2011年の年頭の挨拶
#機構長コラム新年明けましておめでとうございます。 年頭にあたり一言ご挨拶申し上げます。
昨年の干支は虎でした。 年頭の挨拶では、「今年のKEKの命運を予測すると、晴れのち曇りのち晴れ・・・・・・でしょう。それは虎の黄黒のストライプ模様から推測されます」と言いましたが、どうでしたでしょうか。 1年を振り返ってみると、
- 2月:T2K実験、スーパカミオカンデでJ-PARCからのニュートリノを観測
- 3月:次世代光源用の直流電子銃で世界最高の500kVの電圧を達成。次世代光源の実現へ大きな一歩
- 3月:世界最高強度のパルスミューオン発生
- 3月:CERNのLHCが7TeV初衝突に成功。待ちに待った定常運転開始
- 6月:KEKBの高度化(陽電子リング)が最先端研究基盤事業に選定
- 10月:SuperKEKB計画の名称が学術審議会(※)の基本構想(ロードマップ)に記載
- 11月:日本製9セル超伝導空洞、初めてILC要求仕様を満たす記録を達成
- 12月:西川先生、ご逝去
- 12月:日米科学協力事業、新たな出発
※ 科学技術・学術審議会 学術分科会 研究環境基盤部会 学術研究の大型プロジェクトに関する作業部会
全体的には黄黒のストライプの予想が良い意味で外れたということができるでしょう。
KEKから国内に目を向けましょう。 加速器科学プロジェクトの大型化は、素粒子・原子核物理学のみならず、放射光・中性子・ミューオンを用いる物性・生命 科学にも及んでいます。 もはや避けて通れないことは明白です。 この傾向は加速器科学以外の分野でも同様で、大型プロジェクトの乱立が続くでしょう。
このような状況の中で、加速器科学プロジェクトを推進するには、社会から強い支持を得ることが必須です。 そのためには、研究・教育面で顕著な成果を出すことは勿論のこと、開発された技術の社会還元を積極的に実行しなければなりません。 2008年に政・官・産・学が連携役となり、先端加速器科学技術推進協議会を設置したのはこのためです。
『日本が世界に誇る最先端技術を更に高め「量子加速器」とその利用技術を開発することにより、宇宙・素粒子・物質・生命分野における人類の知を広げると共に、医療・エネルギー・環境問題など世界規模の課題への新しい対応を可能とすべく、活動をする』ことが設置趣旨です。 現在、38の大学・研究機関と~100の企業が参加しています。 そして産・学の皆さんの恒常的な努力により協議会の活動は大変活発で、着実に目標に向かって前進して います。
しかし、この協議会による活動には自ずと限界があります。 今後、日本における加速器科学を強力に推進するには、長期的視点に立った加速器科学総合戦略を立案しなければなりません。 加速器科学総合戦略は学術研究のみならず、加速器科学技術開発と技術応用の推進を含みます。
残念ながら、文科省または政府にはこのような総合戦略を立案する母体がありません。 文科省内には、「未来を切り拓く科学技術:大型研究開発の源流」として、「宇宙開発・利用」、「原子力研究開発」、「海洋研究開発と南極観測」が掲げられています。 そして資料には「原子力、宇宙、海洋などの大型研究開発プロジェクトは、昭和30年代頃から科学技術庁を中心に国家プロジェクトとして推進されてきた」と記されています。 加速器科学は大学や大学共同利用機関を中心に国の支援を得て進められてきましたが、昨今のプロジェクトの巨大化を鑑み、5年、10年、30年の短期、中期、長期の推進総合戦略を国策として立ち上げることが急務となっています。 今年は、国の「大型研究開発の源流」に「加速器科学」を加え、研究・技術開発の総合戦略の立案母体を創設することを目標にします。
次は、世界の動きです。 昨年の機構長コラムでも述べましたが、加速器科学プロジェクトのグローバル化の促進です。 特に、将来予想される大規模な高エネルギー加速器プロジェクトにおける潜在的な課題として、「プロジェクト規模の巨大化」「プロジェクト経費の増大」「プロジェクト期間の長期化」の3つがあります。 この課題を解決するには、これまでのような国際プロジェクトとして、世界に一つ、研究所を作ることでは解決できません。
ここでグローバル・プロジェクト化が提唱されます。 グローバル化とは、世界各地域、各国で研究アクティビティを保ちながら、世界的プロジェクトを推進することです。 これまでに遭遇し なかった新たな局面であり、それゆえに、国際プロジェクトに潜む課題をグローバル化で解決しなければなりません。
グローバル化の世界研究所形態の模索は現在進行中ですが、国際ワーキング・グループで次の一案「多国籍研究所」の検討を予定しています。
- ・各国、各地域を代表する機関が、中央ホスト研究所内に出先機関を設置して多国籍研究所を形成・運営する。運営組織、方針は要検討
- ・運営合意に従い、メンバー研究機関は、必要な人材(研究者、エンジニア、技術者、管理者)と予算や物的資源(共有予算、予備費、現物による貢献など)を分担する。人材、予算、資源の分担比率は、プロジェクトの進捗状況(建設、立ち上げ、運転)とメンバー研究機関がホスト研究所であるか否か、などの事情を勘案して決める
- ・構成員の労働条件(給料、保険、年金、退職等)に関しては、メンバー研究機関がそれぞれの国や地域の規定に基づいて適切な負担と責任を負う
- ・全ての国や研究機関が公平な立場で参加することができる一方、それぞれの事情に応じた規模のリソースを拠出し、施設の建設、運営に対して相応の責務を果たし権利を行使する
この構想は、昨年7月に開催された国際リニアコライダー運営委員会(ILCSC)で、まずはILC準備研究所に適用されることが決まり、柔軟な研究所構想であることから、コンパクト・リニアコライダー計画(CLIC)やミューオン・コライダー計画にも適用できるのではないかと議論された。今年は、多国籍研究所構想がさらに具体化されることになる。
最後に例年にならって干支にちなんだ話で締めくくります。 今年の干支は兎です。 直ぐに思い起こされる諺は、”2兎を追うもの2兎をも得ず”でしょう。 多くのプロジェクトを有するKEKの先行きに暗雲の予感を与えますが、しかし、この諺には、暗黙に1兎を追う戦法で2兎を追うことが仮定されています。 だから、1兎をも得ることができないのです。
新たな戦法を考案すれば、状況は変わるでしょう。 今年のKEKは「一網打尽」戦略を用いて、「多兎を追うもの多兎をも得る」を実践する決意です。
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