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J-PARCへの招待 2009.1.8 |
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〜 言葉を超えて伝わる未来へのまなざし 〜 |
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2008年12月16日、本年度最後の「J-PARCへの招待」が開催されました。師走も半ばとは思えないほど暖かな、ハイビスカスの咲く沖縄・那覇の琉球大学でのことでした(図1)。 「J-PARCへの招待」は、本格稼働に向けて着々と建設が進みつつあり、この冬から一部共用も開始された大強度陽子加速器施設J-PARCと、今後J-PARCで行われる最先端の科学研究について、より多くの方に知って頂くための事業です。各地の大学法人や教育委員会などの研究・教育機関と、大学共同利用機関高エネルギー加速器研究機構の共催で、講演や公開授業などのアウトリーチ活動を実施しています。本年度は昨年の秋から冬にかけて、徳島大学、新潟大学、琉球大学の3つの大学との共催が実現しました。 琉球大学で行われた「J-PARCへの招待」の様子をご紹介します(図2)。 おかげさまで大盛況 琉球大学理学部とKEKが共催した今回の「J-PARCへの招待」は、大学側の尽力により沖縄県の教育委員会の後援を頂くことができ、県下の全高等学校にポスターを配布して頂くことができました。また、高校生向けとは別に一般向けのチラシも準備され、WEBサイトでもPRされました。 当日、午後4時20分の開始時間前にはすでに、定員120名を超える会場のほとんどの席が埋まりました。参加者の多くは琉球大学の1・2年生であったようですが、参加者アンケートによれば、10代の学生から60代の社会人まで、幅広い方々に集まって頂くことができました(図3)。 地球は大きな実験室 最初の講演は、J-PARCニュートリノ実験施設の建設に活躍中の、KEK素粒子原子核研究所の多田将助教による「J-PARCにおけるニュートリノ振動実験」でした。少々硬めのタイトルにもかかわらず、講演は終始和やかな雰囲気の中で進みました。 まずは「J-PARCへの招待」全体のイントロダクションにあたる、加速器入門ともいえる内容から講演は始まりました。加速器施設の巨大さを参加者に伝えるため、沖縄の衛星写真がスクリーンに映し出され、"もし欧州原子核機構CERNの加速器が那覇にあったとしたらどのくらいの大きさになるのか"が示されました。CERNの巨大さはしばしば山手線一周にたとえられるようですが、身近な街を基準にしたことで、かえってその大きさが実感されたようで、会場からは早くも微かなどよめきが聞かれました。 加速器入門に引き続き、中盤よりいよいよニュートリノ振動検出実験「T2K」の内容が紹介されました。T2K実験は、J-PARCの50GeV陽子シンクロトンによって大強度ニュートリノビームを作り出し、295km離れた岐阜県神岡町の地下1000メートルに位置する東京大学宇宙線研究所の検出器スーパーカミオカンデに打ち込んで、ニュートリノ振動と呼ばれる現象をとらえるための実験です。たとえ話を駆使して語られる大スケールのT2K実験の詳細に、参加者は熱心に聞き入っていました(図4)。 物性物理の新時代 続いて行われた、遠藤康夫KEK客員特任教授・東北大学名誉教授による講演「中性子科学への招待」では、チャドウィックによる中性子の発見からJ-PARC建設計画に至る中性子科学とその利用の歴史が語られ、中性子科学が積み重ねてきた成果が丁寧に解説されました(図5)。 中性子は、現在既に物性物理学や化学、生物、材料開発などを含む幅広い分野で、重要な研究手段として利用されています。中性子を発生させるには、大きく分けて二つの方法があります。J-PARCのように加速器を用いた中性子発生装置はパルス中性子源と呼ばれます。加速器から出るパルス状の陽子ビームを利用するため、パルス状の中性子が発生するからです。他方、原子炉のように連続的に中性子を発生する装置は、連続中性子源と呼ばれます。 J-PARCは、KEKと日本原子力研究開発機構(JAEA)の共同事業であり、茨城県東海村のJAEAの敷地を拡張する形で建設された施設です。JAEAには研究用原子炉(JRR-3M)のウランの核分裂によって得られる中性子を用いる実験設備があり、強力なパルス中性子実験施設であるJ-PARCの物質・生命科学研究施設MLFは、その原子炉からおよそ800mのところに新設されたのです。J-PARCの稼働により、パルス中性子と定常中性子の両方を使い分け、使いこなすことのできる時代が到来するのだと、講師の遠藤さんは力強く語りました。 社会に役立つ科学的成果を 今回最後の講演は、永嶺謙忠KEK名誉教授・東京大学名誉教授の「ミュオン科学への招待」でした(図6)。 若手のころから"科学の社会的貢献"について考え続けてきたという永嶺さんからは、加速器によって作り出されるミュオンだけでなく宇宙線として降り注ぐ天然のミュオンも含め、それらが利用されてきた様々な科学技術的事例や、また今後可能になると思われる活用方法についての多彩なビジョンが語られました。 例えば、宇宙線として降り注いでいるミュオンの一部を利用し、まるでX線で人体のレントゲンを撮るように、火山のレントゲンを撮ることに成功した事例が紹介されました。宇宙線ミュオンラジオグラフィーと呼ばれるこの手法により、2004年の噴火後の浅間山のマグマの通り道を突き止めることができたのです。宇宙線ミュオンラジオグラフィーは、現在は稼働中の溶鉱炉の内壁の厚さの測定などにも活用されているそうです。 また、J-PARCのMLFで作りだしたミュオンを物質に撃ち込み、物質中でミュオンが崩壊するときにできる陽電子を観測することで物質中の磁場の構造を詳しく調べる"μSR(ミューエスアール)法"の説明では、微小な磁石としても振る舞うミュオンをコンパスにたとえ、"ミクロのコンパスを原子と原子の間に置くようなもの"で、中性子やX線と補完的な研究手法であることが強調されました。さらに、ミュオンの性質を活用すればヘモグロビンの酸素結合状態を見分けることができることから、医療用MRIを超えるような、脳の活動を詳細に測定することが可能な技術が生まれる可能性にも触れられました。 未来へのまなざし 用いる手段も研究の目的も異なる内容でしたが、いずれの講演にも共通していたのは講演者の未来へのまなざしであったように思います。若手研究者も先輩の先生方も、"J-PARCにできること"を超えて、"J-PARCの成果のその先に見えてくるであろう科学"を語られたのです。それを見据えるまなざしを支えているのは研究者自身のJ-PARCへの期待と信頼であり、さらにその礎となっているのは先達が培ってきた物理学という盤石な嶺なのだと思います(図7)。 ある20代の大学生のアンケートの回答には、こんな一言が書かれていました。 「物理学ってすごい!!」 アンケートからは他にも、"難しかったけれど興味深かった"という参加者の声が数多く聞こえてきました。短い時間でしたが、"理解した""理解できた"という達成感だけではない科学の感動や魅力 ――例えば未来を見つめるまなざしのようなもの―― を、参加者の皆様にも共有して頂くことができた、ということかもしれません。 本事業に際し多大なるご協力・ご尽力を賜りました琉球大学理学部物質地球科学科物理系の皆様に心より御礼申し上げます。
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