宇宙マイクロ波背景放射の偏光観測から重力レンズ効果による偏光パターンの測定に成功

 

平成26年10月21日

POLARBEAR実験国際コラボレーション
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構

本研究成果のポイント
・南米チリ・アタカマ高地で宇宙マイクロ波背景放射を観測しているPOLARBEAR(ポーラーベア)実験により、世界ではじめて、宇宙マイクロ波背景放射の偏光観測のみのデータを用いて、重力レンズ効果による偏光パターンを測定することに成功
・偏光パターンの測定が可能なことを実証し、今後のインフレーション起源の原始重力波観測や、ニュートリノ質量和の精密測定への道を開拓


【概 要】

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリ IPMU)、カリフォルニア大学バークレー校、同サンディエゴ校などの研究者で構成されるPOLARBEAR実験グループは、世界ではじめて宇宙マイクロ波背景放射(以下CMB)※1の光の振動の向き(偏光)の観測結果のみに基づいて、重力レンズ効果※2による偏光パターンを測定することに成功しました。

CMBとは、宇宙のどの方向からも一様に飛来している電磁波です。138億年前に発せられたこの電磁波は、我々が観測できる「宇宙最古の光」です。この光は、宇宙の誕生と進化、その背後にある物理法則の謎を解く鍵を握るとされています。

CMBの偏光観測では、「偏光Bモード」と呼ばれる特殊な渦状のパターンを調べることが重要で世界的に注目されています。ビッグバン※3を引き起こしたと考えられる宇宙誕生直後の急激な大膨張、すなわちインフレーション仮説※4によれば、インフレーションの際に時空が振動することで生じた波である「原始重力波」により、大きな渦の偏光Bモードができたと予想されています。これを観測できれば、初期宇宙の誕生の様子が明らかにできると期待されています。また、CMBが地球に届くまでの間に宇宙空間内に分布する物質の影響で曲がる「重力レンズ効果」により小さな渦の偏光Bモードができることが予想されています。小さな渦の偏光Bモードを精密に測定できれば、現在の宇宙の大規模構造※5の理解の鍵を握るとされる、宇宙全体に存在するニュートリノの質量の総和、すなわちニュートリノ質量和※6も解明できると考えられています。

今回の一連のPOLARBEAR実験によるCMB偏光観測の初期成果は、重力レンズ効果による小さな渦の偏光Bモードを世界で初めて観測したものです。4.7σ(シグマ)の有意性(99.999%以上の確率)での測定に成功し、将来のニュートリノ質量和の精密観測に向けた道筋を拓きました。

以上の研究成果は、『Physical Review Letters』に7月9日に掲載された論文("Measurement of the Cosmic Microwave Background Polarization Lensing Power Spectrum with the POLARBEAR Experiment" 和訳:ポーラーベア実験における宇宙マイクロ波背景放射偏光への重力レンズ効果の測定)と、『Astrophysical Journalに受理され10月20日に同誌に掲載済みの論文("A MEASUREMENT OF THE COSMIC MICROWAVE BACKGROUND B-MODE POLARIZATION POWER SPECTRUM AT SUB-DEGREE SCALES WITH POLARBEAR" 和訳:ポーラーベア実験における宇宙マイクロ波背景放射Bモード偏光パワースペクトルの測定)の結果をまとめたものです。

【背 景】

CMBとは、宇宙のどの方向からも一様に飛来している電磁波です。1964年にアーノ・ペンジアスとロバート・W・ウィルソンが、その存在を発見し、1978年にノーベル物理学賞を受賞しました。

CMBは、ビッグバンのほぼ直後に発生したと考えられています。ビッグバンによる宇宙誕生から38万年後は「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれており、電子が陽子に捕獲されて、CMBとして光が宇宙空間に溢れ出しました。138億年前に発せられたこの光は、現在、我々が観測できる宇宙最古の光であり、したがって、この光を詳しく調べることで宇宙の誕生や進化など、その初期の様子を知ることができます。

CMBを調べたこれまでの研究では、以下のようなことが明らかになっています。

宇宙の晴れ上がりにおいて、宇宙の温度は約3000ケルビン(2700度)であったと推測されています。一方、ペンジアスとウィルソンは、CMBの温度を測定し、現在の宇宙の温度は約2.7ケルビン(-270度)と冷えきっていることを明らかにしました。この温度の低下は、空間の断熱的な膨張、すなわち宇宙が時間とともに大きくなったことを示しています。このように、CMBの温度測定結果は、約138億年前に、宇宙は急速に膨張する超高温・超密度の「火の玉」として生まれ、その後、膨張とともに温度・密度が下がり現在の姿になったとする「ビックバン宇宙論」の決定的な証拠となりました。

