福島の土壌が僅かなセシウムの取り込みにより多量のセシウムを呼び込むメカニズムを解明

 

-放射性セシウムが吸着した粘土鉱物のミクロな構造変化-

平成26年10月31日

独立行政法人日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
一般財団法人電力中央研究所
国立大学法人山形大学


【本研究成果のポイント】

・福島の土壌で多くみられる粘土鉱物「バーミキュライト」が、多量のセシウムイオンを取り込むメカニズムを解明
・放射性セシウムの環境移行予測、汚染土壌の浄化、減容化方法の技術開発など、福島県の環境回復に有用な知見を提供


【概 要】

独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 松浦祥次郎)福島環境安全センター・量子ビーム応用研究センターの元川竜平研究副主幹、矢板毅ユニット長、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所の遠藤仁准教授、一般財団法人電力中央研究所の横山信吾主任研究員、国立大学法人山形大学工学部の西辻祥太郎助教による共同研究グループは、土壌成分のひとつである粘土鉱物「バーミキュライト1)」が、セシウムイオンを多量に取り込むメカニズムの解明に成功しました。この成果は、福島県の汚染土壌を取り扱う上で有用な知見を含んでおり、セシウムイオンの環境移行、土壌からのイオンの溶脱方法、減容化方法の開発など、福島県内の環境回復問題に大きく貢献することが期待されます。

土壌は、動植物由来の有機物、砂、礫、粘土鉱物など、様々な成分によって構成されています。このうち、粘土鉱物の一つであるバーミキュライトが今回の研究対象です。粘土鉱物は、厚みの薄いシート状の無機物が積み重なった構造をとっており、上下のシートの隙間(層間)に陽イオンを取り込む性質を持っています。これまで、福島県内の汚染土壌中で、バーミキュライトの層間にセシウムイオンが強固にかつ選択的に取り込まれることに関して、大きな関心が寄せられていました。その理由は、バーミキュライトがセシウムイオンを吸着するメカニズムを、原子レベルのミクロな世界で明らかにすることができれば、放射性セシウムによって汚染された土壌の減容化や安全な取り扱い方法、中間貯蔵施設2)の安全性評価、環境中におけるセシウムの移行モデルの構築など、多くの場面でその知見が利用できるためです。

今回、研究グループは、バーミキュライトの或る場所に放射性セシウムイオンが1個だけ吸着すると、その隣にもセシウムや化学的性質の類似したイオンが吸着しやすくなるため、その粘土層に多くのセシウムイオンが取り込まれることを明らかにしました。さらに、このことがきっかけで、2つの粘土層がはがれ、それぞれの粘土層の表面にもセシウムが吸着しやすくなり、バーミキュライトに対してドミノ倒しのように、次々とセシウムイオンが吸着していくことを解明しました。

研究成果は、英国のネイチャー・パブリッシング・グループが発行するオープンアクセスジャーナル『Scientific Reports』に10月10日付でオンライン掲載されました。

【研究の背景と成果】

東京電力株式会社福島第一原子力発電所での事故以降、環境中に放出された放射性セシウムの土壌、河川、海洋での振る舞いや、除染技術の開発に関連する研究が数多く実施されています。その中でも、土壌の粘土鉱物成分である「バーミキュライト」、とセシウムイオンとの吸着メカニズムを明らかにすることは、大きな研究課題の一つに取り上げられていました。

従来の研究では、セシウムイオンを中心とする約1ナノメートル(1メートルの10億分の1)程度の空間の構造や物性に注目することで、バーミキュライトへの吸着メカニズムを明らかにしようとする取り組みがほとんどでした。これに対し、本研究グループではセシウムイオンのみならず、バーミキュライト側の構造変化にも注目し、セシウムイオンがバーミキュライトに吸着したときに起こる構造変化を、0.1−100 ナノメートルの幅広い空間スケールで観察しました。この実験には、メゾスコピックレベル3)の構造を観測することに最適なX線小角散乱法4)という方法を用いました。

X線小角散乱法で得られたデータを詳細に分析したところ、セシウムイオンの吸着はバーミキュライト中の特定の層の間に、ある程度まとまった集団として(協同的に)取り込まれることがわかりました(図1a)。そして、これが原因で2つの層がはがれることもわかりました(図1b)。これは、一つのセシウムイオンが2つの層の間に吸着すると、その隣にもセシウムイオンが吸着しやすくなるため、2つの層がはがれやすくなるのだと考えられます。さらに、はがれた2つの層の表面も新たな吸着サイトになることから、バーミキュライトはドミノ倒しのように次々とセシウムイオンを吸着していく特異な性質をもつことが明らかになりました。図2に、セシウムイオンの吸着に併せて進行するバーミキュライトの構造変化を模式的に示しました。

