安価で高性能なハードディスクドライブ(HDD)記録媒体の実現可能性
#プレスリリース~白金フリー酸化物垂直磁気記録材料の薄膜化に世界初成功~
平成25年10月15日
国立大学法人 筑波大学
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 北海道大学
【本成果のポイント】 1.これまで薄膜化が困難とされていた磁性材料のコバルトフェライト*1を、量産化可能な手法で高品位な薄膜にする技術を、世界で初めて開発 |
【概要】
国立大学法人筑波大学(以下「筑波大学」という)数理物質系 新関智彦助教(現東北大学)、柳原英人准教授、喜多英治教授らのグループは、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(以下「KEK」という)物質構造科学研究所・構造物性研究センター 中尾裕則准教授、国立大学法人北海道大学大学院(以下「北海道大学」という)理学研究院 小池和幸教授らとともに、量産に適した成膜手法であるスパッタリング法*4を用いて、良質なコバルトフェライト単結晶薄膜を作製することに世界で初めて成功しました。この薄膜について磁気特性および結晶構造の評価を行ったところ、白金等の貴金属を含む磁性材料に匹敵する強い垂直磁気異方性*5を有することを見出しました。今日、広く使われているHDDの記録媒体には、高記録密度化(大容量化)を実現するため、強い垂直磁気異方性を有する磁性材料として、希少で高価な白金を含む磁性金属合金が用いられています。今回開発したコバルトフェライト薄膜により、貴金属を用いない、高性能な垂直磁気記録方式のHDDの記録媒体を実現できる可能性が示されました。
コバルトフェライトは、比較的入手の容易な元素で構成された酸化物です。この格子をひずませることで、強い垂直磁気異方性が発現することは、従来から現象論的に予想されており、各国の研究グループが良質な薄膜を成膜する方法を検討してきましたが、物性や構造の制御が難しく、実際に強い垂直磁気異方性を実現できた報告はありませんでした。本研究ではコバルトフェライトの成膜方法に関して検討を行い最適化した結果、14.7 Merg/cm3もの大きさの垂直磁気異方性の発現を初めて確認しました。この異方性の大きさは、次世代垂直磁気記録材料として利用するのに十分です。
本研究成果は、米国物理学協会が発行する10月14日付のアプライドフィジックスレター誌にオンライン掲載される予定です。
※なお本成果は、文部科学省の元素戦略プロジェクトによる委託業務として、筑波大学が実施した「複合界面制御による白金族元素フリー機能性磁性材料の開発(研究代表者:喜多英治(筑波大学))」によるものです。
【背景・経緯】
HDDに代表される磁気記録デバイスは、安価かつ膨大な情報を記録可能な装置であることから、高速ネットワークと共に今日のクラウドコンピューティングを支える重要な電子技術です。今日HDDの高記録密度化(大容量化)には高い垂直磁気異方性を示す磁性材料が不可欠です。そのような材料として、白金やパラジウムのような貴金属と鉄やコバルト等の金属からなる合金、化合物が知られており、現行のHDD用垂直磁気記録媒体材料には、コバルトクロム白金合金が利用されています。
白金は宝飾品として用いられる希少性の高い貴金属であると同時に、工業材料としても、電子・磁性材料ばかりでなく自動車の排気ガス浄化用の触媒や、点火プラグ、センサーなどの用途があり、その価格は世界経済の動向に大きく影響を受けます(図1)。また白金の供給元は一部の国、地域に限られており、政治・社会情勢によって価格は大きく変動します。さらに今後、燃料電池車等の普及が本格的になるとその需要はますます高まることとなり、白金は今後より一層希少な金属となる事が予想されます。したがって安定した社会の発展には、こういった元素を用いない材料・素材の開発が求められます。次世代の磁気記録媒体においても、白金を多く含有した材料の開発が中心となっており、今後、情報記録装置の大容量化を進める上で、白金(族)を用いない垂直磁気異方性材料開発は喫緊の課題であると言えます。図2に強い垂直磁気異方性を示す材料の一例を示します。青い直線より上に位置する材料は垂直磁化膜となるものであり、上に行くほど磁気異方性が大きく高密度記録に適した材料であると言えます。
本研究で着目したコバルトフェライトCoxFe3-xO4(0 < x < 1)は、永久磁石としてよく知られた磁性材料で、図3に示すような、コバルトや鉄を中心とし、酸素原子が頂点を占める四面体と八面体の組み合わせからなる原子配置(スピネル型結晶構造)を形成しています。従来から、この物質に特定の方向に歪みを導入し、結晶を変形させることで垂直磁気異方性を示す薄膜となりうることが古典的な現象論に基づいて指摘されていました。しかしこれまでスピネル型結晶構造を持つフェライト薄膜については、成膜方法・条件によってその飽和磁化*6(Ms)の値すら大きく異なるなど、研究レベルにおいてもその物性制御、構造制御は容易でなく、実用材料としての可能性が検討されるような状況にはありませんでした。そこで筑波大学のグループが中心となって、コバルトフェライト薄膜の磁気記録媒体材料としての可能性を示すため、量産性の高い成膜方法で良質な薄膜を成膜することを試みました。
