発見されたLaFeAsO系の超伝導が示す性質とは必ずしも一致しません。新鉄系超伝導物質では、同じFeAsのシートが骨格をなす構造ながら、超伝導を担うのが電子であるか正孔であるかで超伝導の性質が異なるのです。銅酸化物の場合についても、当初は電子とホールで超伝導の性質に差はないと考えられていましたが、最近ではむしろ両者が質的に異なるという研究結果があいついでおり、こちらも理論モデルを絞り込む手がかりとして注目されています。

"ミュオンで見る"ということ

μSRは、加速器を用いてミュオンという粒子のビームをつくり出し、物質に照射してその性質を調べる手法です(図5)。ミュオンはスピンとよばれる性質をもっていて、まるで原子サイズの棒磁石のようにふるまいます。加速器から放射されるミュオンのビームは、その小さな磁石の向きが同じ方向に揃っているのが特徴です。ミュオンのビームを物質に照射すると、物質に撃ち込まれたミュオンが原子と原子の間で止まり、その場所での磁場を感じて磁石の向きを変化させます(磁場の大きさに比例した周波数でミュオンのスピンが回転します)。ミュオンは、平均寿命約50万分の1秒で崩壊してしまいますが、その瞬間にスピンが向いている方向に陽電子という粒子を放出します。この陽電子の方向分布を時々刻々調べることでミュオンのスピンの向きの変化を観測し、物質内部の微小な磁場を解明するのです。この方法を用いれば、電流が作る磁場を利用して、試料内部の超伝導電流の強さ(=対になっている電子の数に比例)をミクロなスケールで測定できるのです。

「この物質は、超伝導電流の流れる方向が等方的であるという面でBCS的であり、転移温度もBCSの壁の内側にありますが、一方でBCS理論では説明しにくい強い結合を示しています。実際、同じFeAs層をもつ新鉄系超伝導物質に、転移温度が−218℃(絶対温度55度)でBCSの壁を超えているものがすでに発見されています。それと今回の物質の超伝導が同じメカニズムで起きているとするならば、一見BCS的に見える超伝導でも、実はその対形成機構はBCS理論だけでは説明がつかないものだと考えることができます。とは言え、銅酸化物とは超伝導の機構が異なるであろうことは、今回の結果が示す通りです。もしかすると、この物質の超伝導は、BCSの機構でもなく、銅酸化物ともまた違った機構で起きているのかもしれません。」と門野さんは語ります(図6)。

超伝導は物性科学のフロンティア

カナダのバンクーバーにある研究施設(TRIUMF)で行われた今回の実験で、中心的な役割を果たした総研大の大学院生の平石さんは、「10月、深夜に実験を行いながら、先行研究からは予想できなかった結果が出てくるのを見て、これは何か違ったことが起きているにちがいないという興奮はありました。」 と、当時を振り返ります。実験から論文の掲載までのとてもめまぐるしい2ヶ月間を乗り切ることができたのは、指導教官である門野さんや諸先輩・同輩とのチームワークの賜物であると語り、さらに、「ミュオンで見たいのは、どういう仕組みで超伝導が起きているかということです。こんなにきれいに見えた(きれいなデータが取れた)のは、青山学院大学の岡部さんが作られた試料の質がとても良いからです。」とにっこり。μSRという手法についてもっと深く勉強し、技術を学びながら、引き続き研究を進めたいとの意欲を語ってくれました。

さまざまな分野の研究者が、さまざまな手段をもって挑んでいる新鉄系超伝導。常温超伝導がひらく未来だけでなく、まだ分からないことだらけの超伝導の世界そのものの魅力が、多くの研究者を引き付けるのかもしれません。現在の研究成果の集積がやがてどんな新しい物理の世界を拓くことになるのか、楽しみに待ちたいと思います。



 
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[図1]
Image credit:Data: AVHRR, NDVI, Seawifs, MODIS, NCEP, DMSP and Sky2000 star catalog; AVHRR and Seawifs texture: Reto Stockli; Visualization: Marit Jentoft-Nilsen, VAL, NASA GSFC
人工の光に輝く夜の地球。
拡大図(64KB)
 
 
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[図2]
超伝導物質の系列と転移温度の変遷。
拡大図(67KB)
 
 
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[図3]
(Ba0.6K0.4) Fe2As2の結晶構造。超伝導の骨格となるFeAs層は電子を少し抜き取られた状態になっており、それによって空いた電子の穴(正孔)があたかも正の電荷を持った電子のように振る舞い、超伝導を担う。
拡大図(44KB)
 
 
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[図4]
(Ba0.6K0.4) Fe2As2における、超伝導電流の強さを表すミュオン・スピン緩和率の温度による変化。縦軸の"スピン緩和率"は、電流、すなわち正孔対の密度に対応した量であり、温度が下がると正孔対の密度が上がっていくことがわかる。赤い点が実測値であり、超伝導電流が等方的であることを仮定したフィッティング曲線(黒い実線)とよく一致する。一方、BCS理論から予想される、格子振動を媒介とする対形成を仮定した理論値である青い破線と実測値の比較から、この超伝導物質の対形成エネルギーは理論値より1.5倍ほど大きいこと(=強結合であること)がわかる。
拡大図(17KB)
 
 
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[図5]
μSRのしくみ。
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[図6]
「日本ではここにしかないミュオン科学研究施設の一員として、ミュオンを活かしたとてもタイムリーな研究成果が出せたことがとてもうれしい。」と語る門野さん。
拡大図(75KB)
 
 
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→The μSR Groupのwebページ
  http://msl-www.kek.jp/msr/
        index-j.html

→TRIUMFのwebページ(英語)
  http://www.triumf.ca/

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