高周波加速空洞は、粒子加速器の心臓部です。それは、金属製の共振器で、その内部に溜め込んだマイクロ波の電界により荷電粒子を加速します。高周波加速空洞には超伝導タイプ(純ニオブ製、極低温で運転)と常伝導タイプ(純銅製、室温で運転)がありますが、ここでは後者の常伝導タイプのみを考えます。また、以下では、常伝導高周波加速空洞を単に加速空洞と呼びます。
< 図1 >SuperKEKB /陽電子ダンピングリング加速器用の常伝導高周波加速空洞。左図 (a)は外観の写真(加速空洞本体は純銅製)。右図(b)は、 その内部の空洞領域(真空)を青色で示した模式図。紫色の矢印は陽電子(e+)ビームの通り道(25.6 cm のギャップ中で加速)。 |
ここでお話する加速空洞(以下、本加速空洞と呼びます)は、図1にあるような装置で、SuperKEKB/陽電子ダンピングリング加速器用に開発しました(詳しくは、加速器研究施設トピックス2013/9/5 参照)。その内部は、509 MHzの共振周波数を持つ空洞形状になっていて、加速器運転時、10-6〜10-5 Paの超高真空状態にします。そこに、百数十キロワットの大電力マイクロ波を投入して、図2にある加速モード電磁界を励振します。そして、中心軸上にある強い電界で陽電子ビームを(蹴るようにして)加速します。加速空洞は、より高い電界で加速出来るとより高い性能があるということになりますが、加速電界を上げると内部(真空中)で大放電による真空絶縁破壊「ブレークダウン」が発生し、粒子を加速出来なくなってしまうことがあります。つまり、加速空洞の性能を決める重要な要素は、低いブレークダウン発生率で高い加速電界を達成することです。本加速空洞の場合、加速器を運転するための加速電界を励振した時の空洞内表面上の電界強度は、高くて10 MV/m(= 10×106 V/m)程度です。これは、電界蒸発が起こる電界強度である数GV/m(= ~109 V/m)と比べると2桁も低いものです。それでも、ブレークダウンは発生します。
< 図2 >加速モード(TM010)の電磁界。左図(a)は電界ベクトル、右図(b)は磁界ベクトルのアニメーション(電界と磁界の位相を揃えて表示)。 |
電界蒸発とは、金属表面が非常に強い電界にさらされた時、そのあまりにも強い力により金属表面の原子がイオン化して脱離する現象です。つまり、電界蒸発の発生する電界強度は、常伝導高周波加速の原理的限界となります。本加速空洞のブレークダウンは、それよりもずっと低い電界強度で発生したので、原理的限界とは別のメカニズムがブレークダウンの引き金になっていると考えられます。その引き金機構を解明することが、常伝導高周波加速技術にとって本質的に重要なことなのです。ところが、ブレークダウンの引き金機構は未だ謎です。その謎が解明されれば画期的なので、世界中の研究者が様々な研究を行ってきていますが、決定打がありません。もし、ブレークダウンの引き金を引くものが些細で小さなものだとすると、大放電によってその痕跡はかき消されてしまうことでしょう。従来の研究で観測してきた反射マイクロ波、X線、電流フラッシュ、音響放射等は、ブレークダウンの大放電によって発生する信号なので、それらを沢山観測しても、引き金を引くものへたどり着くのは困難かも知れません。
< 図3 >3台のカメラを使った加速空洞内部の直接観察のセットアップ模式図。右図(b)は、空洞中心を通る水平面で左図(a)を切った断面図。黄色領域は、それぞれのカメラの視野範囲。 |
そこで我々は、2014年、加速空洞の内部を直接観察して、ブレークダウンの瞬間(及び、その直前)を視覚的に捕らえる手法で有用な情報が得られることを世界で初めて実証しました(詳しくは、加速器研究施設トピックス2016/10/5 参照)。その際の観測セットアップを図3に示します。たとえ、ブレークダウンの引き金の情報が大放電によって完全消滅してしまっても、その瞬間を捕らえれば、引き金を引くものが見えるかも知れません。2014年に行った観測の結果、ブレークダウンの瞬間は、その名から想像する稲妻のような「派手」な現象は稀で(約10%)、殆ど(約65%)が「地味」な現象であることが判明しました。その主要タイプには2つあり、ひとつは、大電力運転中、加速空洞の内表面上で常時発光している「輝点」のひとつが爆発(その後、消滅)してブレークダウンが発生する事象で、これをタイプⅠと呼びます。タイプⅠの例を図4に示します。もうひとつは、常時発光輝点の見られない空洞内表面上の箇所で、いきなりスポット的な爆発が起こり、ブレークダウンが発生する事象で、タイプⅡと呼びます。タイプⅡの例を図5に示します。しかし、2014年に行った観測では、タイプⅠの輝点の正体や、タイプⅡのスポット的爆発の発生メカニズムについては、わかりませんでした。