このように、セシウムイオンの吸着による粘土鉱物の構造変化を定量的に明らかにした報告は今までに例がなく、福島県の環境回復問題に有用な知見を与えています。また、本研究では、粘土鉱物の構造を分析するための定量的な理論モデルを構築することに世界で初めて成功しており、原子力分野のみならず、環境科学、分析化学、材料科学、ナノ構造科学など、様々な研究分野への応用も期待されています。

【今後の展開】

福島県内の土壌には、本研究で対象にされたバーミキュライト以外に、風化過程にある黒雲母やスメクタイトなど、セシウムイオンと相互作用する粘土鉱物が多く存在します。これらの鉱物についても今後、詳細な分析を進めていきます。また、X線を用いた分析のみならず、今後は中性子線5)を利用する分析も実施する予定で、土壌からのセシウムイオンの除染や放射性廃棄物の減容化方法、新たな環境移行挙動モデルなどの提案へと発展させることが期待されます。

【参考図】



【用語解説】

1)バーミキュライト

バーミキュライトは福島県内に偏在する粘土鉱物の一つで、セシウムイオンに対して非常に高い親和性を示します。国外では、過去の核実験等で汚染させた地域において放射性セシウムとの関連で精力的な研究が実施されてきました。国内でも、東京電力株式会社福島第一原子力発電所での事故以来、頻繁に研究対象として取り上げられています。その構造は、ケイ素やアルミニウムの酸化物からできた薄いシート状の無機結晶が何層にも積み重なって形成されており、その層間に陽イオンを取り込むことが可能です。セシウムイオンもこの層間に取り込まれ吸着します。
バーミキュライトの産地は、南アフリカなど外国産が大部分をしめていますが、国産バーミキュライトは、福島県産が有名で、焼成加工されたバーミキュライトは、園芸用の土壌改良材として広く一般販売されています。

2)中間貯蔵施設
福島県において、除染で取り除いた土や放射性物質に汚染された廃棄物を、最終処分をするまでの間、安全に管理・保管するための施設です。詳細は環境省HP(http://www.env.go.jp)を参照のこと。

3)メゾスコピックレベル
物質科学の研究分野ではミクロとマクロの中間領域の空間スケールを指します。ここでいうミクロとは、原子・分子レベルのサイズを指し、一般的には0.1−1 nmの空間スケールを意味します。マクロとは1 mm(= 1000 nm)以上の空間スケールを指すことが一般的です。つまり、1−1000 nmの空間スケールが本文中のメゾスコピックレベルに対応します。

4)X線小角散乱法
X線を試料に照射すると試料内部の構造に依存して、X線が様々な角度に、様々な強度で散乱されます。この散乱されたX線のうち、散乱角が小さいものを観測する測定方法をX線小角散乱法と言います。散乱角が小さなX線には、上記のメゾスコピックレベルの構造情報が含まれるため、これを分析することで定量的な構造情報を得ることができます。

5)中性子線
上記のX線小角散乱法に加えて、中性子小角散乱法という分析手法が存在します。X線は試料中の電子と相互作用して散乱されるため、重い(原子番号の大きな)元素からの構造情報を抽出することに長けています。一方、中性子線は試料中の原子核と相互作用して散乱されるため、その散乱能は原子番号に比例せずに、それぞれの元素が固有の散乱能を示します。この場合、X線では検出が難しい水素からの構造情報を抽出することが可能となり、粘土鉱物中の水分子の挙動を調べることができます。従って、X線と中性子線の双方を相補的に用いることが、より詳細な試料の状態を明らかにすることに繋がります。中性子線の利用は、茨城県東海村にKEKとJAEAが共同で建設・運営している加速器施設(J-PARC)やJAEAの研究用原子炉(JRR-3)において実施することが可能です。

【問合せ先】
<技術的な問合せ先>
独立行政法人 日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究センター
量子ビーム反応制御・解析技術研究ユニットアクチノイド錯体科学研究グループ 兼福島環境安全センター
ユニット長 矢板 毅(やいた つよし) TEL:0791-58-2603 FAX:0791-58-0311
研究副主幹 元川 竜平(もとかわ りゅうへい) TEL/FAX:029-284-3747

<報道に関する問合せ先>
独立行政法人 日本原子力研究開発機構 広報部
報道課長 中野 裕範(なかの ひろのり) TEL:03-3592-2346、FAX:03-5157-1950

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
広報室長 岡田 小枝子(おかだ さえこ) TEL:029-879-6046、FAX:029-879-6049

一般財団法人 電力中央研究所 広報グループ
主任 林田 正輝(はやしだ まさき) TEL: 03-3201-5349、FAX:03-3287-2863

国立大学法人 山形大学 工学部 総務課広報室
主任 齋藤 均(さいとう ひとし) TEL: 0238-26-3419、FAX:0238-26-3777

関連サイト

日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究センター
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
電力中央研究所
山形大学工学部

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