金属状態を示す純有機単成分導体の発見
#プレスリリース平成25年1月9日
国立大学法人東京大学
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
一般財団法人総合科学研究機構
1.発表のポイント:
・金属状態となる純有機単成分導体の発見
・世界最高の室温伝導度を持つ単成分有機物質の開発に成功
・単成分の有機物でできた金属電線の実現へ
2.発表概要:
東京大学物性研究所の森 初果(もり はつみ)教授、磯野 貴之(いその たかゆき)特任研究員、上田 顕(うえだ あきら)助教、加茂 博道(かも ひろみち)元大学院生のグループは、世界最高の室温伝導度(19 Scm-1)(注1)を持ち、約1万気圧というこれまでで最低の圧力下で金属状態となる純有機単成分導体の開発に成功しました。
この有機物質は、強い水素結合で結ばれた高い対称性の分子ユニットが、自己凝集して2次元伝導層を形成している新しいタイプの高伝導体であることを、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の村上 洋一(むらかみ よういち)教授、熊井 玲児(くまい れいじ)教授のグループ、総合科学研究機構の中尾 朗子(なかお あきこ)副主任研究員との共同研究で解明しました。
有機物質は一般に可溶性であるため、今回開発された純有機単成分導体は、印刷によって電子デバイスを作るプリンテッドエレクトロニクスへの応用が考えられます。これにより、単成分低抵抗配線のような次世代の有機エレクトロニクス材料として用いられることが期待されます。
この研究成果は、Nature Communications(1月8日付け:日本時間1月9日)に掲載されます。
3.発表内容:
①研究の背景と経緯
通常、有機物質は絶縁体で、例えば電線の絶縁被覆材料としてポリ塩化ビニルが広く用いられています。しかしながら、絶縁材料としてばかりでなく、銅線のような高伝導性の単成分有機材料を開発することは、有機エレクトロニクス(注2)分野の課題となっています。これまで、電子供与性分子と電子受容性分子の2成分以上からなる電荷移動有機化合物は、電気を流す担体である自由電子(あるいはホール)が生成されるため、低分子系の有機超伝導体や高分子系導電体が開発されてきました。2000年には伝導性を持つ有機物を発見した白川英樹博士らにノーベル化学賞が与えられ、現在の有機エレクトロニクス分野の創成につながっています。
一方、単成分からなる有機導体として、開殻型の中性有機物質(注3)の開発も進められてきましたが、分子間の相互作用が弱く、電子間のクーロン斥力の影響により、室温伝導度が10-6~10-1 Scm-1の半導体にとどまっていました。
②研究の内容
本研究では、電子供与性分子間の強い水素結合を利用した新しいタイプの純有機単成分導体を開発しました。本研究グループは、この新しいタイプの純有機単成分導体が世界最高の室温での電気伝導度(19 Scm-1)を持っており、約1万気圧というこれまでで最低の圧力下で金属化することを発見しました。
この新たに開発した純有機単成分導体は、2個の電子供与性分子が強い水素結合(注4)(図)で連結され、2分子間の中心に水素が位置している高対称性の分子ユニットを形成しています。分子ユニット内では、各電子供与性分子は酸化され、電気を流す担体となる正電荷を生成しており、水素結合部分の負電荷を考慮すると、分子ユニット全体として電気的に中性な開殻状態となっています。そして、量子化学計算(注5)を行った結果、電荷は水素結合を形成する酸素にも存在しており、水素結合を介して分子ユニット全体に広がる特徴を持つことが分かりました。また、この分子ユニットは、自己凝集により2次的な電気伝導層を形成し、さらにこの2次元伝導層が水素結合で連結された3次元構造を形成していることが分かりました。このように、新たに開発した純有機単成分導体が世界最高の室温伝導度を持ち、約1万気圧下で金属化する理由は、分子ユニット内における電荷の非局在化とユニット間相互作用による2次元伝導層の形成であると分かりました。
③今後の展開
無機物質と異なり、有機物質は一般に可溶性なので、本純有機単成分導体も、印刷法を用いて製膜して電子デバイスを製造するプリンテッドエレクトロニクスへの応用が考えられます。これにより、単成分低抵抗配線のような次世代の有機エレクトロニクス材料として用いられることが期待されます。
4.発表雑誌:
雑誌名:Nature Communications(1月8日)
論文タイトル:Hydrogen bond-promoted metallic state in a purely organic single-component conductor under pressure
著者: T. Isono, H. Kamo, A. Ueda, K. Takahashi, A. Nakao, R. Kumai, H. Nakao, K. Kobayashi, Y. Murakami, and H. Mori
DOI 番号:DOI: 10.1038/ncomms2352
アブストラクトURL:http://www.nature.com/ncomms/journal/v4/n1/full/ncomms2352.html
5.問い合わせ先:
東京大学物性研究所
教授 森 初果
Tel: 04-7136-3444
Fax: 04-7136-3444
E-mail: hmori@issp.u-tokyo.ac.jp
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
Tel: 029-879-6047
Fax: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp
6.用語解説:
(注1) S
ジーメンス。抵抗(Ω)の逆数1/Ω=Sの関係がある。伝導度の単位としてScm-1が用いられる。
(注2) 有機エレクトロニクス
シリコンの代わりに有機半導体を基盤としたエレクトロニクスで、有機トランジスタ、有機EL(エレクトロルミネッセンス)、有機太陽電池が代表的。低分子や高分子系の有機物を、薄くて軽いプラスチック基板の上に蒸着または塗布して作製する。
(注3) 開殻型の中性有機物質
不対電子を有する電気的に中性な有機物質。通常は不安定で短寿命だが、本研究では不対電子が分子ユニット全体に広がり、安定化している。
(注4) 強い水素結合
電気陰性度の高い2個の原子(X, Y)が水素原子(H)を介して結びつく非共有結合性の化学結合(X…H…Y)で、XY間の距離が2.2~2.5 Å、2.5~3.2 Å、3.2~4.0 Åの場合、それぞれ強い、中程度、弱い水素結合と理解されている。分子間のファンデルワールス力よりも強く、分子配列を決定する要因となる。
(注5) 量子化学計算
コンピューターにより、理論的に物質の電子状態を調べる化学計算。
図 純有機単成分導体の分子ユニット構造とその電気抵抗率
森グループが開発した世界最高の室温伝導度(19 Scm-1)をもつ純有機単成分導体は、水素結合で連結されて、電気的に中性な高対称性分子ユニットから構成される。そのユニットでは、電気を運ぶ担体となる電荷が広く非局在化し、さらに、ユニットが自己凝集して1次元伝導層を形成するため、約1万気圧というこれまでで最低の圧力下で金属状態となる。
関連サイト
東京大学物性研究所 森研究室
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
高エネルギー加速器研究機構 構造物性研究センター(CMRC)
総合科学研究機構(CROSS)
総合科学研究機構 東海事業センター
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