Belle Ⅱで探る新しい物理

 

高エネルギー加速器研究機構(KEK)では、現在新しいプロジェクトSuperKEKB(スーパーケックビー)が進められています。SuperKEKBは、2010年に終了したKEKB(ケックビー)ファクトリーを高度化するものです。KEKBファクトリーは2つのリングで電子と陽電子(電子の反粒子)を加速・衝突させるKEKB加速器と、電子・陽電子の衝突時に生じる素粒子反応をとらえるBelle測定器とで構成されています。B中間子と反B中間子を、まるで工場のように大量に作り出すため「Bファクトリー」と呼ばれていました。

図1 Belle Ⅱ測定器へ改造中のBelle測定器。写真は、11月に行われた世界各地の研究者による現場ミーティングの様子。それらのB中間子・反B中間子について詳しく調べるのが「Belle(ベル)実験」です。Belle実験は、素粒子物理学における多くの重要な成果を挙げてきました。新しいプロジェクトでは、KEKB加速器が2014年度の完成を目指してSuperKEKB加速器へと改造中で、Belle測定器もBelle Ⅱ(ベルツー)測定器として改造され、2015年からデータ取得開始が予定されています(図1)。世界最高性能を発揮したKEKBファクトリーを遥かに上回る大量のデータを得ることによりBelle Ⅱ実験は素粒子物理学の謎の解明、特に標準理論を超える新しい物理学の謎に挑みます。

標準理論は宇宙の性質をもっともよく説明する理論で、6種類のクォークと電子の仲間である6種類のレプトン、「強い力」「弱い力」「電磁気力」のそれぞれを伝える力の素粒子、そして物質に重さ(質量)をもたらすヒッグス粒子が登場します(図2)。

この標準理論には「クォークが6種類あることによってCP対称性の破れが引き起こされる」とする小林・益川理論が組み込まれています。宇宙が誕生した直後には、今私たちの身の回りにある「物質」のほかに、同じくらいの「反物質」が存在していたと考えられています。CP対称性の破れは今の宇宙はどうして物質ばかりで、反物質が見当たらないのかという根源的な謎に迫るものです。Belle実験では、bクォークから作られるB中間子と呼ばれる粒子を大量に作り出し、2001年にB中間子におけるCP対称性の破れを発見(図3)、小林・益川両博士の2008年ノーベル物理学賞受賞につながりました。

図2 標準理論の世界。6種類のクォークとレプトン、力を伝えるゲージ粒子、質量をもたらすヒッグス粒子が登場する。

図3 B中間子と反B中間子の崩壊した時間差を入れ替えた場合の分布。二つの分布が一致していないことから、B中間子と反B中間子の振る舞いは異なることがわかる。

図4 B中間子は、J/ψと二つのπとK に崩壊します。その過程で、一瞬の間X(3872) が現れます。また、Belle実験では、当初は予想されていなかった面白い発見もありました。4個以上のクォークから作られるエキゾチックハドロンの発見です。通常、陽子や中性子、中間子などハドロンと呼ばれる粒子は3個(中間子は2個)のクォークにより作られています。エキゾチックハドロンは、それまでのハドロンの常識を覆す存在です。Belle実験では2003年のX(3872)と呼ばれる粒子の発見(図4)を皮切りに相次いでエキゾチックハドロンを発見してきました。

このように、Belle実験は素粒子物理学における数々の重要な成果をあげ、標準理論をはじめとする物理学の理解を深めることに貢献してきました。

しかし、測定結果の多くが標準理論の予測と合っている一方で、標準理論からの予測とは異なった測定結果も得られています。こうしたBelle実験や他の素粒子実験の結果から、さらにエネルギーの高い領域では標準理論を超える新しい物理法則があると考えられています。標準理論からの「ずれ」は、新しい物理につながる「手がかり」となる可能性が高いのです。この新しい物理法則解明のためには、標準理論の予想との「ずれ」を精密に測定することが必要です。

Belle Ⅱ実験は新しい物理の解明につながるような、様々な現象を調べることができます。例えば、B中間子がいくつかの他の粒子に壊れる現象「崩壊」で、非常に稀にしか起きないものの中には、新しい物理法則によって起きるとされるものがあります。そのひとつが「ペンギンダイアグラム」と呼ばれる図(図5)で表される崩壊です。この図の中のループと呼ばれる部分には「超対称性粒子(図6)」という新しい粒子が一瞬現れると考えられています。これは新しい物理法則で存在が予測される粒子です。Belle Ⅱ測定器でこのようなB中間子の稀な崩壊を精密に調べることで、標準理論との「ずれ」から超対称性粒子の存在が明らかになるかもしれません。

図5 ペンギンダイアグラムと呼ばれるB中間子の稀な崩壊。矢印の部分にあたるループに超対称性粒子が現れるとされる。

図6 超対称性理論は標準理論に登場する素粒子すべてにスピンが1/2だけ異なる超対称粒子が存在することを予言している

図7 レプトンフレーバーを破るτ(タウ)粒子の崩壊の確率。Belle Ⅱ実験では、より低い確率のところまで調べることが出来るとされる。SuperKEKB加速器では、KEKB加速器より多くのB中間子を作り出すだけでなく、同時にレプトンの一つであるτ(タウ)粒子も大量に作ることができるので、Belle Ⅱ実験では非常に稀なτ粒子の崩壊について調べることも可能になります。標準理論では、クォークは他の種類のクォークに変化することができ、この現象は「フレーバーの混合」と呼ばれています。一方、τ粒子のようなレプトンは他のレプトンの粒子に種類を変えることは出来ないとされています。しかし、超対称性粒子が存在すれば、レプトンでも種類を変えるレプトンフレーバーを破る崩壊が起こりえます。このように、超対称性粒子の存在によりレプトンにもフレーバーを破る崩壊が起こりうるのかどうかについて明らかにできる可能性があるのです(図7)。

SuperKEKB加速器はKEKB加速器より40倍性能が向上します。これは単純に言えば、今まで120年しなければ集められなかったようなデータ量を3年で取得できてしまうことに相当します。大量のデータがあればあるほど、起こりにくい現象も捉えることができるようになり、新しい物理の解明に有利になります。

加速器の40倍の性能向上に伴い、それに見合った測定器の性能の向上も必要です。Belle Ⅱ測定器では、新たにピクセル型検出器、粒子識別検出器であるTOP(トップ)カウンターとエアロゲルRICH(リッチ)カウンターの3種類の検出器が組み込まれます。

ピクセル型検出器はDEPFET(デップフェット)と呼ばれる次世代型のピクセルセンサーを用いた検出器で、Belle Ⅱ測定器の最も内側に設置され、崩壊点から出てきた粒子の通過した位置を正確にとらえます。一方、TOP(トップ)カウンターとエアロゲルRICH(リッチ)カウンターの二つの検出器は、粒子の種類を高精度に識別します。

その他、Belle実験の時から用いられてきたシリコンバーテックス検出器、中央ドリフトチェンバー、電磁カロリメーター、ミュー粒子・中性K中間子検出器についてもより性能の高いものに交換されます。また、40倍という大量のデータを扱うことから、データを取捨選択し高速で集めるしくみや解析を行うネットワークなどもBelle Ⅱ実験に備えて大きく様変わりします。

図8 次世代型のピクセルセンサー、DEPFET(デップフェット)。Belle Ⅱ測定器のピクセル型検出器に用いられる予定。既にピクセル型検出器(図8)やエアロゲルRICH(リッチ)カウンターなどでは試作品のテストがはじめられるなど準備が着々と進められています。

今後も引き続いてBelle Ⅱ実験について紹介していきます。

TOP