また、宇宙に存在する星や銀河の形成、分布などが現在の構造を持つためには、初期の宇宙は一様でない構造を持つこと、すなわち非一様性が必要だと考えられていました。この非一様性は、アメリカ航空宇宙局NASAが打ち上げた二つの衛星、COBE衛星とWMAP(ダブリュー・マップ)衛星がCMBの温度を測定することで明らかにしました。すなわち、CMB温度を精密に測定したCOBE衛星がこの非一様性を発見し、CMBのやってくる方向の特定能力を向上させたWMAP衛星がその温度の空間分布を高精度に測定したのです。

さらに、ちょうど声紋解析を行って個人の特徴が分かってしまうように、CMBの温度ゆらぎを精密に測定した周波数解析から、宇宙は平坦であり、またエネルギー密度の約70%はダークエネルギーと呼ばれる未知のエネルギーで成り立っているということがわかっています。ダークエネルギーは、2011年にノーベル物理学賞を受賞したサウル・パールムッター、ブライアン・シュミット、アダム・リースらがIa型超新星の観測により発見した「宇宙の加速膨張」を引き起こす原因と考えられています。

現在行われている最先端のCMB研究では、CMBの偏光を測定することに注目が集まっています。特に「偏光Bモード」と呼ばれる偏光パターンは、インフレーション宇宙論で提唱されており、主にインフレーション時に作られた原始重力波によってCMBに現れたり、重力レンズを通り抜けたCMBの中に現れるとされています。これらの偏光Bモードの発見はインフレーション宇宙論の直接検証になるため、世界各国で熾烈な競争が行われています。

この偏光Bモードの観測には大きく分けて2種類あります。ひとつは、宇宙を広い視野角で観測する「大角度スケール観測」と呼ばれる観測で、原始重力波起源の偏光Bモード(大きな渦)がターゲットです。もうひとつは狭い視野角で限られた領域を重点的に観測する「小角度スケール観測」と呼ばれ、重力レンズ起源の偏光Bモード(小さな渦)が顕著に観測できると理論的に予測されています。

今年3月に、アメリカのBICEP2実験※7グループが大角度スケール観測を行い、原始重力波起源の偏光Bモードを観測したと報告しました(ただしその後、5月と9月末に欧州宇宙機関(ESA)のPlanck(プランク)衛星※8が示した銀河系のちりの測定結果から、BICEP2実験の報告結果は、原始重力波による偏光Bモードではなかった可能性が出てきました)。一方、POLARBEAR実験グループは、小角度スケール観測を行い、重力レンズ起源の偏光Bモードの観測に挑んでおり、今回、その証拠を捉えることに成功しました。

【研究内容と成果】

POLARBEAR実験は、CMBの偏光を精密に測定する実験です。その目的は偏光Bモードと呼ばれるCMBに特殊な偏光パターンを検出し、原始重力波の痕跡や重力レンズ効果を精密に観測することです。チリ・アタカマ高地(標高5200m)に建設された、直径3.5mの主鏡から成る望遠鏡と、最先端の超伝導検出器を用いてCMBの偏光を観測します(図1、図2)。

チリは乾燥しているため、大気でCMB放射が吸収されにくく、地球上で最もCMB観測に適した場所のひとつです。超伝導検出器は、CMBが大気を通過しやすい波長である150GHz帯を測定します。CMBを主鏡で集光した後、直交した2つのアンテナを使って、キャッチした光を2成分の偏波に分割します。この偏波の強度を超伝導検出器で測定し、その差を取ることで偏光の有無を調べます(図3)。POLARBEAR実験は2012年に観測を開始しました。銀河系のちりの影響が少ない空(約30平方度)を選び、1年間観測したデータを解析したところ、これまでの一連の実験で得られた信号強度の大きさが、偏光Bモードが存在しないと仮定した場合に偶然により得られる信号強度と4.7σも有意に異なる、すなわち、偶然に得られる結果とは大きくかけ離れているという結果を得ました。これは、99.999%以上の確率で偏光Bモードの存在を示した快挙で、これまでに同様の実験が達成できなかった成果です。また、標準的な宇宙理論から予測される理論値とよく一致することも確認しました(図4)。

【本研究の意義、今後への期待】

今回の成果は、世界ではじめてCMB偏光のみのデータから重力レンズ起源の偏光Bモードの探索を行い、その存在の兆候を4.7σの有意性で捉えることに成功したことです。また、検出器の系統誤差やノイズレベルも非常に小さく、偏光Bモードの精密な測定が可能なことを実証しました。十分な測定感度を持つ検出器を手に入れたことにより、CMB偏光観測によるニュートリノ質量和の測定にも道筋が拓かれました。

今後のPOLABEAR実験は、大角度スケール観測を目指し、より広い視野角を観測することで、BICEP2が3月に発表した観測結果の検証を行います。また、より高精度な測定が可能なPOLARBEAR-2受信機を新たに設置して、重力レンズ起源・原始重力波起源の偏光Bモードの精密観測を目指します。さらに、POLARBEAR-2受信機を3台同時に使用するサイモンズ・アレイ・プロジェクトも準備が進んでおり、偏光Bモードに対する感度をより一層高め、高精度な測定を行って、ニュートリノ質量和の精密測定とインフレーション理論の定量的検証を実現する予定です。

