自然界に金や白金が多く存在する理由を解明する糸口を発見
#プレスリリース-中性子魔法数126で構成された未知原子核の生成法を確立-
平成27年11月4日
報道関係者各位
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
ソウル国立大学
基礎科学研究院
ガニール国立研究所
○ キセノンと白金の間で複数の核子を交換する反応を用いて、中性子魔法数126で構成される未知原子核を生成する断面積を測定し、未知原子核が多量にできていることを解明。 |
【概 要】
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所の短寿命核グループは、大阪大学、ソウル国立大学、基礎科学研究院(IBS)、ガニール国立研究所、オルセイ核物理研究所(INP)、トリノ大学、レニャーロ国立研究所、パドバ大学と共同で、自然界に存在する金や白金の起源となる中性子過剰核を人工的に生成する方法として、キセノンと白金の原子核の間で起こす多核子移行という反応が有効であることを明らかにし、「自然界になぜ金と白金が多量に存在するか」という謎の解明に新たな一歩を切り開きました。
宇宙では、中性子を過剰に持つために不安定な中性子過剰核が、さらに中性子の吸収とβ崩壊を繰り返して、金や白金を含むウランまでの元素が生成されています。その中で、中性子数126の不安定核は比較的安定ですが、不安定核であることには変わりがなく、いずれβ崩壊を起こして金と白金になります。
逆に言えば、金や白金ができる理由を知るためには、中性子数126の不安定な中性子過剰核の質量や、β崩壊の寿命についての情報が必要ですが、これらの中性子過剰核の人工的な生成は難しく、そうした情報を得るための測定実験は確立していませんでした。
しかし今回、キセノンの原子核を加速して白金の原子核に衝突させ、白金とキセノンの間で互いに核子を移行させて中性子過剰核を作る「多核子移行反応」を試み、中性子過剰核の断面積の値から、中性子過剰核の数を算出したところ、中性子数126の中性子過剰核が理論予測よりも多く生成できていることがわかりました。
以上のように、多核子移行反応は、中性子数126の中性子過剰核を生成する手法として有効であることがわかり、中性子過剰核の質量やβ崩壊の寿命から金や白金ができる理由を探るための第一歩として重要であることが示されました。
本成果は、アメリカ物理学会誌「Physical Review Letters」の10月23日号に掲載されました。
【背 景】
自然界には酸素や鉄、ウランなど、さまざまな元素が存在しています。観測された太陽系の元素の存在比分布から、元素には比較的多く存在するものと、少ししか存在しないものがあることが知られています。金や白金は比較的多く存在する元素ですが、なぜそれらは多く存在するのでしょうか。
原子はプラスの電気を持った原子核の周りをマイナスの電気を持った電子が取り巻く構造をしており、原子核はプラスの電気を持つ陽子と電気を持たない中性子から構成されています。陽子の数(原子番号)が違う原子核は、その周りを取り巻く電子の数が異なり、化学的な性質が違う別の元素になります。同じ元素でも中性子の数が異なるものがあり、それらは同位体と呼ばれます。ある陽子の数に対して原子核が安定に存在する中性子の数は決まっており、例えば陽子の数が8の酸素の場合、中性子の数が8、9、10の同位体が安定に存在します。それ以外のものは安定に存在しない不安定な原子核(不安定核)であり、安定な原子核になるまで崩壊を続けます。また、陽子や中性子の数が8、20、28、50、82、126の原子核は特に安定となります。これらの数は「魔法数※1」と呼ばれています。
自然界に金や白金が比較的多く存在する理由は次のように考えられています。宇宙の中で中性子が多く存在する場所があれば、そこでは安定な原子核が周りの中性子をたくさん吸収し、安定な原子核に比べて中性子の多い原子核(中性子過剰核※2)が生成されます。不安定な中性子過剰核は中性子が陽子に変わるベータ崩壊を起こして別の元素となります。このように中性子の吸収とベータ崩壊を次々と繰り返してウランまでの元素が生成されたと考えられています。この元素合成過程は速い(rapid)中性子捕獲過程(r過程)と呼ばれます。