【研究内容と成果】
結晶を歪ませるためには、形状や大きさ(格子定数)の異なる結晶格子を持つ物質の上に重ねるという方法が知られています。本研究では、酸化マグネシウム単結晶MgOを基板とし、その(001)結晶面*7上にCoxFe3-xO4薄膜を成膜しました。成膜方法は、HDD媒体の製造に利用されているマグネトロンスパッタリング法と呼ばれるもので、コバルト鉄合金ターゲット(Co:Fe = 1:2および 1:3)を用い、反応ガスとして酸素を導入しながら成膜を行う手法を用いました。特に酸素導入量によってMsが大きく変化することから、酸素導入量をパラメータとしてMsが最大となるよう条件を変えて、最適な成膜条件を見出しました。
このようにして作製した試料を、KEKフォトンファクトリー*8BL-4C(放射光科学研究施設)で格子定数、格子歪などの構造評価を行いました。図4に膜厚50 nm、Co0.75Fe2.25O4の薄膜の逆格子マップ*9を示します。基板に用いた MgO と比べてCoxFe3-xO4の格子定数は約0.5%小さいため、MgO上に成長するCoxFe2-xO4薄膜は界面に沿ってその格子が引っ張られ、膜が成長する膜厚方向に対しては逆に格子が縮んでいることが確認されました。
また、室温におけるCo0.75Fe2.25O4薄膜のMsは430 emu/cm3で、バルクのそれと同等の値(Ms = 410 emu/cm3)となり、良質なCoxFe3-xO4薄膜が得られました(図5)。一方、磁気トルク*10曲線(図6)から読み取れる垂直磁気異方性(Ku)は、印加磁場140 kOeにおいてKu = 9 Merg/cm3でした。そしてコバルトの濃度を高めたCoFe2O4薄膜では、Ku = 10 Merg/cm3を示しました。さらに詳細な解析を進めたところ、この試料はKu = 15 Merg/cm3にも達する垂直磁気異方性を持っていることが明らかになりました。このKuの値は、現在垂直磁気記録媒体として用いられているコバルトクロム白金合金CoCrPtと比べて十分に大きなものであり、白金を含まない次世代記録媒体材料として有望です。
【今後の展開】
本研究では、マグネトロンスパッタリング法を用いて、バルクに匹敵するMsを有し、かつ、磁気記録材料として十分な大きさのKuを示すCoxFe3-xO4薄膜を初めて実現しました。今後はHDDメーカーとともに、この材料を白金フリー次世代磁気記録材料の有力な候補として、磁気特性や記録媒体としての適性について詳細に検討し、実用化に向けてさらなる磁気特性の向上を目指します。また、CoxFe3-xO4薄膜は数少ない絶縁性垂直磁化材料であることから、トンネル磁気抵抗素子における強磁性絶縁障壁層やスピン波の導体等のスピントロニクス材料としての展開も期待されます。
今回の成果は、CoxFe3-xO4という古くからよく知られた材料であっても、高度に発展した現代の成膜技術や評価技術を駆使することで、実用に資するような特性や機能が発現し得ることを明確に示しています。このようなアプローチはユビキタス元素*11の有効利用を目指す元素戦略的研究手法の一つであり、磁性材料の探索や開発における選択肢が大きく増える可能性を示唆しています。
さらに今回の実験結果は、CoxFe3-xO4の強い垂直磁気異方性の物理的機構についても、従来の現象論的解釈から一歩踏み込んだ理解が必要であることを示唆しており、今後新たな知識と理解が生まれてくることが期待されます。
【用語解説】
*1 コバルトフェライト
化学式CoFe2O4。昭和7年(1932)に東京工業大学の加藤与五郎博士と武井武博士によって発明された磁性材料で、永久磁石として用いられている。
*2 磁気異方性
磁性体には、一般的に結晶方位や形状に起因して磁化が向き易い方向(磁化容易方向)と、向き難い方向(磁化困難方向)が存在する。磁化容易方向から磁化困難方向に磁化を向ける必要なエネルギーを磁気異方性エネルギーと呼ぶ。
*3 垂直磁気記録方式
HDDなどの磁気ディスクの記録方式のひとつ。磁気ヘッドからの磁界が磁性膜に対して垂直に向かう磁気記録方式で、高密度での記録が可能。1975年に岩崎俊一博士(当時東北大学)により提唱された。2005年に株式会社東芝がHDDに導入し商品化に初めて成功した。現在のHDDはほぼ全てこの方式である。
*4 スパッタリング法
アルゴン等のプラズマ中のイオン衝撃によってターゲットから原子や分子が叩き出される現象を利用して、ターゲットからある程度離れた位置にある基板上に物質を薄膜化させる物理蒸着法のひとつ。酸素などの反応性ガスを同時に導入することで、酸化物薄膜を成膜することも可能である。高いスループットで高品位な薄膜を成膜できることから、工業的にも広く用いられている。
*5 垂直磁気異方性