※本研究は文部科学省 科研費新学術領域研究「背景放射で拓く宇宙創成の物理 ―インフレーションからダークエイジまで」(代表者 羽澄昌史)の助成を受け、 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)、カリフォルニア大学バークレー校、カリフォルニア大学サンディエゴ校、マギル大学などが参加する国際共同研究として実施されました。

【お問い合せ先】

<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
素粒子原子核研究所 教授 羽澄 昌史

<報道担当>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 報道グループリーダー 岡田 小枝子
Tel: 029-879-6046
Fax: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構
広報担当 小森 真里奈
Tel: 04-7136-5977
Fax: 04-7136-4941
E-mail: press@ipmu.jp

【用語解説】

※1  宇宙マイクロ波背景放射
ビッグバンから約38万年後に宇宙全体で放出された最古の光。ビッグバン直後、宇宙は陽子、電子、光子などでできたプラズマ状態だったと考えられている。やがて膨張とともに宇宙の温度は下がっていき、ビッグバンから約38万年たつと、陽子と電子が結合し、光子が残される。この光子の波長はその後の宇宙膨張とともに長くなり、今日ではマイクロ波となっている。どの方角からもほぼ同じ強さでやってくるこの電波を宇宙マイクロ波背景放射と呼ぶ。

※2 重力レンズ効果
アインシュタインの一般相対性理論によると、質量を持った物体は周りの時空を歪ませる。この物体の周辺を直進する光も、歪んだ時空に沿って曲げられるという現象。物体がレンズのように振る舞うため、こう呼ばれる。

※3 ビッグバン
宇宙初期の超高温度・超高密度状態から、宇宙が一気に膨張し始めた爆発のような状態を表す(今から約138億年前)。

※4 インフレーション、インフレーション理論
宇宙は熱い火の玉状態(ビッグバン宇宙)以前に、急激な加速膨張を起こした(インフレーション)とする宇宙誕生に関する仮説。1980年代初頭に佐藤勝彦(現自然科学研究機構長)等が提唱した。

※5 宇宙の大規模構造
現在の宇宙が持っている構造。地球、太陽系、銀河系、と地球から遠ざかった場所から俯瞰したとき、宇宙は巨大な網目状の構造を持っているというもの。宇宙初期の重力のゆらぎから発達したと考えられている。

※6 ニュートリノ質量和
宇宙全体に存在するニュートリノの質量の総和。宇宙が発達するためには重力、つまりその宇宙が内包する質量の大きさが重要な要素と考えられている。ニュートリノは物質とほとんど相互作用しないため、宇宙初期の混沌とした状態からいち早く逃げ出したと考えられる。その時に持ちだされた質量(=ニュートリノ質量和)の大きさを知ることは、宇宙の発達過程の理解に繋がる。

※7 BICEP2実験
アメリカ・ハーバード大学などの研究グループの実験。望遠鏡を南極に設置し、大角度スケール領域での偏光Bモード観測を行っている。

※8 Planck衛星
欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げた衛星。WMAP衛星よりさらに位置分解能を向上させ、温度ゆらぎの精密測定を行った。

【参考図】

図1 チリ・アタカマ高地に設置されたPOLARBEAR望遠鏡

図2 POLARBEAR実験で使われている超伝導検出器アレイ。全部で1274個の超伝導検出器を使用している。図のようにハニカム構造を持つ7つのモジュールを組み合わせて受信面を作る。モジュール当たり91ピクセル、さらにピクセル当たり2つのボロメターと呼ばれるアンテナが入っている。

図3 偏光を観測する方法。図2で説明したようにピクセル内部にはアンテナが2つ入っている。これらを直交するように並べる。電磁波を検出すると、アンテナに電位差(=信号)が生じる。それぞれのアンテナで測定した信号の差を計算することで偏光の大きさを決定する。

図4 これまでの偏光Bモード測定実験の結果(各実験の名称を図中左上に列記)をまとめた図。横軸は視野角の大きさ、縦軸は偏光Bモード信号の強さを示す。赤十字の点が今回POLARBEAR実験で測定された点。重力レンズ効果による偏光Bモードの理論曲線と一致しているのが分かる。また緑十字の点はBICEP2実験の結果である。POLARBEAR実験と観測している視野角が異なることが分かる。POLARBEAR2実験では、この領域の測定も目指す。

関連サイト

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 CMBグループ
科研費新学術領域研究「背景放射で拓く宇宙創成の物理 ―インフレーションからダークエイジまで」
東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構
東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 ニュースページ
POLARBEAR (英語)

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