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last update:10/01/21  

   image 星から生まれる新デバイス    2010.1.21
 
        〜 テトラテーナイトの磁区構造 〜
 
 
  みなさんのパソコンには、情報を記録するためのハードディスクと呼ばれる装置が入っています。ハードディスクの容量は、動画や高画質デジタル写真のデータなど、より多くの情報を保存できるように年々急速に増加しています。今回は、次世代ハードディスクの開発に、なんと隕石の構造を調べる研究が役立つかもしれない、というお話を紹介します。

隕石は磁性体の宝庫

隕石は宇宙からの贈り物として人類を魅了してきました。隕石のうち鉄を多く含むものは鉄隕石(隕鉄)と呼ばれていますが、図1の写真のように美麗な模様(ウィドマンステッテン構造)が見られます。これは隕鉄が百万年で1度という長い時間スケールでゆっくりと冷却する時に、金属ニッケルの結晶が成長することで作られる構造であり、地球上の金属には見られない隕鉄に特徴的なものです。人工的に作り出すことも(今のところ)できません。古代エジプトや中国の遺跡から出土した鉄製の道具にもウィドマンステッテン構造が見られることから、古代人類は隕鉄を利用していたことが判っています。

実は、その構造はハードディスクと同じ「磁性多層膜」としてモデル化することができるのです(図2)。隕鉄は、不思議なことに地球上の鉄ニッケル合金とは大きく異なる磁性を示すのですが、その起源は長らく謎のままでした。そこで、高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8)の小嗣真人(こつぎ・まさと)研究員、KEKの小野寛太(おのかんた)准教授らの研究チームでは、物質科学の観点から隕鉄の物性評価を精密に行うことで磁性の謎に迫ると同時に、新しい磁性材料の探索が行えるのではないかと考えました。

光電子顕微鏡で探る隕鉄のひみつ

磁性は金属がどのような構造をとっているかによって大きく変化するため、様々な材料について、その特性を精度よく調べていく必要があります。そこで、研究チームはX線と光電子顕微鏡(PEEM)を組み合わせた新しい研究手法を開発しました。PEEMというのは2007年のノーベル化学賞で脚光を集めた分析器で、物質に光を当てた時に放出される電子を電子レンズで拡大することにより、数十ナノメートルという高い空間分解能で試料表面の状態を直接画像化できるのが特徴です。SPring-8、KEK、東京大学が共同開発した、X線とPEEMを組み合わせた測定技術を用いることにより、物質の形状のみならず化学組成・結晶構造・磁気情報までも調べることができるようになったのです。

このX線PEEMを用いてウィドマンステッテン構造を調べてみると、界面を境にして同じ極が互いに正対する磁区構造が観測されました(図3)。この構造はエネルギーの損失が大きく、単純な鉄とニッケルの界面では決して見られない奇妙な磁区構造でした。同じ領域の組成と構造を調査したところ、鉄が豊富な領域とニッケルが豊富な領域に明確に分離しており、界面のごく近傍において、隕鉄特有の鉄ニッケル相「テトラテーナイト」の薄膜が層を作ることが確認されました。

非常に奇妙な磁区構造ですが、マイクロマグネティックスシミュレーションと呼ばれる計算を行ったところ、図4のように観測結果が再現できました。テトラテーナイトは通常の鉄ニッケルに比べて磁場を保つ力と磁気異方性が飛躍的に高く、永久磁石のように振る舞うことから、周囲の磁化が容易に影響され、正対する磁区構造の形成に至ることが分かりました。テトラテーナイトは界面に偏在していることから、テトラテーナイトの層状ネットワークが隕鉄の磁気特性を決定付けていると結論づけられました。

惑星科学とナノテクノロジーの出会い

テトラテーナイトは次世代磁性材料である鉄プラチナに匹敵する高い機能性(磁気異方性)を示すことが大きな特徴です。プラチナはレアメタルであるため、価格の高騰の問題や、南アフリカにおける民族紛争の問題が指摘されています。一方、テトラテーナイトの原料となる鉄とニッケルは資源も潤沢で、プラチナに比べて格段に安価です。この研究結果と連携して、人工創成されたテトラテーナイトの放射光による評価も始まっており、より研究が進めば、高性能の磁気デバイスを低い環境負荷で作製することが可能になります。

隕鉄は人類が初めて手にした鉄と言われています。ナノテクノロジーの先端技術が再び隕鉄と出会う事で、新しいものづくりが開ける、と研究チームでは考えています。星のかけらが物質設計のヒントになるかも・・・そう考えると星空も違った視点で見えてくるかもしれません。

この研究成果は、2009年12月18日に科学雑誌「Applied Physics Express」にオンライン掲載されると共に、日本金属学会の第60回金属組織写真賞の最優秀賞に選定されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→大型放射光施設SPring-8のwebページ
  http://www.spring8.or.jp/ja/

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[図1]
隕鉄のウィドマンステッテン構造に見られる微細な金属組織。
拡大図(31KB)
 
 
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[図2]
ウィドマンステッテン構造における界面構造のモデル。
拡大図(39KB)
 
 
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[図3]
界面近傍の磁区構造と組成分布。界面を境界にして互いに正対する磁化が観測された。通常の鉄/ニッケル界面では実現されない奇妙な磁区構造であった。
拡大図(73KB)
 
 
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[図4]
マイクロマグネティックスシミュレーションによる磁区構造。単純な鉄/ニッケル界面での磁区構造(a)と鉄/テトラテーナイト/ニッケル界面における磁区構造(b)。界面付近で正対する磁区構造が再現され、その起源がテトラテーナイトであることが明らかになった。
拡大図(75KB)
 
 
 
 
 

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