【KEKのひと #45】やっぱり物理が恋しくて 久保毅幸(くぼ・たかゆき)さん

 
世界でも少ない、アジアでは1人だけという「超伝導共振空洞理論」を研究するKEK加速器研究施設助教の久保毅幸さん。素粒子理論で博士号を取得した後、防衛省に入省した異色の経歴の持ち主です。これまでの経歴が、今の立ち位置にどうつながっているのか。聞きました。

ホワイトボードを使って研究内容を説明する久保毅幸さん

素粒子に興味を持ち始めたきっかけは?

「高校のころは、物理が好きでした。むしろ、物理しか好きじゃなかった(笑)高校で習うレベルの計算で天体の動きが分かるなど、簡単な式や仮定から出発して何が起こるか説明できる強力な予言能力に物理の魅力を感じました。素粒子はその最小単位なので、物理ではない分野の仕事に就くにしても、たしなみとして、素粒子のことは知っておきたいなと考えていました」

大学はどちらに?

「当時、日本人の自然科学系でのノーベル賞受賞者は、5人中4人が京都大学出身でした。それで、『サイエンスをやるなら』と、2001年に、京大に進みました。落ちるのが怖かったので、比較的入りやすい工学部工業化学科というところを選びました。工学部だけど、基礎化学をやっているところです」

学生時代はどのような研究を?

「学部時代はほとんど授業に出ず、試験だけ受けて、普段はほとんど飲みに行っているような生活でした。卒業研究は量子化学でした。化学反応を、実験ではなく量子力学に基づく計算で説明するような分野です。そうすると、もっとミクロな世界、素粒子の世界を理解したいと思うようになって、修士から素粒子論を始めました。修士も京大です。研究者に囲まれて研究環境がいいということで、博士は総研大に。今の岡田安弘理事が担当教官で、素粒子現象論をやっていました」

そのままKEKへ?

「それが、理論で研究者になるよりも簡単かなと、国家公務員試験を受けて合格し、2010年に防衛省に入省しました。国際政策課というところで、各国との防衛に関わる調整をする部署です。はじめのうちは面白かったのですが、2年目には物理と離れて『このままどんどん物理を忘れていってしまうのかな』とさみしくなってしまいました。そこで岡田さんに連絡を取って、今の所属のKEK加速器研究施設で博士研究員の募集が出ていることを教えてもらいました」

KEKではどのようなことを?

「2012年に入ったときは、国際リニアコライダー(ILC)の超伝導加速空洞を製作するところで研究をしていました。この分野は、素材の限界などから1990年代から性能が高止まりしていたため、一緒に空洞の研究をしていた佐伯学行さんに『どうすればもっと性能を高めることができるか、理論をやっていた久保君なら分かるのでは』と言われ、超伝導加速空洞の理論の研究をすることにしました」

具体的にはどのような研究でしょうか?

「超伝導加速空洞はニオブという素材でできているのですが、内部にナノ単位の薄い薄膜を貼ることで性能を高めることができます。その膜の厚さによって、どのように性能が変わるかなどを理論的に研究しました。最近の研究をまとめたレビュー記事を書いたものが、学術雑誌『Superconductor Science and Technology』の2017年のハイライト記事に選ばれました」

現在はアメリカにいらっしゃるとのことで、あちらでは新しい発見などはありますか?

「2017年夏からアメリカのオールド・ドミニオン大学(ODU)に滞在していて、来年の夏までの予定です。研究に集中できる環境は良いと思います。実は防衛省時代に出会った妻が、ワシントンの大学に留学中で、それなら自分もアメリカにということで来ました」

なるほど!防衛省の経験がそこにつながっているとは。今後数年くらいで、目標はありますか?

「この分野の研究でよく、超伝導空洞の性能を表すグラフを作るのですが、そのグラフの曲線が、なぜそうなっているのか。その背後にある物理は何なのか。ずっと誰も明確な答えを出せていません。何が起こっているのか、知りたいです」

ありがとうございました。

(聞き手 広報室・牧野佐千子)

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