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免疫のスイッチNEMO 2009.3.26 |
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〜 目印は直鎖型ユビキチン 〜 |
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毎年春になると、くしゃみや目のかゆみで悩まされる人が多いですね。花粉症が起こる仕組みは、体内に侵入しようとする異物を排除しようとする免疫反応が深く関わっていて、つらい症状は免疫反応に伴う炎症反応によるものです。 この免疫反応のスイッチを入れる仕組みとして注目を集めているのが、炎症反応や細胞死(アポトーシス)の抑制、がん細胞増殖などに関わる「NF-κB(エヌエフ・カッパービー)」と呼ばれるDNA転写因子です。抗炎症剤、抗がん剤のターゲットとしても注目されているNF-κBの活性化には、「NEMO(ニモ)」というらせん状のタンパク質と目印タンパク質ユビキチンが重要な役割を果たしていますが、最近KEKのフォトンファクトリーで解明したその仕組みは、世界中の研究者を驚かせるものでした。 抗がん剤や抗炎症剤のターゲットNF-κB 生物には、さまざまな外敵から身を守る免疫というシステムが備わっています。免疫は生物が生きていくために非常に重要なシステムで、免疫が働かないことは直接生命を脅かす重大な事態です。逆に免疫が働きすぎてしまったらどうでしょう? 例えば花粉症は、本来人間には無害なはずの花粉を、細胞が細菌やウィルスのような有害なものと間違えて、過剰な免疫反応を起こしてしまった結果です。この過剰な免疫反応はアレルギーと呼ばれ、花粉症の他にも食物アレルギー、金属アレルギーなどさまざまなものがあるのはご存知でしょう。 免疫反応のスイッチを入れる仕組みとして知られているのがNF-κBというタンパク質です。NF-κBは、普段は細胞質の中で不活性な状態、つまり鍵がかけられている状態で存在しますが、細胞が危機にさらされた信号をキャッチすると、鍵が外されスイッチが入った状態になります。そして、細胞核 (Nuclear) の因子 (Factor) という名前のとおり、細胞核に運ばれて遺伝子DNAの転写を開始します。 NF-κBは、その名のとおり最初は抗体を作り出す細胞であるB細胞で発見されましたが、今では他の多くの細胞にもNF-κBが存在していて、さまざまな生命現象に関わっていることが明らかになっています。特に、多くのがん細胞ではNF-κBが「鍵が外れた」、つまりスイッチが入りっぱなしの状態になっていることがわかってきました。このように、多くの疾患に深い関わりをもつNF-κBは、抗炎症剤、抗がん剤などの創薬のターゲットとして、世界中の研究者がその働く仕組みを詳しく調べていて、熾烈な競争になっています。 ユビキチンとの結合で鍵を外す NF-κBの鍵が外れる仕組みをもう少し詳しく見てみましょう(図1)。鍵に相当するのはIκB(アイカッパービー、Iは「阻害するもの」という意味のinhibitorの略)というタンパク質で、このタンパク質がリン酸化すると、NF-κBは鍵が外れた状態になります。IκBのリン酸化を起こすのが、IκB キナーゼ(IKK)というリン酸化酵素の複合体です。この複合体の一員で、鍵を外す仕組みに重要な役割を果たしているのが、NEMO(ニモ)と呼ばれるらせん形の細長いタンパク質です。 ディズニー映画の主人公のカクレクマノミ(図2)と同じ名を持つこのタンパク質は、ユビキチンが結合すると、抱え込んでいたリン酸化酵素IKKαとIKKβが解放され、NF-κBの鍵を外しにかかることが最近の研究でわかってきました。ユビキチンは、以前の記事でもご紹介しましたが、「いたるところに存在する」という意味のユビキタスというラテン語に由来したタンパク質で、酵母からヒトにいたるまで、あらゆる真核生物のあらゆる細胞に広く存在し、細胞の中の「目印」として働いています。 ユビキチンが最初に有名になったのは、タンパク質の分解に関わる目印として働くことが分かった時で、このシステムの発見者は2004年にノーベル化学賞を受賞しています。