r過程では不安定な中性子過剰核が生成されますが、原子核を構成する中性子数が魔法数の126となる原子核では、比較的安定となるため、それ以上中性子を吸収できずにベータ崩壊が起こるのを待つ状態になると考えられています。ベータ崩壊を起こして、原子番号が一つ増え、中性子数が一つ減った原子核も再び中性子を吸収して中性子数が126となり、次のベータ崩壊が起こるのを待つことになります。このような状況が繰り返されて中性子数126で構成された原子核がたくさん溜まるようになります。なんらかの原因で周りの中性子数が減少すると原子核が中性子を吸収することができなくなってr過程は終了します。中性子数が126のたくさんの中性子過剰核は次々とベータ崩壊を起こして最終的に安定な金や白金が生成されたと考えられています(図1)。
r過程が起こる場所として、重い星がその一生を終えるときに起こす超新星爆発や2つの中性子星の合体などが候補として考えられていますが、その特定にはr過程が起こる環境の温度や中性子の密度などの情報が必要になります。r過程のシミュレーションを用いて温度や中性子の密度を推定することができますが、そのためには中性子魔法数126で構成される中性子過剰核の質量やベータ崩壊の寿命に関する情報が必要です。これらの不安定核は天然には存在せず、また人工的に生成することが困難であるため、これまでに測定が行われてきませんでしたが、自然界に存在する金や白金の起源となる天体を特定する上で重要な原子核なのです。
近年、中性子魔法数126で構成される中性子過剰核を生成する手段として、中性子数の多い重い原子核にキセノンの原子核を加速して衝突させ、二つの原子核の間で陽子や中性子(まとめて核子と呼ぶ)を交換する核反応の有効性が理論的に提唱されました。この反応は多核子移行反応※3と呼ばれ、天然に存在しない不安定な原子核を生成する有力な手法とされてきましたが、中性子魔法数126で構成された中性子過剰核を生成する方法としての有効性は実験の難しさからこれまで実証されていませんでした。フランス・ガニール国立研究所で開発されたスペクトロメーター※4VAMOS++は原子核同士の反応で生成される重い原子核を測定するのに適しており、このスペクトロメーターを用いることで多核子移行反応により生成される重い原子核の直接測定が初めて可能になりました。
【研究内容と成果】
重い原子核として白金の原子核に核子あたり8百万電子ボルト※5に加速したキセノンの原子核を衝突させ、二つの原子核の間で多核子移行反応を起こさせました。加速されたキセノンの原子核を入射核、標的として静止した白金の原子核を標的核と呼びます。また、多核子移行反応によって入射核に複数の核子が移行して生成される原子核を入射散乱核、標的核に複数の核子が移行して生成される原子核を標的散乱核と呼びます(図2)。中性子魔法数126で構成された中性子過剰核は標的散乱核として入射散乱核と同時に生成されるわけです。本研究では、高分解能なVAMOS++を用いて入射散乱核を個々の同位体のレベルで識別し、計数することで、同時に生成された標的散乱核の生成量を導き出すことに成功しました。
多核子移行反応で生成される入射散乱核と標的散乱核はその状態に応じて中性子を放出することが知られています。これは原子核同士の反応で生成された原子核は熱い状態にあり、中性子を放出することで冷めるためです。VAMOS++で測定された入射散乱核は中性子を放出した後の入射散乱核ですが、測定された情報から放出された粒子の数を計算することで、標的散乱核の同位体分布を導き出しました。得られた標的散乱核の生成量分布からは、中性子魔法数126で構成された標的散乱核の生成断面積※6が、従来の理論予測に比べて2倍から10倍程度増大していることが観測されました(図3)。
【本研究の意義、今後への期待】
この研究成果は、キセノンと白金の原子核による多核子移行反応の断面積を測定することで、中性子魔法数126で構成される未知の中性子過剰核を生成する手法として、多核子移行反応が有効であることを初めて実証した点にあります。現在KEKの短寿命核グループでは多核子移行反応によって生成された標的散乱核から特定の同位体のみを取り出し、そのベータ崩壊の寿命や正確な質量を測定するための同位体分離装置(KISS:KEK Isotope Separation System)の開発を進めています。中性子魔法数126で構成された中性子過剰核の寿命や質量を測定することで金や白金の起源となる天体の特定を目指しています。
【参考図】