< 図4 >タイプⅠのブレークダウンの例。上図(a)〜(c)は、空洞電圧 0.95 MV 時の上流側空洞端板のスナップショット。下図(d)は、赤枠内の輝度の時間変化(ゼロがブレークダウンの瞬間)。映像ファイルはこちら。 |
< 図5 >タイプⅡのブレークダウンの例。上図(a)〜(c)は、空洞電圧 0.56 MV 時の上流側空洞端板のスナップショット。下図(d)は、赤枠内の輝度の時間変化(ゼロがブレークダウンの瞬間)。映像ファイルはこちら。 |
今回、2017年に、タイプⅠの輝点の正体に迫るべく、ハイパースペクトル・カメラと呼ばれる特殊なカメラを使って、その発光スペクトルを初めて測定しました。その結果、輝点は1000℃以上の熱輻射スペクトルであることがわかりました。図6に、今回測定した10個の輝点の温度を示します。さらに、加速空洞の内部が超高真空であることから、輝点の発光体は銅ではなく、融点の高い異物微粒子であることも判明しました。例えば、炭素、モリブデン、タンタル、タングステン等が候補となります。この高温異物微粒子は、表面電流や電界放出によって加熱されたと考えられます。残念ながら今回の測定では、輝点の発光体の構成元素や、輝点の爆発メカニズムまでは、わかりませんでした。
< 図6 >空洞電圧 0.95 MV 時の輝点の温度測定結果(700〜800 nm の波長域を使用)。運転時の加速空洞内表面の平均温度は、40〜50℃程度。 |
さらに今回、ハイスピード・カメラを使った直接観察も行いました(毎秒1,000〜2,000フレームで記録)。その結果、検出した40回のブレークダウンの内の4回で、飛行する輝点が空洞内表面(端板)に衝突してブレークダウンが発生する事象を観測しました。その内の1つの映像ファイルを図7に示します。このような現象が加速空洞で観測されたのは、世界で初めてのことです。2014年に行った直接観察では、記録した映像は毎秒30フレームだったので、このような現象があったとしても、1〜2フレームにスポット的爆発として写るだけだったでしょう。また、空洞内表面に衝突した際に爆発が起きたことから、タイプⅠの常時発光輝点のように、この飛行微粒子もまた高温であると推測されます。タイプⅡのブレークダウンの正体は、高温の飛行微粒子が空洞内表面に衝突して発生する爆発が引き金となる現象と推測されます。
< 図7 >飛行する輝点が空洞の内表面に衝突してブレークダウンが発生した事象のビデオ映像(200倍のスローモーション)。飛行する輝点は下流側から上流側へ移動し、上流側の空洞端板に衝突。そして、その瞬間(t = 0.081 s)にブレークダウンが発生。3台のハイスピード・カメラをフレーム毎に同期して撮影。 |
今回の観測で、ブレークダウンの引き金を引くものが見えてきました。この研究成果は、学術雑誌フィジカル・レビューに掲載されました(参考文献[4])。今後は、タイプⅠの輝点の発光体の構成元素特定や、さらにハイスペックのハイスピード・カメラを使ったタイプⅡのブレークダウンの観測等を考えております。それらの観測に成功すれば、ブレークダウンの引き金を引くものが、よりはっきりとすることでしょう。また、本加速空洞はUHF帯連続波用の加速空洞ですが、パルスで運転するより高電界の加速空洞でも同じような現象が観測されるのかどうかについても、直接観察の手法で挑んでおります。
今回の観測は、SuperKEKB加速器/陽電子ダンピングリング用加速空洞の開発における大電力試験に寄生する形で行いました。また、本研究は、科学研究費補助金/基盤研究(B)(課題番号:15H03671)の助成、及び、KEK機械工学センターの製造支援を受けました。
参考文献(学術論文等)
[1] 阿部 哲郎、第7回 国際真空放電研究会(MeVArc 2018@プエルトリコ、2018年5月)における発表スライド(15 MB PDF、英語)
[2] 阿部 哲郎、影山 達也、坂井 浩、竹内 保直、吉野 一男:「加速空洞内部の直接観察によるブレークダウン引き金機構の解明研究」、第15回 日本加速器学会年会(2018年8月)、WEOL01、発表スライド(44 MB PDF)
[3] 阿部 哲郎:「ハイパースペクトル イメージングを用いた粒子加速器用 高周波加速空洞のブレークダウン引き金機構の解明研究」、ハイパースペクトル・マルチスペクトルデータの計測と産業応用研究会@東京工業大学(2018年12年10日)における発表スライド(13MB PDF)
[4] T. Abe, T. Kageyama, H. Sakai, Y. Takeuchi, and K. Yoshino, “Direct Observation of Breakdown Trigger Seeds in a Normal-Conducting RF Accelerating Cavity”, Physical Review Accelerators and Beams 21, 122002 (2018).
〜 記事提供 : 加速器第三研究系 阿部 哲郎氏〜