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ハドロン実験施設、稼動 2009.1.29 |
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〜 30GeVまでの陽子加速に成功 〜 |
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KEKが日本原子力研究開発機構(JAEA)と共同で2001年度から建設を進めている大強度陽子加速器施設「J-PARC」には、3段の加速器が設置されます。このうち1段目のリニアック、2段目の3GeVシンクロトロン(RCS)で陽子を目標のエネルギーまで加速することに成功したということを、これまでお伝えしてきました。その後、2008年12月には最終段の50GeVシンクロトロン(MR)においても最初の目標である30GeV(300億電子ボルト)まで陽子ビームを加速することに成功しました。そして今回、この30GeVまで加速された陽子ビームをMRの周回軌道から取り出し、約250m離れたハドロン実験施設内の二次粒子生成標的まで導くことに成功しました。これで、3段構成のすべての加速器で陽子ビームが加速され、実験施設が動き出したことになります(図1)。 「静」から「動」へ ビームを加速 2008年5月から6月にかけて行われたMRのビーム試験では、陽子ビームを加速せずに、入射したエネルギーを保ったまま様々な試験が行われました。ここで電磁石の磁場の安定性向上などいくつかの課題が見つかり、J-PARCの加速器担当チームは全力でその解決にあたりました。再びMRで陽子ビームの入射が始まったのは12月。こうした調整は、加速を試みるまさに直前まで、それこそ不眠不休の勢いで進められたのです。 12月23日の昼過ぎ、いよいよ陽子ビームの加速試験が始まりました。加速を最初に試みるときには、ビームを一発ずつシンクロトロンに入射して、その都度複雑な計算のもと調整を重ねながら少しずつ進めていきます。今回は、まず入射時のエネルギーのまま陽子ビームの軌道の凹凸の修正を行った後、加速に挑みました。シンクロトロンでは高周波加速システムによる陽子の加速とともに、陽子の方向を曲げる電磁石の磁場の強さを強くしなければなりませんが、陽子の加速にうまく合わせて磁場を強くしないと陽子ビームが失われてしまうため、慎重な調整が必要になってきます。繰り返される高周波加速システムの調整のなか、入射する毎にビームの寿命が延び、加速エネルギーも増していくことがありありとわかりました。そして間もなく、加速エネルギーが目標の30GeVに到達したのです。同時に、MRの各所に設置してあるビームモニターの情報から、30GeV陽子ビームがMR内に用意された所定のビームダンプに到達したことも確認されました(図2)。 ゆっくりと、りんごの皮をむくように・・ シンクロトロンで加速した陽子ビームは、外に取り出して、実験施設に導いてやる必要があります。ビームをどのように利用するかによって必要な取り出し方法も変わりますが、その方法には大別して「速い取り出し」と「遅い取り出し」があります。ハドロン実験施設では遅い取り出しビームを利用し、原子核物理や素粒子物理の実験を行います。 遅い取り出しとは、加速されてシンクロトロンの中を周回しているビームを、りんごの皮をむくようなイメージで徐々に外へと導き出すことです。実際、包丁の刃にあたる特殊な装置を置いておき、周回しているビームがゆっくりとその歯に近づいていくように制御します(図3)。この遅い取り出しには特殊な装置が必要となるだけでなく、ビームの性質をよく知り制御することも不可欠です。このために、J-PARC加速器担当チームは数年をかけて静電セプタムやセプタム電磁石と呼ばれる特殊な装置を開発してきました。また、2008年12月の陽子ビーム加速成功以後も、陽子ビームのさまざまな性質の測定を行ってきました。 円と線に散りばめられた工夫 MRからハドロン実験施設へと取り出された陽子ビームは、約250mの長さの一次ビームラインを通り、ニッケルでできた二次粒子の生成用標的に導かれます。ここで一部の陽子ビームはパイ中間子やK中間子などの二次粒子を生成し失われます。残った陽子ビームは、約50m下流にあるビームダンプに吸収されます。 大強度の陽子ビームの通り道となる一次ビームライン、生成標的、それにビームダンプでは、ビームが出ている間はいずれも強い放射線と多くの熱が発生します。放射線が外に出ないようにこれらの装置は分厚い遮蔽体に囲まれています。また、ビームラインに使われている電磁石などの装置は、放射線への耐性が高い特殊な材料が使われるなど、随所に工夫が施されています。熱の発生への対処も簡単ではありません。シミュレーションをして冷却システムを開発し、それを実験で確かめる、という作業を繰り返しました。陽子ビームは真空中を通りますが、通常使われる金属製の真空パイプはそこで発生する熱のため溶けてしまう恐れがあります。そのため、高さが5.7mもある巨大な真空の箱を用意し、その中に電磁石などを入れることによって真空パイプを使わないようにする、といった工夫も行いました。 また、陽子ビームの加速に際立った役割を果たしたのが、新磁性材料を用いた高周波加速システムです。陽子ビームは、加速空洞と呼ばれる空洞内に高周波を効率よく注入して、ビームの軌道上に加速電界をつくることにより加速されます。この加速空胴には従来はフェライトが用いられてきました。高周波加速グループは、フェライトではないナノ結晶からなる新しい軟磁性材料を加速空胴に用いることにより、従来の約2倍の加速電界を持つ高周波加速システムを作りました(図4)。 また、シンクロトロンには一般に「遷移エネルギー」という特有の不安定点(加速ビームが不安定になって失われやすくなるエネルギー)が存在しますが、MRでは、このような遷移エネルギーが存在しないような磁石配置を、大型陽子加速器としては世界で初めて実現しました。 取り出し成功の日 このように、随所に工夫を散りばめ、また気の遠くなるような微調整を繰り返したのちに、初めて遅い取り出しに挑んだのは、2009年1月27日。当日は、これまで機器の設計製作や設置、調整などに携わってきた多くの関係者が集まり、朝から機器の立ち上げ作業と最後の確認を行いました。まず、りんごを包丁の刃に近づける役割の電磁石類を立ち上げてビーム軌道の調整を行った後、包丁の刃にあたる機器のスイッチを入れて、取り出しを試みました。ビームが取り出されたかどうかは、ハドロン実験施設に何箇所も設置されたビームモニターで確認します。初めはビームモニターでは何も確認できなかったのですが、何度目かで、ビームラインの最上流部でビームが確認できるようになりました。ついにビームがハドロン実験施設の最下流にあるビームダンプに到達したことが確認された時には、19時を回っていました。朝からずっと見守ってきた関係者の間には喜びの顔、安堵の顔があふれました(図5)。 今後MRとハドロン実験施設では、ビーム取り出し効率などについて定量的な評価を行い、ビーム性能の改善に取り組むことになります。また、ハドロン実験施設では、生成される二次ビームを使った実験を行う共同利用者が、ビームが来ることを今か今かと待ち構えています。MRから取り出される陽子ビームの調整を一通り行った後、ハドロン実験施設ではパイ中間子やK中間子などの二次ビームの調整を行います。これは実験の一部ともいえるもので、ハドロン実験施設を最初に使う実験者のみなさんと一緒に進めていきます。
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