地震を起こさないクリープ断層のしくみ
#ハイライト「断層」という言葉から「地震」を連想するのは、私たち日本人にとってそう難しくありません。しかし、世界には地震を全く起こさずに、ずるずるとすべり続ける断層「クリープ断層」があります。この断層は非常に珍しく、なぜこのような現象が起こるのかを解明すべく、研究が行われてきました。地震の研究というと、現地調査観測や宇宙から人工衛星を利用した計測などを連想しますが、KEKのフォトンファクトリーではミクロの世界からこの研究に挑んでいます。
図1 沈み込み型プレート境界
出典:IPA「教育用画像素材集サイト」地球表面はプレートという厚さ100kmほどの硬い岩盤で覆われています。そのプレートは地球内部で対流するマントルにより動き、境界部分ではプレートが沈み込んだり、衝突・隆起することで、地形が形成されています。日本付近では北米プレート、太平洋プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートの境界があり、太平洋プレートが沈み込むことで日本列島が形成されたと考えられています。これらのプレート境界面ではひずみが生じ、その溜まったエネルギーを放出する時に地震が起こります。しかし、同じようにプレートが沈み込む境界でありながら、地震を全く起こさない珍しい断層があります。これがタイトルの「クリープ断層」です。クリープ断層の上にある地表では、割れ目を境に、長い時間をかけて一定の速度でずるずると地面が動き続けます。そのため、道路や建物が割れてずれが生じたり歪んだりしますが、地震が起こることはありません。
すべる原因は表面ナノメートル以下の水の層
クリープ断層はなぜ地震を起こさずにゆっくりとすべり続けるのでしょうか?この理由を解明するため、断層を構成する鉱物に着目して調べたのが、東京工業大学大学院の佐久間博(さくま ひろし)特任助教、河村雄行(かわむら かつゆき)教授(現・岡山大学)、お茶の水女子大学大学院の近藤敏啓(こんどう としひろ)教授、KEK物質構造科学研究所の中尾裕則(なかお ひろのり)准教授の研究チームです。佐久間特任助教らは、クリープ断層の粘土鉱物と似た構造を持ち、火成岩に普遍的に含まれる白雲母について、その表面を海水と同じ塩化ナトリウム水溶液で濡らし、KEKの放射光科学研究施設フォトンファクトリーのBL-4Cで界面の構造を詳しく調べました。表面X線回折法の一つであるX線CTR散乱法は、白雲母と水の界面付近の電子密度を0.1ナノメートル以下の分解能で調べることができます。その結果が図2上のグラフです。白雲母表面からプラス方向、つまり水のある側の0.2~0.3ナノメートル辺りと0.5~0.6ナノメートル辺りに山がみられます。X線は電子に反応するので、この辺りに「電子がある」つまり「原子番号の大きな原子がいる」ことを示しています。その元素を特定するため、佐久間特任助教と河村教授らは、独自に開発した精密な原子相互作用モデルを用いて元素の分布を計算しました。この結果を実験で得られた電子密度と並べて描いたのが図2の下図です。負に帯電した白雲母表面にはナトリウムイオンが存在し、そのナトリウムイオンに引きつけられた水分子が白雲母表面からから0.5~0.6ナノメートルに存在することが分かりました(図3)。ナトリウムイオンが水分子に囲まれて安定に存在することで、表面にすべりやすい水の層ができていて、これが地震を起こさずに断層がすべる原因であることをつきとめました。この研究成果は米国化学会の学術雑誌Journal of Physical Chemistry Cの8月18日号(オンライン版は7月7日に公開)に掲載されました。
地震の起こりやすさは、これまで地盤や岩盤にかかる応力や地震の頻度などから推定されてきました。今回明らかにした断層の鉱物に海水が与える影響は、クリープ断層だけに限らず世界中の断層でも考えられる現象であり、地震の起こるしくみに新たな視点をもたらしたことになります。分析を行った中尾准教授は「放射光実験で決定されるミクロな構造から地球規模の現象を解き明かすことができる、これが物質科学研究の醍醐味です」と語ってくれました。実際の地震は、たくさんの要因が複雑に絡み合って発生しています。その一つとして、地球内部と同じような高圧力下での現象も検証していく必要があります。佐久間特任助教らは既に数十メガパスカルの差応力下でも水分子に囲まれたナトリウムイオンが安定して存在することを確かめています。複雑なパズルのピースを一つずつ組み合わせるように、ミクロな事象一つ一つを解き明かしていきます。
関連サイト
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
東京工業大学 大学院理工学研究科 地球惑星科学専攻
The Journal of Physical Chemistry C
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