微生物でレアアースの回収が可能に
#プレスリリースバクテリアがレアアースを濃縮する現象を発見
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
財団法人 高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
- 水溶液中において、レアアースが微生物の細胞表面で周囲(微生物が存在しない部分)に比べて高濃度に濃縮する現象を初めて観測
- 従来金属イオンの回収などに使われる陽イオン交換樹脂に比べて10~100倍程度高濃度にレアアースを濃縮することが可能
- レアアースの中でも特に希少で高価な元素が特異的に濃縮する現象を発見
- 濃縮メカニズムを放射光※1を用いたX線吸収法(EXAFS法)※2により解明
- レアアース資源の開発やリサイクルに、バクテリアを利用した手法が有用であると判明
1.全体概要
広島大学大学院理学研究科地球惑星システム学専攻・高橋嘉夫教授らの研究グループは、微生物の細胞表面では周囲(微生物が存在しない部分)に比べてレアアースを高濃度に濃縮する現象を見出しました。またレアアースの中でも特に希少価値の高い元素が選択的に濃縮することを発見しました。そして、その濃縮メカニズムを放射光を用いたX線吸収法(EXAFS法)により明らかにしました。
レアアース(希土類元素)は、ハイテク産業には不可欠な金属資源で、その安定供給は日本国内でも大きな問題となっています。レアアースは、「ランタン」から「ルテチウム」までのランタノイド15元素とスカンジウム・イットリウムからなる17元素の総称であり、鉱石からはこれらの元素の混合物として得られます。ハイテク産業で利用する場合は、特定のレアレース元素を分離精製して用いるため、レアレース元素の回収技術と共に、レアアース元素相互の分離技術の確立が極めて重要です。
研究グループは、バクテリア細胞表面にレアアースが高濃度に濃縮することを見出し、X線吸収法で分析することにより、その濃縮がバクテリア細胞壁に含まれるリン酸基との結合によるものであることを解明しました。
レアアースがバクテリア細胞表面で高濃度に濃縮する現象は、レアアース資源の開発、リサイクルにおけるレアアースの回収及び相互分離において、バクテリアを利用した手法が有用であることを示します。
本研究成果は、アメリカ地球化学会の学術雑誌『Geochimica et Cosmochimica Acta』誌の平成22年10月号に掲載されました。
■論文タイトル:EXAFS study on the cause of enrichment of heavy REEs on bacterial cell surfaces
日本語訳:EXAFS法を用いたバクテリア細胞表面における重希土類元素の濃集の原因に関する研究
2.本研究を始めた社会的背景や経緯
レアアースは、ハイテク産業には不可欠な金属資源ですが、現在世界の生産量では中国が95%以上のシェアを占めているため、その安定供給が日本国内でも大きな問題となっています。
レアアース(希土類元素)は、性質のよく似た17元素の総称であり、鉱石からはこれらの元素の混合物として得られます。またレアアースは、他の副産物と同時に回収される場合が多く、レアアースを選択的に濃縮・回収する技術の開発は、レアアース資源サイクルの確立において重要となっています。一方ハイテク産業で利用する場合には、これらの元素から特定のレアアース元素を分離精製して用いるため、こうしたレアアース元素相互の分離技術の確立も望まれています。
さらにネオジム磁石など、レアアースが多量に使われている製品からレアアースを安価に回収する技術の開発は、レアアースのリサイクルを進める上で重要な貢献をすると期待されます。これまでレアアースは、人工的に合成した試薬を用いたカラム法※3や溶媒抽出法※4で分離・濃縮してきました。これらは環境に負荷のかかる手法であり、特に各レアアース元素相互の分離を行うには高額な試薬を用いたり、強い酸試薬を用いる必要がありました。
3.研究手法と成果
広島大学大学院理学研究科地球惑星システム学専攻では、バクテリア細胞表面にレアアースが濃縮することを見出し、KEKフォトンファクトリー(PF)※5及び大型放射光施設SPring-8※6を用いたX線吸収法(EXAFS法)で分析することにより、その濃集がバクテリア細胞表面のリン酸基との結合によるものであることを解明しました。
得られた成果の特徴は以下のとおりです。
- 水溶液中のレアアースは、バクテリア細胞表面に周囲に比べて10万倍程度濃縮する。この濃縮率は、従来金属イオンの回収などに使われる陽イオン交換樹脂に比べて10~100倍程度大きい。
- この濃縮現象は細胞壁の構造が異なるグラム陽性菌と陰性菌のいずれでも同様にあり、さまざまなバクテリアで普遍的である可能性が高い。
- 希少資源として特に値段の高いTm(ツリウム)やLu(ルテチウム)は、他のレアアースに比べてバクテリア細胞表面にさらに選択的に濃縮するため、これらの元素を他のレアアースから分離するために、バクテリアを利用できる可能性がある。
- 同様の濃縮は、広島大学構内のバイオフィルムなど天然に存在するバクテリアでも確認された。
4.今後の期待
今回の研究成果は、レアアース資源の開発、リサイクルにおけるレアアースの回収及び相互分離において、バクテリアを利用した手法が有望であることを示しています。バクテリアは安価で大量に培養することができ、環境負荷も小さいことから、クリーンなレアアース資源サイクルの確立のための重要な基礎的発見となることが期待されます。
5.用語解説
- ※1.放射光
- 光速に近い電子の軌道を磁場によって曲げると軌道の接線方向に光が放出され、この光を放射光という。マイクロ波からX線にいたる広い範囲の波長をもつ最も優れた光源として、科学技術の広い分野で用いられている。
※2.X線吸収法(EXAFS法)- 物質に当てるX線のエネルギー(波長)を変えながら、その物質によるX線吸収の度合いを測定する実験法。EXAFSはExtended X-ray Absorption Fine Structure (広域X線吸収微細構造)の略で、X線を吸収した原子の価数や周りにある原子の位置などの情報が得られる。X線を吸収した原子から放出されるX線(蛍光X線)の強度を測定することで、希薄な原子に関する情報を得ることができる。X線のエネルギーを容易に選択できるので、放射光はEXAFS実験に最適な光源である。
※3.カラム法- 充填剤を含んだカラム(円柱状の容器)に対象物質を含む溶液を流すことで、目的の物質を選択的に分離・濃集する方法。
※4.溶媒抽出法- 水溶液と有機溶媒など混合しない2つの溶媒間で溶質を移動させることで目的物質を選択的に分離・濃縮する方法。
※5.KEKフォトンファクトリー(PF)- 茨城県の筑波研究学園都市にある大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)の放射光施設で、紫外線からX線までの光が利用可能な我が国最初の放射光専用光源として1982年に建設され、フォトンファクトリー(光の工場)という愛称で呼ばれている。
※6.大型放射光施設SPring-8- 兵庫県の播磨科学公園都市にある軟X線から硬X線までの広いエネルギー範囲で、世界最高輝度の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが管理運営を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。
【お問い合せ先】
- ■広島大学大学院理学研究科
- 教授 高橋嘉夫
Tel: 082-424-7460
携帯電話: 090-9415-1186
Fax: 082-424-0735
E-mail: ytakahahiroshima-u.ac.jp - ■大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
- 広報室長 森田洋平
Tel: 029-879-6047
Fax: 029-879-6049
E-mail: presskek.jp - ■(SPring-8に関すること)
財団法人 高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 - 副主席研究員 宇留賀朋哉
Tel: 0791-58-2750
Fax: 0791-58-0830
E-mail: urugatspring8.or.jp
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