チョコレートを美味しくする物理
#ハイライト
図1 ブルームの出たチョコレート
チョコレートの油脂の一部が融け出し、再結晶化したもの。
多くの人を虜にする、チョコレート。甘くて、ほろ苦くて、なめらかな口どけとともに口いっぱいに広がるカカオの香り。これらが実は食品物理学と結晶学という物理の賜物であることをご存知でしょうか?
せっかくのおいしいチョコレート、気がついたら表面に白い粉がふいていた、なんてことは無いでしょうか?これはブルームと呼ばれる、チョコレートに含まれる油脂が表面に出て固まってしまった状態です(図1)。食べてみると…ボソボソとして、美味しくない。全く同じチョコレートなのに、こうも違うものかと思うほど、別物になってしまう。
「美味しい」とは?
図2 ココアバターとバターの結晶の割合の温度変化
チョコレートは、カカオ豆から得られるココアバターという油脂に砂糖やカカオマスなどの固体微粒子が分散した構造をしています。ココアバターの油脂はステアリン酸、オレイン酸、パルミチン酸という3種類の脂肪酸だけで約80%も占める、他の天然油脂には見られない組成をしています。そのため、温度変化による結晶の割合も特徴的で、低温では結晶が極めて多く、30℃前後で急激に減少します(図2)。つまり、室温以下では固体で、噛んだ時にパリッとした心地よいスナップ性を生み出し、口に入れた時には速やかに融け、甘みや苦み、香りがたちどころに広がる、というチョコレートならではの性質が表れるのです。チョコレートの美味しさは、この油脂の結晶こそが鍵を握っているのです。広島大学の上野聡教授は、製菓メーカーと共同で、「おいしい」油脂の結晶構造と、その条件を研究しています。これまで職人の経験や勘に基づいて作られていたチョコレートの美味しさを科学的に理解し、応用しようとするものです。
ココアバターの結晶は、融点、密度、結晶形などが異なる6タイプに分類されます(図4下)。この中で、食品として美味しいのはV型結晶だけです。I型からⅣ型の結晶は、融点が低く、密度も低いため、型から外しにくく、製品には不向きです。逆に最も安定なⅥ型は融点が高く、口に含んでも融けにくいため、ボソボソとして美味しさを感じられません。ブルームの出た美味しくないチョコレートは、安定化したⅥ型結晶なのでした。Ⅵ型結晶は融けにくいだけではなく、結晶粒径が粗いため、融けてもざらつきのある食感になり、見た目も悪くなります。一方、美味しいV型結晶は、見た目も光沢があり、結晶粒径が細かいので口どけも滑らか、高密度なので型からきれいに外れ易いという点でも秀逸です。
食感の鍵「油脂の結晶構造」
図3 トリアシルグリセロールの一種
図はグリセロールを中心に、パルミチン酸-オレイン酸-ステアリン酸が結合した構造(POS)。チョコレートに含まれる油脂(西アフリカ産ココアバターの場合)の約40%がPOS、次いで、オレイン酸とステアリン酸2つが結合したSOSが 27%、16%がパルミチン酸2つとオレイン酸(POP)で構成されている。V型の結晶を作るには、通常テンパリングという温度操作が用いられます。テンパリングとは、45~50℃に融かしたチョコレートを25~27℃(未満)に冷やし、再び31~32℃に加熱してから冷やし固めるという温度調整の工程です。上野氏はテンパリングという操作の中で、油脂の結晶構造がどのように変化するのかをリアルタイムで捉えるため、KEKフォトンファクトリーの放射光を利用して調べました。6タイプある油脂の結晶構造を放射光で見ると、特徴的なピークが現れるので結晶のタイプを見分けやすく、また一回の測定が15~30秒で出来ることも好都合だったからです。結晶を担う油脂はグリセロールを中心にステアリン酸とオレイン酸、パルミチン酸が結合したトリアシルグリセロール(TAG、図3)が、どのように並ぶかが重要で、得られるピークから図4のようなモデルが考えられています。実は、この分野の研究はまだ十分ではなく、正確な結晶構造は解明されていません。得られるピークの回折パターンこそが重要な情報となります。
図4 ココアバターの結晶多形現象と、結晶多形構造モデル
6タイプの結晶構造は、α、β'、βの3タイプに分けられ、その放射光回折パターンが異なる。
そして分かってきたのは、V型結晶を作るには、温度に加え「シアストレス」が重要だということです。シアストレスとは、一般には断層面など面と面がすべる時に生じる「ずり応力」のことですが、ここでは撹拌する、混ぜ方のことを言います。驚くことに、混ぜる力の強さや回転数によっては、温度変化が無くてもV型結晶ができることが分かり、温度変化と併用すれば、これまで数時間かけて結晶化していたものを数十分にまで短縮することが可能になりました。
図5 様々なチョコレートの比較実験の様子
油脂の結晶構造の実験は、2012年のサマーチャレンジ(https://www2.kek.jp/ksc/)でも行われた。結晶化の効率は、生産性の向上にとって重要です。これまでの研究で油脂単体よりも、カカオマスを混入した方が結晶化しやすいことが分かっており、さらに砂糖も結晶化に影響を与えるらしいということが分かってきました。チョコレートと言っても種類は千差万別。油脂も、カカオの産地によって成分の違いがあり、ココアバターにミルクやバターの乳脂肪を加えたものなど様々です。これらの配合やテンパリングの温度、シアストレスを変えることによって、融点をコントロールし、なめらかな口どけのチョコレートがたくさん世に出るようになりました。冬季限定の美味しいチョコレートを楽しめるのも、これらの基礎研究があってのもの。油脂の結晶構造に思いをめぐらせながら食すると、また一味違ってくるかもしれません。
「食感」を物理する
食品物理学は「食感」をキーワードにまだまだ広がりをみせます。こりこり、モチモチ、パサパサ…柔らかい硬いという言葉だけでは表せない多様な食感も食の楽しみです。これらを科学的に検証し、食感を設計して作りだす学問です。
「私たちが食べて美味しいと感じられるものは、ほぼ全て準安定なんです。例えば、ご飯も美味しいと感じられるのは、デンプンが水を含み結晶構造が崩れたガラス状態になっている時だけ。冷めるとデンプンが不規則に再結晶化した状態となって、硬くなってしまいます。」そう語った上野氏。もはや上野氏にとって食事は、栄養補給ではなく、時として観察対象となっているようです。「食感というのは、味と同じく、美味しさの一要素です。今、製菓メーカーでは高齢者をターゲットとした、食品の研究が盛んに行われています。噛む力の弱い高齢者でも、カリッとした食感を楽しめるお煎餅などです。」
改めて、身の周りの食べ物を見まわして見ると、食感を売りにしている商品の多さに気づかされるはず。今後、どんな食感の食べ物が出てくるのか、ご注目ください。
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