オートファジー 一筋

 

オートファジーは、細胞が飢餓状態の時に自己のタンパク質を分解してエネルギー源としたり、不要なタンパク質を分解したりする「細胞のリサイクル機能」と捉えられている。だが、それだけでは語り尽くせないほど、オートファジーの奥は深い。ノーベル生理学医学賞の受賞が決まった大隅良典・東京工業大学栄誉教授と15年もの間共同研究を続けてきた、北海道大学の故・稲垣冬彦教授、微生物化学研究会の野田展生主席研究員(写真)のグループが今年(2016年)発表した成果も、そんなオートファジーの深遠さを感じさせる。


野田展生 主席研究員


               出芽酵母
オートファジーで安全に輸送

オートファジーは、さまざまなものを分解する一方、分解対象にはある程度の選択性がある。この研究では、選択性の高いオートファジーとして、酵母のアミノペプチダーゼという酵素を包み込むしくみを明らかにした。酵母は、大隅栄誉教授が初めてオートファジーを発見した微生物で、液胞という大きな器官を持つ。液胞には、動物細胞のリソソームと同様、タンパク質を分解する酵素が存在し、オートファジーによって運ばれた不要なタンパク質などを分解する。

アミノペプチダーゼは、実はこの液胞で働くタンパク質分解酵素そのものである。液胞で働くとはいえタンパク質であるので、他のタンパク質同様細胞質のリボソームで合成される。そのアミノペプチダーゼを液胞に運ぶために、酵母はオートファジーを利用しているというのである。野田主席研究員は、放射光を利用したX線結晶構造解析によって、タンパク質の立体構造解析を専門としている。KEKフォトンファクトリー、およびSPring-8を利用して結晶構造解析を行った結果、アミノペプチダーゼが12個集まった12量体を形成していること、そして各末端からコイル状の領域が12本外に突き出していることを見出した(図1)。

コイル部分を詳しく調べると、アミノペプチダーゼ同士を繋ぐ役割をしていることが分かった。コイルが3本巻きつき合い、正確には、1つの12量体から2本、別の12量体から1本、それぞれ出し合って結合を作り、タンパク質の凝集体ができる(図2)。


図1 アミノペプチダーゼ12量体の構造。プロペプチドというコイル(赤色)が12本外に突き出ている。この図では10本が見えている状態で、残り2本は裏側にある。


図2 アミノペプチダーゼの凝集体。突き出たコイル部分を互いに出し合い、3本で結合する。

タンパク質の凝集とは、そのタンパク質が機能を果たせなくなることを意味する。ゆで卵の白身はまさに凝集したタンパク質の塊であるし、パーキンソン病など異常なタンパク質の凝集が原因で起こる疾患も多数ある。アミノペプチダーゼの凝集も機能を働かなくさせるためと考えられる。「タンパク質分解酵素が細胞質にいっぱいいたら、危ないでしょう? だから合成されると自動的に凝集して、オートファジーで安全に液胞まで持っていくんです」と、野田主席研究員は語る。


図3 凝集体表面に結合する「荷札」のAtg19。
これも3本のコイルで結合している


図4 荷札を認識するAtg8。Atg8 には膜の材料(PE)がついており、Atg8 の結合と共に膜が形成される。

凝集したアミノペプチダーゼが液胞まで運ばれるには、「荷札」が必要になる。その役割をするのがAtg19というタンパク質で、これにもコイル状の構造がある。アミノペプチダーゼの代わりに、Atg19のコイルが結合することで「荷札」が付く(図3)。Atg19が付いてしまったコイルはもうそれ以上他のアミノペプチダーゼと結合できなくなる。こうして、Atg19が凝集体の表面を覆うように結合することが、凝集体のサイズ、つまりオートファジーで運べる荷物の大きさを決めていることが明らかになった*1

荷札が付くと、それを読むためのタンパク質Atg8が来る。Atg8はオートファジーの初期段階で、膜の材料であるリン脂質が付加されているので、必ず膜と行動を共にしている。そして膜上のAtg8が荷札Atg19と結合し、凝集体は無事、膜に包まれる(図4)。

共通の認識のしくみ

「これは、凝集体を作る特殊なタンパク質だし、酵母特有の現象です。かなり特殊な系と言えますが、同じしくみで色々なものを包むことができるんですね」同じしくみとは荷札を認識するタンパク質Atg8。ほ乳類ではLC3という別な名前のタンパク質が同じ働きをしている。そして、荷札が変われば、もっといろいろなものを包むことができるのだ。

「この認識のしくみはフォトンファクトリーで解いた自慢できる仕事の一つですね」と野田主席研究員が語るのは、Atg8/LC3が認識する共通のアミノ酸配列、WXXL(トリプトファン-X-X-ロイシン、Xは任意のアミノ酸)*2。この配列がわかったおかげで、Atg19のような荷札タンパク質が次々と見つかった。例えば、Atg32はミトコンドリアの荷札で、ミトコンドリアが深刻なダメージを受けると外膜にAtg32が付加される。昨年、東京工業大学の中戸川仁准教授は大隅研究室との共同研究で、核の荷札Atg39と小胞体の荷札Atg40を発見し、核や小胞体の一部をちぎり取って膜に包み込むことを観測した。なんとオートファジーは、核さえも食べている。

引き継がれた強い思い

野田主席研究員は、2001年に東大で学位を取得後、北大の稲垣研究室に移った。「ちょうどその頃、大隅先生は、稲垣先生にAtg8の構造解析の依頼をしていたんです。しかし稲垣先生は『1個じゃつまんないから(関連タンパク質を)全部やりたい』と答えられ、結晶構造解析が専門の私が引き受けることになりました」。

「全部やりたい」という言葉には、稲垣教授の強い思いが垣間見える。稲垣教授は、多数のタンパク質が協働して1つの生命現象を実現するシステムを、構造生物学から捉えようとしていた。野田主席研究員もその思想に深く感化され、2011年に稲垣研究室から独立した後もオートファジー一筋でここまで来た。しかし、構造を決めても役割が分からないタンパク質も多く、論文を書くのは苦労の連続だと語る。「最初Atg8も何をしているのかさっぱりわからなかったんです」。



稲垣研究室のメンバーと、大隅栄誉教授。2006年、オートファジーの国際会議にて。

大隅栄誉教授も、そんな稲垣教授に全幅の信頼を置き、他の構造生物学者とは一切共同研究をしていないという。「それはもう、稲垣先生のお人柄ですね」と言う、強い信頼で結ばれたチームはずっと世界をリードし続けている。残念ながら、稲垣教授は、2016年6月、ノーベル賞受賞の直前に逝去され、ここで紹介したアミノペプチダーゼの成果が最後の論文となった。

「オートファジー研究はまだ3合目」と、大隅栄誉教授はノーベル賞受賞の記者会見で話した。特に膜を伸ばしていくしくみはまだまだわかっていないことだらけだという。何をしているのかさっぱりわからなかったAtg8は、ここでも膜の伸長に関わっている可能性があるらしい。放射光が4合目、5合目と少しずつ登っていく光となるように、野田主席研究員は今でも週に1回大隅研究室に通い、ディスカッションを続けている。

*1 Cell Reports, 2016, 16, 19-27 doi.org/10.1016/j.celrep.2016.05.066
*2 Genes to Cell, 2008, 13, 1211-1218 doi: 10.1111/j.1365-2443.2008.012388.x

関連サイト
KEK物質構造科学研究所
放射光科学実験施設フォトンファクトリー

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