BelleとBaBarの初めての共同解析について
-CP対称性の破れに関する新しい基準モードの確立-
#プレスリリース
平成27年8月5日
報道関係者各位
Belle国際共同実験グループ
BaBar国際共同実験グループ
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
本研究成果のポイント ○B中間子が中性D中間子と軽い中性中間子の二つの粒子に崩壊する過程にみられる「CP対称性の破れ」の現象を発見した |
【概 要】
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)におけるKEKB電子陽電子衝突型加速器を用いた国際共同実験であるBelle(ベル)実験※1グループは、米国SLAC研究所のPEP-II電子陽電子衝突型加速器を用いた国際共同実験であるBaBar(ババール)実験※2グループと共同で、B中間子が中性D中間子と軽い中性中間子の二つの粒子に崩壊(二体崩壊)する過程におけるCP対称性の破れ※3を世界で初めて発見しました。
今回発見された崩壊過程では、標準理論に基づいた理論計算を行うとCP対称性の破れの予言値を高い精度で求めることができます。2016年から加速器の試験運転が始まる予定のBelle II実験では、B中間子の崩壊過程でのCP対称性の破れについて、超精密測定が計画されており、今回見つかった崩壊過程は、同実験において実験・理論を較正するための優れた基準モードになると期待されます。
この研究成果は、アメリカ物理学会誌「Physical Review Letters」に7月26日受理され、近くに掲載予定である。
【背 景】
私達の住んでいる世界は物質ばかりで構成されており、反物質だけで構成されたものは存在しません。しかし、最近の宇宙論によるとビッグバン直後に粒子と同じ数の反粒子が生成されたはずであり、その反粒子が消えてしまった過程は大きな謎の一つです。粒子と反粒子の違いを表す「CP対称性の破れ」の研究は、その謎を解き明かす大きなカギとなります。
CP対称性の破れが初めて確認されたのは1964年の中性K中間子の崩壊測定です。この現象が自然に起こるためにはクォークが6種類あればよいとする「小林・益川理論」が提唱されたのが1973年。その後、三田一郎博士らの研究により、B中間子の崩壊では、中性K中間子の崩壊よりCP対称性の破れが大きいことが予想され、生出勝宣博士(KEK)、P. Oddone博士(ローレンス・バークレー国立研究所)らにより電子と陽電子のビームを非対称なエネルギーで衝突させて大量のB中間子とその反粒子である反B中間子を生成する「Bファクトリー」の構想が生まれました。
Bファクトリー実験は日本とアメリカの2つの国でそれぞれKEKB加速器を用いたBelle実験およびPEP-II加速器を用いたBaBar実験として計画され、両実験とも1999年に実験を開始。2001年にはそれぞれ独立に、小林・益川理論の予言したとおりの大きさでB中間子におけるCP対称性の破れを観測しました。この結果が小林誠、益川敏英両博士の2008年ノーベル物理学賞受賞につながりました。その後も、Belle実験とBaBar実験はB中間子の様々な崩壊過程におけるCP対称性の破れの研究でしのぎを削り、BaBar実験は2008年まで、Belle実験は2010年まで実験データの収集を続けました。
得られたデータの解析は現在もなお精力的に行われていますが、その中でそれぞれの実験の独立解析では検出した事象の数が不足してCP対称性の破れの確定ができない、いくつかの重要な崩壊過程が明らかになりました。そこで、これを解決する強力な手段として両実験のデータを統合して共同解析するというアイディアが生まれました。データの共同解析自体は近年LHC加速器を使ったATLAS実験、CMS実験、LHCb実験などでの例がありますが、それらは同じ加速器を使用した実験で、個々に発表された結果が明らかになってから共同解析が提案されています。一方、異なる加速器を用いて研究する独立した実験グループが、テーマを選択する開始時から共同解析を企図してそれを遂行し、その結果を発表した例は今回が初めてです。これを契機に次の共同解析がすでに進行中であり、他にもいくつかのトピックで共同解析を検討中です。
【研究内容と成果】
B中間子におけるCP対称性の破れを測定する場合、B中間子と反B中間子の崩壊時間差※4をそれぞれ測定し比較します。より具体的には、崩壊時間差ごとのB中間子と反B中間子のイベント数の差で定義される「非対称度」を計算し、その大きさが0、すなわち差がない状態からどれだけずれているかを統計的手法を用いて評価します。
今回の共同データ解析では、B中間子と反B中間子がそれぞれ中性D中間子と軽い中性中間子に崩壊する過程※5の崩壊時間差を比べることで、CP対称性の破れが発見されました。
この崩壊モードは、2001年にBelle実験がCP対称性の破れを観測する際に用いられた黄金モード(B中間子がチャーモニウム中間子と中性K中間子に二体崩壊)※6と比べても、標準理論を越える予想外の物理過程や新粒子などの寄与がさらに小さいと考えられています。そのため標準理論の精密検証を行うための基準となる重要なモードであることが以前から指摘されていました。
しかしながら、対象とする崩壊過程の発現確率がそもそも小さいため、成果を競ったBelle実験とBaBar実験ともに、単独では十分な事象数を確保することができず、「発見」の基準となる統計的有意性(標準偏差の5倍=5σであること)を越えることができませんでした。そこで両実験では今回初めてそのデータを統合、解析の全工程にわたって条件や手順を揃えた共同解析を行うことで感度の最大化を図りました。その結果、このB中間子の中性D中間子と軽い中性中間子への崩壊モードにおいて、CP対称性が破れていないとする仮説は200万分の1以下の確率で棄却、すなわち、5.4σの統計的有意性でCP対称性の破れを最終的に「発見」することができました(図1)。なお、測定されたCP対称性の破れの大きさは標準模型の予想とよく一致していました。
