ノーベル物理学賞でたどる標準理論100年の歴史

 

ヒッグス粒子の存在の確定が急務である標準理論は、人類がこれまでに100年かけて築きあげてきた理論です。その理論の要点をまとめると、次のようになります。

(1)物質の最小構成要素である素粒子は、強い力を感じるクォークと強い力を感じないレプトンにまとめられる。電子やニュートリノはレプトンの仲間。それらは、固有の角運動量としてのスピン1/2を持つフェルミオンで、現在それぞれ6種類がある。
(2)素粒子の間に働く力としては、強い力、弱い力、電磁気力を扱う。
(3)これら3つの力のそれぞれに力を伝える素粒子が存在し、強い力を伝えるグルーオン、電磁気力を伝える光子、弱い力を伝えるW+粒子、W-粒子、Z0粒子があり、いずれもスピンは1で、ボソンである。これらの力を伝える粒子は、ゲージ原理と呼ばれる原理により、その力の働き方が規定されている。
(4)電磁気力と弱い力は統一されていて、電弱力と呼ばれる。
(5)クォーク、レプトンや力を伝える素粒子の質量は、もともとはゼロであるが、「自発的対称性の破れ」という仕組みにより、ゼロでない質量を持つ。ただし、光子とグルーオンの質量はゼロである。
(6)この仕組みの証拠として、スピンが0のヒッグス粒子が存在すると予測される。

今回のハイライトでは、それぞれの素粒子の発見とノーベル物理学賞受賞の歴史から、標準理論のあゆみを発見年代順にたどってみましょう。


図1 標準理論に登場する素粒子の一覧。2012年7月4日には、CERNの実験グループより唯一発見されていなかったヒッグス粒子とみられる新粒子の発見が報告された。

まず、最初は表の左端にある電子の発見です。1897年にジェームズ・ジョセフ・トムソン(英国)は陰極線を調べ、それが電場によって曲がることを発見し、原子には電子という粒子が含まれていることを発見しました。1908年、トムソンはノーベル物理学賞を受賞。

1905年、光子仮説に基づき光電効果を理論的に解明する論文を発表したアルバート・アインシュタイン(ドイツ)は、1921年にノーベル物理学賞を受賞。

1931年、カール・デイヴィッド・アンダーソン(米国)が宇宙線の軌跡を霧箱で観測中に陽電子を発見。1936年にノーベル物理学賞を受賞。

1937年にアンダーソンは、セス・ネダーメイヤー(米国)とともに宇宙線中にミュー粒子を発見しました。

1956年、フレデリック・ライネス(米国)が電子ニュートリノを検出。1995年にノーベル物理学賞を受賞。

チェン・ニン・ヤン(米国)とツン・ダオ・リー(米国)は、弱い力が関係する現象で、鏡に移したように空間を反転させた時に現象が異なる、パリティ 対称性の破れを考察。ウー・ジェンション(米国)によるβ崩壊の実験により実証されたため、ヤンとリーは1957年のノーベル物理学賞を受賞。

1960年ごろシェルドン・グラショー(米国)が電弱力に関する理論を提案、後にアブドゥス・サラム(パキスタン)とスティーヴン・ワインバーグ (米国)が発展させた電磁気力と弱い力を統合する理論は、ワインバーグ・サラム理論とも呼ばれ、3人は1979年にノーベル物理学賞を受賞。

1962年、レオン・レーダーマン(米国)、メルヴィン・シュワーツ(米国)、ジャック・シュタインバーガー(米国)がミューオンニュートリノを発見。1988年にノーベル物理学賞を受賞しました。

クォークモデルから標準理論へ

ここまでそれぞれの素粒子はバラバラに発見されてきましたが、ここで素粒子を一つの表にまとめ上げる「クォークモデル」が登場します。

1964年、マレー・ゲルマン(米国)がアップ・クォーク、ダウン・クォーク、ストレンジ・クォークからなるクォーク理論の提唱し、1969年にノーベル物理学賞を受賞。

同年、ジェイムズ・クローニン(米)とヴァル・フィッチ(米)は、ストレンジ・クォークを含む中性のK中間子が、ストレンジ・クォークを含まないパイ中間子に変化(崩壊)する現象で、粒子と反粒子の間で性質が異なる、いわゆる「CP対称性の破れ」を発見。1980年、ノーベル物理学賞を受賞。

1965年、朝永振一郎(日本)、ジュリアン・シュウィンガー(米国)、リチャード・ファインマン(米国)の3名が、電子と光の理論である量子電磁力学の確立の功績により、ノーベル物理学賞を受賞。

1968年、ジェローム・アイザック・フリードマン(米国)、ヘンリー・ケンドール(米国)、リチャード・テイラー(米国)が、電子を使い、陽子や中性子がクォークで構成されていることを確認。1990年にノーベル物理学賞を受賞。

1974年、バートン・リヒター(米国)とサミュエル・ティン(米国)が、独立に4番目のクォーク、チャーム・クォークを含むJ/ψ(ジェイ・プサイ)粒子の発見。1976年にノーベル物理学賞を受賞。

1975年にタウ粒子を発見したマーチン・パール(米国)は、1995年にノーベル物理学賞を受賞。また、1977年にはボトムクォークが発見されました。

1983年、カルロ・ルビア(イタリア)、シモン・ファンデルメーア(オランダ)が弱い力を媒介するW粒子、Z粒子を発見。1984年にノーベル物理学賞を受賞。

1995年にはトップクォークが発見されています。

そして、1999年、ゲラルド・トフーフト(オランダ)、マルティヌス・フェルトマン(オランダ)が、量子電弱力学の確立の功績によりノーベル物理学賞受賞。

2000年には、タウニュートリノが発見されました。

21世紀以降も続々とノーベル物理学賞が

21世紀に入ってからも、2002年、レイモンド・デービス(米)と小柴昌俊(日本)が、天体ニュートリノの研究によりノーベル物理学賞を受賞。

2004年、ディビッド・グロス(米国)、デビッド・ポリッツアー(米国)、フランク・ウィルチェック(米国)らが、強い力の理論の確立の功績により受賞、と続きます。

2008年、自発的対称性の破れを提唱した南部陽一郎(米国)と、ボトム・クォーク、トップクォークの存在を予測し、K中間子の崩壊の観測で確認されていたCP対称性の破れを理論的に説明できることを示した小林誠(日本)、益川敏英(日本)が、ノーベル物理学賞を受賞。ちょうど、トムソンが電子の発見によりノーベル 賞を受賞してから100年目の受賞でした。

そして、2012年。スイス・ジュネーブにある欧州合同原子核研究機関(CERN)で稼働している大型ハドロンコライダー(LHC)を使って実験をしているATLAS(アトラス)グループとCMS(シーエムエス)グループが、それぞれにヒッグス粒子らしき新粒子を発見したと報告しました。現在も、この新粒子がヒッ グス粒子としての性質を満たしているかを検証すべく、実験データの収集と解析とが続けられています。

用語解説

※ 霧箱
放射線の飛跡を観察することができる実験装置。少量のアルコールとドライアイス、透明なプラスチック容器で作ることができる。

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