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ダークマターはどこにある? 浦川優子 

橋本 今日は、理論センターに最近着任された浦川優子さんに、お話を伺います。

浦川 はい。よろしくお願いします。

橋本 浦川さんの場合は、研究テーマがいろいろあって、どの話がいいか迷うのですが。ご自身が今、一番気に入っている研究は?

浦川 私はいろんな物理が関わってくる話が好きで、所属先が変わる度に、周りの人の得意分野に合わせて研究テーマも変わっているという状況なんですけれども。今、とても興味があるのは、暗黒物質の候補であるアクシオンです。もともと量子色力学(QCD)で、CP対称性の破れに関して自然に予想されるパラメータが、実験的にはもっと小さくなければならないという強いCPの問題を解決するために導入されたんですけど、宇宙物理に目を転ずると、暗黒物質があるというのは、かなり確からしいと。アクシオンはその暗黒物質の一つ有力な候補になっていて、許される質量の領域が非常に広大なので、その質量に応じてアクシオンを捕まえるのにいい実験・観測が全く変わってしまいます。

橋本 少し前まで、暗黒物質といえば超対称粒子と言ってたんだけど、近頃はみんなアクシオンというじゃないですか。アクシオンは何がうれしいんでしょうか。

浦川 一つは、これまで考えられてきたWIMPという有力なものが実験で見つからないというので、対抗馬がポピュラーになってきたというのもあります。それから、アクシオンの質量が非常に軽い場合には、対応する時間スケールが長くなるので、天文や宇宙の観測でその痕跡を探ることができます。近年の観測技術の向上も相まって、天文や宇宙の人達もアクシオン探査に目を向けるようになってきたというのが一つあるのかな。

橋本 そのアクシオンは、どこにいるんですか?銀河全体に広がっている?

浦川 暗黒物質であるとするならば、銀河の周りにあるハローというのが。

橋本 ふんわりと銀河の周りに広がっている。宇宙を研究している人達は、そのふわっーと広がっているアクシオンをどうやって見つけようとしているんですか?

浦川 例えば、重力レンズ効果というのがあって、重力が光学レンズのように働いて、それによってどういう重力ポテンシャルがあるのかを測ることができます。重力レンズの観測でかなり小さいスケールの暗黒物質の空間分布までわかるようになってきたんです。そうすると、アクシオンが暗黒物質であった場合と、別の暗黒物質のモデルである冷たい暗黒物質を区別できるかもしれません。

橋本 広がり方が違う?

浦川 そうですね、冷たい暗黒物質の方が、より中心にいっぱい集まる傾向があります。

橋本 そうか。

浦川 アクシオンの場合には、小さいスケールでは圧力が働くんですが、冷たい暗黒物質の場合にはま、圧力がないのでより中心に集まる。

橋本 そういう仕組みなんだ。

浦川 そうですね。アクシオン暗黒物質と冷たい暗黒物質を区別ができるぐらい小さいスケールまで観測ができる可能性が出てきたんです。

橋本 それはすごい。浦川さんの研究は、アクシオンだったらこんな風にみえるはずだというような。

浦川 私自身が最近取り組んでいるのは、QCDアクシオンよりももっと軽いアクシオンの探査です。最近の宇宙論的観測で、裾野が広がってきた分野です。

橋本 それを、重力レンズを使って見ましょうと。

浦川 私自身が携わっているプロジェクトでは、重力レンズを少し違った形で応用しています。具体的には、電磁場つまり光にアクシオンがどういう影響を及ぼすかを見ることによってアクシオンを探査しています。

橋本 光にどういう影響が出るか?向こうから飛んでくる光が、アクシオンの中を通ると?

浦川  図を見てください。私が今関わっている観測プロジェクトとしては、活動銀河核。

橋本 ブラックホールとかいうもの?

浦川 そうですね。大きなブラックホールの周りに降着円盤があって、様々な波長に強い光を放つ活動銀河核という天体を観測するというものです。それでなぜアクシオンが測れるかというと、仕組みはごく単純です。光には2つの偏光がありますけど、アクシオンの中を伝播すると、二つの偏光モードの位相速度が異なるので偏光面が回転するんですね。その効果を見つけることでアクシオンを探索したいというわけです。

橋本 なるほど。遠い宇宙の、非常に強い光を見ると、その途中にいるアクシオンのせいで偏光面が回転しているのでその様子が見えるはずである。

浦川 そうですね。ただし、偏光面の回転を見るためには、光が放たれた時の偏光の角度を知らなければならないので、そこで天体模型の情報が必要になります。活動銀河核まで出向いてその詳細を調べるわけにはいかないので、ここに天体模型の不定性が出てきます。アクシオンを探索する上で、そう言った天体模型の不定性を取り除くのがとても重要な課題になるのですが、我々が提案した方法では、(図を見ながら)活動銀河核から出た光が、手前にある銀河で重力レンズ効果により複数のイメージで見えるものを観測します。その複数のイメージの偏光面の差を取ることによって、光が放たれた時の偏光角を知らなくても偏光面が回転したという証拠を抜き出すことができる。

