【KEKのひと #37】夫婦の信念「生涯第一線の研究者でいたい」 坂部知平(さかべ・のりよし)さん
#KEKのひと #物構研放射光科学研究施設・フォトンファクトリー(PF)では、加速器から発生する明るく波長の短い光・放射光で、物質や生体高分子を原子のスケールで観察します。PFの草創期、装置開発に携わった坂部知平さんにお聞きしました。
ご出身はどちらですか?
「私は満州からの引揚者なのです。1934年に大連市(現・中国遼寧省)で生まれ、戦後1948年に本籍の愛知県六ッ美村に引き上げました。農地改革で所有していた田地がすべて人手に渡っており、父は脳卒中で50年に他界。生活するのがやっとの状況の中、勤労学生として高校を卒業し、名古屋化学工業所でペンキ塗装工として日雇い同然で働きました」
そこからどのように学問の道へ?
「高校時代の親友から、『大学だけは出ろ』と何度も説得され、自宅から通える愛知学芸大学(現・愛知教育大)に入学しました。妻・貴和子に出会ったのはこの頃です。在学中、家庭教師のアルバイトをしながら、名古屋大学を受験して合格。理学部化学科を卒業し、同大学大学院では、天然物有機化学を専攻しました」
その分野に興味を持たれたのはなぜですか?
「元々文科系的センスに欠け、国語や作文などは大嫌いでした(笑)高校時代にキュリー夫人の伝記を読み、女性は特に極わずかしか大学に進めない時代に、貧しい生活から大学へ進み研究されたことに大変感化されました。大学では最初、黄変米毒素の構造解析をしていましたが、有機物の構造を解析するにはX線解析が有効であることを知りました。『天然物のX線結晶解析は誰でもできる手段になるだろう』と予測、同じ分野の研究をしていた妻の貴和子と相談し、当時の日本では、大阪大学の角戸正夫教授の研究室でしか始められていなかったタンパク質の結晶解析を、妻と2人で独立して行うことにしました」
生化学者のドロシー・ホジキンさん(1964年ノーベル化学賞受賞)に影響を受けられたそうですね。
「1972年に京都で開催された国際結晶学会で、イギリスの生化学者ドロシー・ホジキン先生に初めてお会いしました。その時の発表をほめていただき、また、当時国際結晶学会連合に加盟していなかった中国の研究について、ドロシー先生が『少し悲しいですが、中国の電子密度図の方が私たちのものよりも良いのです』とおっしゃっていました。ドロシー先生のその様子にふれ、『研究は競争相手を負かすことではなく、真実を知り科学の発展に役立てること』なのだと感激し、それを実行している人を目の当たりにして、気が付くと涙が頬を伝っていました」
そこから、ドロシー先生のところへ留学されたのですね。
「はい。その場で留学を申し出ると、私と妻二人を受入れてくださり、オクスフォード大学に行けることになりました。73年から2年間、ドロシー先生の下で学びました。大変親切で優しい先生ですが、学問的には間違いを犯さないように厳しく自己規制するとともに、私たちに対しても、間違いを犯さないように厳しく教育してくださいました」
KEKのPF草創期にはどのような経緯で関わることに?
「タンパク質のデータ収集は、当時X線発生装置というもので行っており、一つのデータを取るのに1年かかっていました。そのような時代に、PF創設者の高良和武先生に出会い、『データ収集が数時間で可能になる』と言われたのを聞き、『大法螺吹き』と思いました(笑)半信半疑で、もしそれが可能になれば使わせてもらいたいと思っていたら、いつの間にか利用する立場から、利用してもらう立場になっていました。PFに着任したのは85年7月のことです」
PFの初期のビームラインの開発に携わられたのですね。
「87年にはBL-6Aを作りました。放射光でデータが取れるのは当時国内でここだけでした。当時その情報をいち早く聞きつけて利用に来られたのが、ノーベル賞受賞者のアダ・ヨナットさんです。93年にはBL-18B、96年にはBL-6Bを立ち上げました。この間、利用者は国内外で伸び、合計数百件の利用がありました」
ご自身は、貴和子さんとどのような研究を?
「少し学術用語が入り分かりにくいかもしれませんが、私たちの成果は、2亜鉛インスリンの超精密解析の結果、タンパク質に結合している水素原子の80%が確認され、しかも6個の配位子により、亜鉛周りのd-電子が再構成された状態で予測された位置に確認できたことです。これらはタンパク質X線結晶解析では初めてのことでした」
現在はどのような生活を?
「『生涯第一線の研究者でいたい』というのが私たち夫婦の信念です。研究は辛いこともありますが、新しい事実を見つけるということ、新しい装置を作ることなど、大変おもしろいことです。ですので、土日祝日も関係なく、ほとんど研究室にいて研究をしています」
(聞き手 広報室・牧野佐千子)
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