【本研究の意義、今後への期待】
現在、日本を中心とした国際共同実験として、次のBファクトリー実験であるSuperKEKBプロジェクトが進行中です。Belle実験にビームを供給したKEKB加速器およびBelle測定器をそれぞれSuperKEKB加速器とBelle Ⅱ測定器にアップグレードすることで、これまでの性能の約40倍へと飛躍的に向上させます。これは今回のような共同解析に例えるなら40の実験チームが合同で研究することに匹敵し、大量の統計データを画期的に取得することにより、CP対称性の破れをはじめ、稀にしか起こらない各種の崩壊過程における新しい物理現象の発見を目指しています。
新しい物理現象があった場合、その影響は標準模型の期待値からの測定値のずれとして現れます。今回の研究結果はその新たな基準を与えるものであり、2001年の観測の際に用いられたB中間子がチャーモニウム中間子と中性K中間子に崩壊するモードと合わせて、これからのBelle Ⅱ実験でCP対称性の破れの理解をさらに深めていく上で重要です。
今後も、これ以外の重要な崩壊モード(例えば中性D中間子がKSπ+π−へ三体崩壊する場合)について、今回同様の共同解析の手法を使うことを検討しています。
【参考図】
図1:今回測定したモードの測定結果。
Belle実験の772×106個とBaBar実験の471×106個の実験データを合わせた結果である。横軸は崩壊時間の差、縦軸はイベント数、青十字点はB中間子の崩壊、赤十字点は反B中間子の崩壊の測定結果を表す。各時間差の点で青十字点と赤十字点を見比べると「差」があることが分かる。この差を統計的手法で評価すると5.4σ(標準偏差の約5倍)のずれとなる。このずれの大きさは、この崩壊モードにおいてCP対称性が破れていることの「発見」に相当する※7。
【お問い合せ先】
<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
素粒子原子核研究所 教授/Belle実験共同代表
堺井 義秀(さかい よしひで)
国立大学法人 奈良女子大学
研究院 自然科学系 物理学領域 准教授/Belle実験共同代表
宮林 謙吉(みやばやし けんきち)
Tel/FAX : 0742-20-3388
E-mail : miyabaya@cc.nara-wu.ac.jp
<報道担当>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 岡田 小枝子
Tel: 029-879-6046
Fax: 029-879-6049
E-mai: press@kek.jp
【用語解説】
※1 Belle (ベル)実験
KEKつくばキャンパスで、2010年まで行われていた電子陽電子衝突型加速器実験。世界15の国と地域から約400名の研究者が参加した国際共同実験である(2010年当時)。電子陽電子衝突型加速器実験として蓄積したデータ量は今日でも世界最大であり、その解析は現在も活発に継続している。
現在は、さらなる高性能化を目指した「Belle II実験」へとアップグレードを行っている。粒子の衝突に使う加速器のパワーアップと、測定器のアップグレードにより更なる精密測定を目指す。 そして素粒子の標準理論では説明できない「未知の物理現象」の探索を行う。Belle II 実験には世界23の国と地域から約600名の研究者が参加している
※2 BaBar(ババール)実験
アメリカ合衆国のSLAC国立加速器研究所で、2008年まで行われていた電子陽電子衝突型加速器実験。Belle実験と同じくB中間子の崩壊過程におけるCP対称性の破れの測定を主目的とする。蓄積したデータの解析は現在も精力的に続けられている
※3 CP対称性の破れ
粒子と反粒子の違いを表す指標。今回は、B中間子とその反粒子である反B中間子の崩壊時間差を測定することで求めている。
※4 崩壊時間差
Bファクトリー実験では、B中間子と反B中間子は必ずペアで生成される。崩壊時間差とは、B中間子(反B中間子)の崩壊した時刻を基準(時刻0)にしたときに、ペアでできた反B中間子(B中間子)がいつ崩壊したかを表す指標。B中間子と反B中間子の崩壊確率が全く同じであれば、それぞれの崩壊時間差は時刻0を中心に線対称な形になり、異なれば非対称になる。
※5 今回測定した崩壊モード
今回の解析では、以下の図のように、B中間子が中性D中間子と軽い中性中間子の2つの粒子に崩壊するモードを測定した。この解析には、中性D中間子が(K+ + K-)や(Ks + π0)、(Ks + ω)のような特殊な終状態を要求する。これを満たす崩壊確率は非常に小さく、十分なデータ数を集めることができなかったため、これまでこの崩壊モードでのCP対称性の破れは確証には至らなかった。
※6 黄金モード
B中間子からJ/Ψ(チャーモニウム中間子)とKs(ケー・ショート中間子;短寿命の中性K中間子)に崩壊するモード。Bファクトリー実験で最優先に解析が進められた。このモードへの崩壊確率は大きく、データ数も集めやすいため「黄金(ゴールデン)モード」とよばれている。2001年にB中間子におけるCP対称性の破れを最初に発見したのは、このモードである
※7 CP対称性の破れを測定する方法
B中間子と反B中間子の崩壊後の状態がCP固有状態にある崩壊モードを使って測定を行う。崩壊時間差ごとのB中間子と反B中間子のイベント数の差で定義される「非対称度」を計算し、その大きさが0(=差がない)からどれだけずれているかを統計的手法を用いて評価する。そのずれが標準偏差の5倍より大きいとき「CP対称性が破れていることを発見」と主張できる。
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