橋本 同じ物を見ていたはずなのにダブって見えて、でもそれが違う偏光をもっていたら、なんかこれはなんかおかしいぞと。なるほど、すごいじゃないですか。

浦川 ありがとうございます。私自身は理論の人間なので、机の上での計算で満足していたんですけれども、電波の観測の人達がすごく気にいっていくれまして。いま動いている大きな電波望遠鏡の観測提案を書いたら2件運よく通りまして。今年の春に観測をやって、これからデータ解析をして、アクシオンのシグナルがあったのか、なかったのかというのを調べて行くことになっています。
    
橋本 すごいですね。アクシオンはもともとは素粒子理論のために発案されたもので、だけど宇宙に目を向けて探して、かつそこには活動銀河核だからブラックホールか何だかわからないけど、ものすごい物を見ないといけなくて、かつ電波望遠鏡を使い…。なんかもういろんなものをかき集めて。

浦川 そうですね。この観測プロジェクトでこれからデータ解析をして書く論文は、私自身は宇宙物理が専門なんですけど、電波の偏光の解析ができる電波の天文屋さんと、それから重力レンズの専門の人と、それから活動銀河核の模型に詳しい天文の人が入った学際研究になります。言葉が通じないことはよくあるんですけども、そういうところもまた楽しいなと。

橋本 それはいいですね。KEKに来る前はどちらにいらしたんでしたっけ?

浦川 KEKに来る前はビーレフェルト大学というドイツの大学にいました。

橋本 そちらではどういう専門の方と。

浦川 ビーレフェルト大学は、電波天文とQCD核物理が強くて、ここで何ができるかと最初は戸惑ったのですが。ひとつ電波天文で始めたのが今お話ししたプロジェクトで、もう一つ始めたのは、QCDアクシオンについてです。QCDの専門家の人達からいろいろインプットをもらってQCDアクシオンの研究を始めました。野望としては、QCDの物理を宇宙の歴史から探ることができるか、ということです。

橋本 そりゃすごい。いいですね。そうやっていろんな人がもっている人の知識を重ね合わせて、そこに自分の研究を足してさらに面白いことを導き出して行くという

浦川 そうできるといいなと思ってます。

橋本先生 いいですね、今KEKにいらして1年ぐらいですか。

浦川先生 そうですね。今まで異なる研究分野に秀でた研究所に所属してきて、それぞれの分野の最新の話を聞くことができました。例えば、ドイツにいた時はQCDの話や電波天文の話はよく聞く機会があったんですけども、一方ではあまり聞けない話もありました。そういった様々な分野の研究の進展がKEKだと全部聞けるという感じがあって。それはすごくいいですね。

浦川先生 それからもう一ついいなと思うのは、例えば、QCDの専門家が多いところに行くと、セミナーでは専門家を想定した話し方をされてしまうので、私にとってはすごくハードルが高かったんですけども、KEKだと幅広い分野の聴衆を想定したセミナーになるので、分野が異なるセミナーでも学べることが多いです。

橋本先生 これから浦川さんのような分野を勉強をしてみたいと思う学生さんに向けてお薦めしたい勉強法とかありますか? 素粒子を学んで宇宙物理も学んでというと、結構大変じゃないですか。

浦川先生 うーん。アドバイスというほどではないんですけれども、私自身こうすればよかったなと今思うのは、私自身が若い学生の頃は、まだ基礎を勉強することに精一杯で、あまりその分野全体の流れにあまり目を向ける余裕がなかったんですけれども、やっぱり若いうちから、耳学問でもいいからみんながどういうことに興味を持っていて、どういうところで行き詰まっているかを、何となくでもいいので目を向けておくといいんじゃないかと。そうすると研究の方針を決める時に、指導教員に言われたからやるということじゃなく、主体性を持って取り組めるのではないかと思います。

橋本 そうですね。セミナーを聞いてたりすると、この分野にみんなが注目しているんだなというのは、何となくわかったりして、いろんな分野のことを入れ替わり立ち替わり、話が聞けるというのは、いいこところなのかもしれないですね。

浦川 私自身が、その性格的に、基礎がわかないのに応用を聞いてもね、みたいな、そういうスタンスでいた時期があったので。それはそれとして細かいことまでわからなくてもいいから全体の流れにアンテナをはっておいたほうが、よかったんじゃないかなと思いますね。

橋本 浦川さんのこれからの研究は、まずアクシオン?

浦川 むこう3,4年は。その先はわかりませんけど。

橋本 そろそろ見つかります?

浦川 どうでしょうね。本当にパラメータ領域が広大なので見つかる可能性もあるし、見つからない可能性もあって。例えばQCDアクシオンの場合も、実験で見つけやすい質量を持っていたとすると近い将来見つかる可能性はあります。

橋本 もしそこじゃない質量のところにあったら、まだまだいっぱいやるべきことはあって。

浦川 そうですね。アクシオンの場合は、歴史は古いですけども、本当にすごく計算が難しいところもあるし、QCDの物理の予言が変わってくるとどのぐらいアクシオンがこの世界に存在するのか変わってきますし。

橋本 難しい面もあるし、まだ二転三転があるかもしれない。なるほど、わかりました。今後のご活躍に期待しています。ぜひ頑張って下さい。本日はどうもありがとうございました。

浦川 ありがとうございました。


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