図1:r過程の経路と金・白金の生成。
横軸は中性子の数、縦軸は陽子の数を表し、それぞれの四角は対応する数の中性子と陽子で構成された原子核を表している。黒い四角は安定な原子核を表す。r過程で起こる中性子の吸収経路を黒い矢印、ベータ崩壊を青い矢印で表している。緑の矢印は、r過程終了後に中性子魔法数126の領域に溜まった原子核がベータ崩壊を繰り返して最終的に安定な金や白金を生成することを表している。
図2:多核子移行反応。
加速した原子核(入射核)を静止した原子核(標的核)に衝突させて2つの原子核の間で複数の陽子や中性子を移行させる反応。反応により入射核から生成された原子核を入射散乱核、標的核から生成された原子核を標的散乱核と呼ぶ。
図3:測定から得られた標的散乱核の同位体分布(オスミウムの場合)。
横軸は質量数(陽子と中性子の数の和)、縦軸は断面積、赤丸は実験値を、黒線は理論予測値を表す。構成する中性子数が126となるオスミウムの未知同位体において実験値は理論予測値に比べて4倍程度大きな断面積を示している。
【お問い合せ先】
<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
素粒子原子核研究所 和光原子核科学センター(研究機関講師) 渡辺 裕
Tel: 048-462-8112
Fax: 048-462-8112
E-mail: yutaka.watanabe@kek.jp
Seoul National University
Prof. Seonho Choi
Tel: +82-2-880-9193 (office), +82-10-4762-7953 (cellular)
E-mail: choi@phya.snu.ac.kr
<報道担当>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室報道グループリーダー 岡田 小枝子
Tel: 029-879-6046
Fax: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp
Grand Accélératur National d'Ions Lourds (GANIL)
Dr. Jean Charles Thomas
Seoul National University
Mr. Minho Jung (PR Director of the University)
Tel: +82-2-880-5054 (office)
E-mail: minho@snu.ac.kr
Ms. Ji-in Jeon (In charge of PR at College of Natural Science)
Tel: +82-2-880-8156
E-mail: t0512@snu.ac.kr
【用語解説】
※1. 魔法数
原子核を構成する陽子や中性子の数が8、20、28、50、82、126に一致するときに原子核は周囲の原子核よりも比較的安定な性質を持つことから、これらの数を「魔法数」と呼ぶ。
※2. 中性子過剰核
ある陽子の個数に対して特定の範囲の中性子の個数を持つ原子核のみが安定な同位体元素として地上に存在できる。それよりも多い中性子を持つ原子核は中性子過剰核と呼ばれる。中性子過剰核は不安定なため、安定な原子核になるまで崩壊を繰り返す。
※3. 多核子移行反応
加速した原子核(入射核)を静止した原子核(標的核)に衝突させて2つの原子核の間で複数の陽子や中性子を移行させる反応。反応により入射核から生成された原子核を入射散乱核、標的核から生成された原子核を標的散乱核と呼ぶ。(図2)
※4. スペクトロメーター
原子核同士の反応で生成・散乱された原子核の運動エネルギーや散乱角度に関する情報を測定し、原子核の種類を特定したり、反応の性質を調べる装置。
※5. 電子ボルト
真空中の電子が1ボルトの電位差で加速されて得るエネルギー。
※6. 断面積
原子核の反応の起こりやすさは、原子核がどの程度の大きさに見えるかという断面積で表される。断面積が大きいほど反応が起こりやすいことを表している。
関連サイト
KEK短寿命核グループ
GANIL研究所
基礎科学研究院(IBS)希少同位体科学プロジェクト(RISP)
ソウル国立大学 物理学部
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