この目印は、1つのユビキチンのC末端が、もうひとつのユビキチンの48番目のリジンというアミノ酸と結合し、鎖のようにつながった「ポリユビキチン」という形で働いていました。 ところがその後、別のつながり方をするポリユビキチンが発見されました。これは48番目ではなく63番目のリジンを使った鎖で、タンパク質の分解ではなく、DNAの転写や修復に関わることがわかってきました。ユビキチンという小さなタンパク質は、そのつながり方によって、異なる目印として使い分けられていたのです(図3)。 ユビキチンには、これらの他にも、全部で7つのリジンが存在します。どこのリジンとどのようにつながるかの違いで、この小さなタンパク質はもっといろいろな種類の目印として働いているのではないでしょうか。いろいろな生命現象にユビキチンが関わっていることが次々と明らかになるにつれて、この広大な世界は「ユビキチンワールド」とも呼ばれ、多くの研究者のロマンをかきたてています。 偶然がもたらした手がかり NEMOの話に戻りましょう。NEMOと結合するユビキチンは「リジン63型」の可能性が高いとして、世界中の研究者がその状況を再現しようとしていました。KEK構造生物学研究センターの若槻壮市(わかつき・そういち)教授のグループとドイツ・ゲーテ大学のイバン・ディキッチ (Ivan Dikic) 教授のグループの国際共同研究チームは、リジン63型ではなく、直鎖型と呼ばれるユビキチンの末端同士がまっすぐつながったポリユビキチンで実験してみたところ、NEMOとの結合性が高いことに偶然気がつきました。若槻教授の研究室の大学院生、シミン・ラヒギ(Simin Rahighi)さんは、NEMOのユビキチン結合部位と、直鎖型で結合したユビキチンの複合体の結晶を作り、フォトンファクトリーのビームライン、BL-17Aで立体構造を調べて、NEMOがNF-κBの鍵を外す仕組みを明らかにしようと考えました。 しかし、この研究成果は、多くの研究者にとって受け入れ難いものでした。これまで見つかっていた目印ポリユビキチンは、どれもタンパク質の中の7つのリジンのどれかが別のユビキチンの末端とつながった、いわば「枝分かれ型」の鎖でした。しかし、今年の2月に、大阪大学の岩井一宏教授のグループが、NEMOは、多くの研究者が予想していたリジン63型ではなく、直鎖型のポリユビキチン鎖と結合してNF-κBの鍵を外しているという研究成果を発表し、状況は一変しました(図3)。偶然見つけたNEMOと直鎖型のポリユビキチンとの結合性の高さは、ユビキチンワールドを拡げる新しい一歩だったのです。 わずかにほどける2本のらせん NEMOは、その形も非常に特徴的な、長いらせん状のタンパク質です。このらせんタンパク質NEMOは、2分子が組になって、さらにらせん状に巻き合った超らせん構造(コイルドコイル構造)をとっていました(図4)。そして直鎖型ポリユビキチンは、このコイルドコイル二量体の両側に対称的に結合していました。ポリユビキチンの先端側と手前側では、NEMOとの結合に用いる面が異なっていて、他の種類のポリユビキチンではこの形では結合できないことがわかりました。 直鎖型ポリユビキチンがNEMOに結合すると、まるで蝶番のようにNEMOのらせん部分がわずかに広がることがわかりました(図5)。ユビキチン結合部位は、長いらせん状のNEMO分子のやや端に寄ったところにあります。一方、リン酸化酵素IKKαとIKKβは、反対側のらせんの端っこにつながっています。若槻教授らは、ユビキチンが結合することによってNEMOのらせんがすこしだけほどけ、そのほどく力が反対側まで伝わることでリン酸化酵素が解放されるのではないかと考えています。 ユビキチンがNEMOとつながる仕組みがわかったことにより、その場所を薬剤で阻害することによってNF-κBは鍵がかかったままになるので、過剰な免疫反応による炎症を抑える薬や抗がん剤などを開発することができることが期待されています。そして、この研究で初めて明らかにされた直鎖型のユビキチンの目印の仕組みは、小さなタンパク質ユビキチンが、巧みに情報を伝え分ける饒舌なメッセンジャーであることを私たちに再認識させてくれました。 この研究成果は、生物学・医学分野で最も権威のある学術誌のひとつであるセル(Cell)誌の3月20日号に掲載されました。
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