シリーズ 大学共同利用のススメ【第1回】
奈良女子大学 高エネルギー物理学研究室
#ハイライト
"大学共同利用"って何だろう?
大学共同利用機関法人として設置されているKEK。そもそも「大学共同利用」とはどのようなシステムなのでしょうか。
シリーズ「大学共同利用のススメ」では、実際にKEKで研究を行っている研究室、研究者へのインタビューなどを通して、「大学共同利用」についてご紹介します。
開かれた研究拠点
大学共同利用機関は、以下の3つを持つものとして設置されています。
― 大学の研究者の為の共同利用施設として、
(1) 個々の大学では維持が難しい大きな設備
(2) 大学間で共有することによって有効に使われ得る情報など
(3) ある分野の研究についてネットワークの中心ノードとしての役割となる組織
つまり、大学の研究者や学生であれば誰もが利用できる、開かれた研究拠点ということです。手続きや審査は必要となりますが、基本的にはKEKをはじめ他の大学共同利用機関の設備はすべて使用することができます。
シリーズ初回は、長年KEKで共同利用研究を行っている奈良女子大学 高エネルギー物理学研究室の皆さんにお話を伺いました。
研究室のメンバー。ドイツからの留学生やインドからの研究員がいて国際色豊かな構成になっています。
― 主な研究内容を教えてください
2008年の小林・益川両博士のノーベル物理学賞受賞を支えたBelle測定器。奈良女子大学をはじめ多くの大学の学生や教員も研究に利用しています。
KEKの非対称エネルギー電子・陽電子衝突型加速器(KEKB)を使った国際共同実験Belle(ベル)に参加して、素粒子物理の研究をしています。KEKBは世界最高のビーム強度を持つ加速器です。その加速器で生成された多量の素粒子反応を最先端の技術が集積されたBelle測定器で検出・測定し、それを解析することにより、素粒子の世界で起こっている様々な現象を調べることができます。
特に、B中間子やタウ粒子と呼ばれる素粒子を使って粒子と反粒子との対称性の破れを探したり、通常と異なる構造のエキゾチックな粒子を探したりすることが、最近の研究課題です。素粒子の世界には粒子とそれに対応する反粒子が存在し、粒子と反粒子はほとんどすべての反応で同じように振る舞いますが、特別な場合に粒子と反粒子で少し違った振る舞いをすることが知られています。これをCP非保存と呼び、宇宙から反物質がなぜ消えたのかという謎とも関係しており、非常に興味深い課題です。
― Belle実験に参加されているのですね。Belle実験は他にも東京大学や名古屋大学などいくつもの研究室が共同で行っていますから、まさに「共同利用」実験といえるかもしれませんね。KEKの共同利用はいつごろから行っているのでしょうか?
KEKの陽子加速器が稼働をはじめた時代(1970年代後半)から実験に参加していますので、KEKの共同利用はKEKができた頃から知っています。本研究室では、陽子加速器実験での泡箱実験、電子・陽電子衝突型加速器トリスタンを用いた実験、その後のKEKB実験と30年以上に渡ってKEKを利用しています。
― 30年!お世話になっております。その間、KEKはお役に立てたでしょうか。
KEKは、世界最高水準の素粒子実験を日本で行うために、我が国の素粒子実験の研究者が協力して作った共同利用研究所です。そこに参加することで、多くの物理成果を出し、それに伴い多くの博士号や修士号の取得者を出すことができました。彼女らの多くがKEKの研究所や大学、企業の研究職で活躍しています。
KEKには高度な専門性を備えた優秀なスタッフが多くいますので、大学ではカバーできない測定器、電子回路、解析技術等多くの事を教えてもらっています。また、学生の教育にも非常に熱心で感謝しています。
― なるほど。研究だけでなく、そのサポートとして長年協力してこられたのも、KEKとしては非常に嬉しいことです。ところで、最新の研究成果があるとお聞きしたのですが。
最近Belle実験のデータから、理論では予想されていて、これまで未確認であった新しいチャームと反チャームの束縛状態(cc)(シー・シーバー)のひとつである、新粒子「ψ2(1D)(プサイ・ツー・ワン・ディー)」を発見しました。図1は荷電B中間子(B±)がχc1(カイ・シー・ワン)中間子、光子(γ)、荷電K中間子(K±)という3つの粒子へ崩壊した、非常にまれな崩壊反応(B±→χc1γK±)だけを選び出して、そのうちのχc1と光子とがひとつの状態から変化したものであると仮定したときの、質量の分布を調べたものです。図には2つのピークが見え、左側のピークはψ(2S)(プサイ・ツー・エス)と呼ばれるよく知られた粒子で、右側のピークが今回初めて発見した新粒子の候補です。ピークの位置からこの新粒子の質量が38.23億電子ボルト(3.823GeV)と分かります。
図1 右側のピークが新粒子「ψ2(1D)(プサイ・ツー・ワン・ディー)」を示している
この状態の意味を理解していただくために、チャームと反チャームの束縛状態(cc)の実験と理論の現状をまとめたものを図2に示します。ここで、赤色とピンクと青色で示した状態が、現在実験で確認されている状態です。このうち、赤色の状態は理論より予想される状態(緑色)によく一致しています。一方、例えば、ピンクで示したX(3872)と呼ばれる状態は非常に幅が狭い(変化するまでの時間が非常に長い)ため、理論と実験の双方でその解釈をめぐってホットな話題になっています。また、多くの青色で示した状態は質量などが理論の予想と食い違っており、通常の(cc)とは異なる構造を持つのではないかと喧々諤々の議論が行われています。今回見つけたピークは、その質量の値からこれまでは未確認であった軌道角運動量という物理量が2の状態(図2中ではψ2(1D)と表示されている)であると理解されています。
図2 チャーム・反チャーム束縛状態(cc)の一覧表。縦軸に質量をとってあり、Jはスピンで、PとCはそれぞれパリティ(空間反転)と荷電共役の固有値。表の右側に、今回発見された「ψ2(1D)」が新たに加えられた。
― ありがとうございます。新しい粒子を発見されたとのこと、大変喜ばしい研究成果ですね。それでは、KEKでの今後の研究予定も教えてください。
データ解析としては、ψ2(1D)の発見ように、理論で予想されながら実験では未確認のものを探索・同定する研究を引き続き行っていく予定です。また、KEKでは、現在のKEKB加速器のビーム強度を40倍にするSuperKEKB/Belle II実験の準備を進めていますので、本研究室も、このBelle II実験に参加し、より高い感度で新しい素粒子の物理を探る研究を予定しています。
また、将来的には、高エネルギーの衝突型線形加速器が実現し、より高いエネルギー領域で新しい物理の探索ができることを願っています。
― ありがとうございました。これからの研究にも期待しています。
近隣の大学の高エネルギー研究室に声をかけて、毎年秋に木津川の川べりで"芋煮会"というイベントを行っています。今年は大阪大、大阪市立大、京都大、神戸大、東京大等から60名が参加しました。
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