「マルチフェロイック薄膜」に生じる大きな電気分極の起源を解明
#プレスリリース平成24年1月24日
国立大学法人 東京大学
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
独立行政法人 理化学研究所
本研究成果のポイント ・磁石の性質(強磁性)と誘電性を併せ持つマルチフェロイック性※1を示すマンガン酸化薄膜(マルチフェロイック薄膜)を作製 |
【概 要】
強磁性と誘電性を同時にもつ物質「マルチフェロイック物質※1」は、磁場で電気分極を制御したり電場で磁化を制御したりできることから、室温での磁化の電場制御など多くの応用が期待されている。
東京大学と理化学研究所のグループ(東京大学大学院工学系研究科・和達大樹(わだち ひろき)特任講師、理化学研究所物質機能創成研究領域交差相関物性科学研究グループ・中村優男(なかむら まさお)基幹研究所研究員、東京大学大学院工学系研究科・川崎雅司(かわさき まさし)教授、東京大学大学院工学系研究科・十倉好紀(とくら よしのり)教授)は昨年、マルチフェロイック性を示すマンガン酸化物薄膜(マルチフェロイック薄膜)作製に成功した(図1、図2)。
今回、同薄膜が示す大きな電気分極の起源を調べるため、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の岡本淳(おかもと じゅん)特任助教、山崎裕一(やまさき ゆういち)助教、中尾裕則(なかお ひろのり)准教授、村上洋一(むらかみ よういち)教授のグループと共同で、X線回折※2によって磁気構造と格子歪みを測定した。その結果、①スピンがらせん状に並ぶ「サイクロイダル※3」とスピンが180度逆向きに並ぶ「E型反強磁性※4」という2つの磁気構造が、共存した状態となっていること(図3)と、②サイクロイダル状態が小さな電気分極を生むことに加え、E型反強磁性が結晶構造の歪みから大きな電気分極を生じることが、本物質の電気分極の起源であることを明らかにした。
この研究成果は、米国科学誌Physical Review Lettersの2012年1月27日号(オンライン版1月24日(現地時間))に掲載される。
【背 景】
マルチフェロイック物質は、電圧で磁性を制御できるため、エレクトロニクスの低電力性や、高速性につながる可能性があるとして大きな関心を集めている。しかし、未だマルチフェロイック物質は多く発見されておらず、見つかっているものでも強磁性や誘電性は、有用な強磁性体や誘電体に比べて弱いことが多いので、新たな物質探索が盛んに行われている。
東京大学と理化学研究所のグループは、2011年に従来の薄膜をはるかに超える誘電分極をおこす新たなマルチフェロイック物質、マンガン酸化物薄膜(YMnO3)(マルチフェロイック薄膜)の作製に成功したが、なぜこのように大きな分極がおきるのかは大きな謎であり、このしくみを解明することは、有用なマルチフェロイック物質の材料設計の点からも鍵となっていた。
【研究内容と成果】
作製された薄膜は、厚さ40ナノメートル(ナノは10億分の1)、原子約100個分であり、この薄膜内の磁気構造を精密に測定するのは通常困難である。そのため、東京大学と理化学研究所の研究グループは、KEKの研究グループと共同で実験を行い、放射光科学研究施設フォトンファクトリー※5、スイスの放射光施設(Swiss Light Source)を利用し測定した。軟X線回折で磁気構造を解明するとともに、硬X線回折で格子歪みを検出することに成功した。
今回の測定により、マンガンのもつスピンがサイクロイダルとE型反強磁性という2つの磁気構造が共存した状態となっていることが明らかになった。すなわち、サイクロイダル状態により40K(-233℃)から電気分極が生じるが、サイクロイダル磁気構造は結晶構造と整合しない周期を取り、小さな電気分極を生じること、また、35K(-238℃)からはサイクロイダル状態に加えてE型反強磁性が生じ、E型反強磁性磁気構造は結晶構造に整合した周期を取り、平行なスピン間の相互作用の歪みから大きな分極を生じることが明らかになった。
<論文名> 論文名:Origin of the large polarization in multiferroic YMnO3 thin films revealed by soft and hard x-ray diffraction(軟・硬X線回折によるマルチフェロイック性を示すYMnO3薄膜の大きな電気分極の起源の解明) |
【本研究の意義、今後の展望】
本成果は、マルチフェロイック性を示すマンガン酸化物薄膜の磁気構造を直接観測した世界に類のない画期的なもので、今後のマルチフェロイック薄膜の材料設計に大きな指針となることが期待される。
【参考図】
図2:マルチフェロイック性を示すマンガン酸化物薄膜(YMnO3)の写真
図3:図1右のab平面におけるマンガンのスピン(赤矢印)を摸式的に示したもの。
◇の各頂点にマンガンがあり、この位置関係と秩序構造が異なる分極を生み出す。(a)がE型反強磁性状態。スピン同士の向きが±180°で揃い、大きな結晶構造の歪みと大きな電気分極を生み出す。(b)がサイクロイダル状態。スピンの向きがb軸方向にらせん状に並び、小さな電気分極を生み出す。
【お問い合せ先】
<研究内容に関すること>
国立大学法人 東京大学大学院工学系研究科
量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師
和達 大樹(わだち ひろき)
TEL: 03-5841-0874
FAX: 03-5841-0875
E-mail: wadati@ap.t.u-tokyo.ac.jp
<報道担当>
国立大学法人 東京大学大学院工学系研究科
広報室
Tel: 03-5841-1790
Fax: 03-5841-0529
E-mail: kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長
森田 洋平(もりた ようへい)
Tel: 029-879-6047
Fax: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp
独立行政法人理化学研究所
広報室 報道担当
長坂 滋(ながさか しげる)
Tel: 048-467-9272
Fax: 048-462-4715
【用語解説】
※1 マルチフェロイック物質/性
強磁性、強誘電性、強弾性などの性質を複数有する物質をマルチフェロイック物質、そのような性質をマルチフェロイック性という。本研究では磁性と強誘電性を兼ね備えている。普通の物質では磁化は磁場により、電気分極は電場により制御するが、マルチフェロイック物質では磁化を電場で、電気分極を磁場で制御できる特性がある。
※2 X線回折
X線回折により、物質の結晶構造、磁気秩序などの情報を得ることができる。本研究では硬X線により結晶格子の歪みの情報を得た。また、軟X線の共鳴現象を用い、マンガンのスピン磁気構造を選択的に測定した。
※3 サイクロイダル
らせん状にスピンが並ぶ磁気秩序であり、スピン同士の相互作用から小さな電気分極を生み出す。
※4 E型反強磁性
↑↑↓↓のようにスピンが並ぶ磁気秩序であり、スピン同士のなす角は完全に180°となり、大きな結晶構造の歪みと大きな電気分極を生み出す。
※5 フォトンファクトリー
光(Photon)の工場(Factory)の愛称で親しまれているPFは日本初のX線を利用できる放射光専用光源として1982年に完成した。大学や研究機関が共同で利用実験するための施設(大学共同利用機関)としてKEKで運用され、年間約3千名を超える国内外の研究者が実験に訪れ、物質科学・生命科学の基礎から応用に至る世界最先端の研究成果を創出している。
関連サイト
放射光科学研究施設フォトンファクトリー
構造物性研究センター(CMRC)
東京大学大学院工学系研究科 和達研究室
理化学研究所 交差相関物性科学研究グループ
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