総研大生らの論文がPhysical Review Accelerators and Beams誌のEditors’ suggestionに選ばれました!
〜加速器マシンスタディにより理論で予想できなかったビーム振動を発見〜

加速器研究施設では、総合研究大学院大学(総研大)で加速器科学を専攻する大学院生を受け入れ、学位取得に向けた研究指導をしています。今回は、このような大学院生による研究成果の一つをご紹介します。

KEKにあるさまざまな加速器では、その性能の向上や加速器の中を走るビームの性質や振る舞いの研究のために、マシンスタディという時間が取られます。こうしたマシンスタディの一部は、加速器研究施設で受け入れた大学院生が行う研究に割り当てられることもあります。実際のビームを用いたマシンスタディは、今まで誰も見たことのない新しい現象が見つかることがあり、ワクワクするような科学的冒険が体験できる場です。新しい現象を見つけた時には、さまざまな解析や検討を行った上で論文にまとめ、学術雑誌に投稿します。

山口孝明さんは、2018年に総研大に入学した大学院生の一人です。山口さんは加速器の中でビームを加速する事に関連した分野を専攻することに決め、加速器科学や高周波加速の勉強を始めました。教科書や論文を読むことに加えて、研究グループの中で勉強会やセミナーを行うことで、専門に関する知識を深めてゆきました。山口さんは、こうして勉強した中で、円形加速器でビームの強度をどんどん上げていった時にビームが安定に加速できなくなる現象(専門用語では、静的ロビンソン不安定性と言います)に興味を持ちました。この現象は60年も前にロビンソンという人が予言した現象で、今ではすっかり理論的に確立していると思われていますが、教科書に書かれているような現象が実際の加速器で本当に起きるかどうか、試してみたくなったのです。

そこで山口さんは、指導教員や研究グループのスタッフと共に、KEKにあるフォトンファクトリーという電子蓄積リング(PFリング)でマシンスタディを行ってみることにしました。通常、PFリングは放射光を利用するユーザーのために運転されていますが、その中でこの加速器研究のためのマシンスタディを割り当てていただくことができました。

山口さんがPFリングでマシンスタディを行っている時の写真が図1です。たくさんの電子回路に囲まれて、真剣に実験している様子が分かりますね。このマシンスタディで山口さんは、ビーム強度を上げて行った時にビームが不安定になる現象が実際に発生することを確かめました。その時に、測定手法を工夫することで、ビームが不安定になっていく過程の観測にも成功しました(図2)。


図1:フォトンファクトリーの電子蓄積リングで山口孝明さんが行っているマシンスタディの様子


図2:ビームが不安定になっていく様子を捉えたデータ([文献]より転載)

 
また山口さんは別の日に行ったマシンスタディで、ビームがまとまって進行方向に振動する時の振動数(専門用語では、コヒーレント・シンクロトロン振動数と言います)を、ビームの強度や加速電圧を変えて測定しました。そしてこれらのデータを、確立していると思われている理論と突き合わせて、予想通りになっているか詳しく調べたのです。これらの研究を進めるうちに、ある特別な条件、すなわちビームが不安定になる直前の条件においては、理論的には予想されていないビームの振動が発生するらしい、という事を新たに見つけたのです。図3に矢印で示した尖った山が、その予想されていないビームの振動を表しています。


図3:ビーム進行方向の振動数を測定した結果。矢印で示した尖った山は、従来の理論では説明できない新たなビーム振動を示すと思われる([文献]の図を加工して転載)

 
このように新しい現象を見つけたと思っても、それは何か測定上の問題などのつまらない現象かもしれません。山口さんは研究グループのメンバーと協力して、追加のマシンスタディでこの現象をさらに詳しく調べました。また、指導教員や研究グループのスタッフと議論や検討を重ねました。その結果、図3に示した尖った山は、従来の理論では説明できないビームの振動であるとしか考えられない、という結論に達しました。

そこで、これまでの実験や検討の結果を論文にまとめることにし、文章や構成などを指導教員に直してもらいながら、約半年ほどで論文にまとめ上げ、加速器分野の一流学術誌である「Physical Review Accelerators and Beams」に投稿しました。この論文は専門家による査読を経て2023年4月に掲載されました[文献]。嬉しいことに、この雑誌のEditors’ suggestion(掲載された論文の中から特に注目されるものを編集者が推薦する記事)にも選ばれました。これは、ほぼ確立していたと思われていた分野で新たな現象を報告したことなどが高く評価されたためだと思われます。こうした加速器の基礎研究で得られた新しい知見は、加速器をより高性能に改造したり、新型の加速器を建設したりする時に役立ちます。

ここでご紹介したように、加速器科学の分野では、実際のビームを使ってワクワクするような実験をする機会が数多くあります。学生の皆さんは、ぜひ加速器科学を専攻することを考えてみてください(※)。ここでご紹介した山口さんは、この3月に晴れて博士の学位を取得し、4月からKEKで加速器研究者としての一歩を踏み出しました。
 なお、今回ご紹介した研究論文は、下記のWebサイトで公開されています。
https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevAccelBeams.26.044401

※ 総研大・加速器科学コースに興味がある方は、コース長:紙谷 琢哉 < takuya.kamitani@kek.jp > 、または高エネ研大学院教育係 < kyodo2@mail.kek.jp > までご連絡下さい。

[文献] Takaaki Yamaguchi, Shogo Sakanaka, Naoto Yamamoto, Daichi Naito, and Takeshi Takahashi, “Systematic study on the static Robinson instability in an electron storage ring”, Physical Review Accelerators and Beams 26, 044401 (2023).

〜 文責: 加速器第六研究系 坂中 章悟 〜

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