磁気異方性のうち、薄膜の膜面に対して垂直方向に磁力が向く性質。磁性薄膜の結晶の向きを揃えたり、基板等との界面を制御したりすることで発現する。
*6 飽和磁化
物質に磁場をかけたときに発生する磁力の最大値。物質固有の値であるため、理想的には、試料の作製条件等にはよらない値である。コバルトフェライトでは室温で425 emu/cm3、現在磁気記録媒体として使われているコバルトクロム白金合金ではおよそ300 emu/cm3(ただし組成に依る)。ちなみに鉄は1740 emu/cm3である。
*7 結晶面
周期的に原子が並んだ結晶をある平面で切った時のその断面。今回基板として用いた酸化マグネシウムと薄膜化したコバルトフェライトは、どちらも立方対称(結晶周期が立方体であること)の結晶である。この場合(001)結晶面は、立方体の断面が正方形である面になる。
*8 フォトンファクトリー(PF)【光(Photon)の工場(Factory)】
KEKの放射光科学研究施設。日本初のX線を利用できる放射光専用光源として1982年完成。大学・研究機関が共同利用実験し(年間約3千名を超える国内外利用者)、基礎から応用まで世界最先端の研究成果を創出している。
*9 逆格子マップ
回折実験により結晶を構成する原子の周期性を測定して得られる二次元図。強度の強さと位置から薄膜結晶の膜面内、膜面垂直方向の格子定数や、膜中に存在する歪の有無、その方向等が決められる。
*10 磁気トルク
物質に磁場をかけたときに磁化容易方向に回転する力。磁気異方性の大きさと直接関係した量であるため、結晶の向きと印加磁場とのなす角をパラメータにしてトルクを測定することで、磁気異方性を正確に測定することが可能である。
*11 ユビキタス元素
資源という観点から、ありふれた入手しやすい元素。
【参考図】
図2 垂直磁化を示す磁性材料の磁化と磁気異方性(青い実線より上部)
Ku値が大きいほど、高密度記録に適した材料といえる。
図3 スピネル型結晶構造
青丸に鉄、緑丸に鉄またはコバルト、紫丸には酸素が位置する。
図4 コバルトフェライト薄膜と酸化マグネシウム基板の結晶格子定数(逆格子マップ)
図5 コバルトフェライト薄膜の磁化曲線
赤線:膜面垂直方向に磁場を印加した時の磁化曲線。青線:膜面内に磁場を印加した時の磁化曲線。
図6 磁気トルク曲線
(a)はx=0.75,(b)はx=1の組成。磁気トルクの曲線振幅から、磁気異方性Kuが求まる。
【発表論文】
【雑誌】 Applied Physics Letters 【タイトル】 "Extraordinarily large perpendicular magnetic anisotropy in epitaxially-strained cobalt-ferrite CoxFe3-xO4(001) (x = 0.75, 1.0) thin films" (和訳:エピタキシャルに歪んだコバルトフェライト薄膜の巨大垂直磁気異方性) 【著者】 Tomohiko Niizeki1, Yuji Utsumi1, Ryohei Aoyama1, Hideto Yanagihara1, Jun-ichiro Inoue1, Yuichi Yamasaki2, Hironori Nakao2, Kazuyuki Koike3, and Eiji Kita1 新関智彦1、内海優史1、青山凌平1、柳原英人1、井上順一郎1、山崎裕一2、中尾裕則2、小池和幸3、喜多英治1 【所属】 [1]筑波大学、2高エネルギー加速器研究機構、[3]北海道大学 |
【問合わせ先】
<報道に関すること>
筑波大学 広報室
Email: kohositu@un.tsukuba.ac.jp
TEL: 029-853-2801
FAX: 029-853-2014
高エネルギー加速器研究機構 広報室
報道グループリーダー 岡田 小枝子
E-mail: press@kek.jp
TEL: 029-879-6046
FAX: 029-879-6049
北海道大学 総務企画部広報課
E-mail: kouhou@jimu.hokudai.ac.jp
TEL: 011-706-2610
FAX: 011-706-4870
関連サイト
筑波大学大学院 数理物質科学研究科
磁気機能工学研究室 喜多・柳原研究室
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
高エネルギー加速器研究機構 構造物性研究センター(CMRC)
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
北海道大学大学院理学研究院
関連記事
2013.7.9 プレスリリース
強相関絶縁体における歪み誘起磁化の起源を解明
2012.1.24 プレスリリース
「マルチフェロイック薄膜」に生じる大きな電気分極の起源を解明
2011.2.10 プレスリリース
長年の謎 コバルト酸化物の「中間スピン状態」の存在を解明 新しい物性研究の道を拓く
-
カテゴリで探す
-
研究所・施設で探す
-
イベントを探す
-
過去のニュースルーム