電子の反粒子である陽電子のビームを用いて、基礎科学および物質科学の研究を推進しています。専用リニアックを用いて生成した陽電子からエネルギー可変単色陽電子ビーム(低速陽電子ビーム)を作り、固体の表面構造や物性、および原子分子物理学の研究を行っています。また、高度な研究を実施するために、陽電子ビームラインや装置開発を行なっています。
研究内容 | 氏名 | 役職 | 専門分野 |
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陽電子を用いた物質研究 | 和田 健 | 准教授 | |
望月 出海 | 助教 |
陽電子回折法は、電子を用いた結晶表面の原子配列を調べる方法である電子回折法において、電子をその反粒子である陽電子に置き換えた手法です。陽電子は正の電荷をもっているために、電子より高感度かつ高精度に結晶最表面およびその直下数原子層の原子の配列を調べることができます。
TRHEPDは、Total-reflection high-energy positron diffraction の頭文字を使った略語です。電子ビームを用いる反射高速電子回折(RHEED)の電子を陽電子に置き換えた手法です。10 keVに加速した低速陽電子を用い*脚注、結晶表面すれすれ(視射角0.5°~6°)で入射したときの回折スポットの強度の視射角依存性から、表面の原子配列を明らかにします。全ての物質の結晶内部の静電ポテンシャルは正なので、ある臨界角(物質に依存するが2°程度)より小さい視射角のときは全反射が起きて最表面だけの原子配列の情報が得られます。視射角をそれより大きくすることで、最表面のすぐ下の原子配列の情報も得られます。
*脚注 全反射高速陽電子回折でも下の「低速陽電子ビームの高強度化・高輝度化」の項目で説明する方法でエネルギーを単色化した「低速陽電子」を用いますが、電子による反射高速電子回折 (RHEED) の陽電子版なので、それとの対応から「高速」陽電子回折と呼ばれます。さらに「全」反射と呼ばれるのは、電子にはない全反射が起こるためです。
陽電子と電子による回折パターン
(1)以外では、第2原子層以下を含む回折パターンであることを示す円周状のスポットが見られる
LEPDはLow-energy positron diffraction の頭文字を使った略語です。電子ビームを用いる低速電子回折(LEED)の電子を陽電子に置き換えた手法です。数十eV~ 数百eVに加速した低速陽電子を用い、結晶表面に垂直に入射したときの回折スポットの強度の入射エネルギー依存性から、最表面および最表面直下の原子配列を明らかにします。細いビームを試料表面に垂直に入射するので、より微細な試料でも測定が可能であるという利点があります。
Ge(001)-2x1表面からの低速陽電子回折パターン(入射エネルギー144.5 eV)
低速陽電子は、実験室内で専用加速器(リニアック)を用いて電子を約50 MeVに加速し、重金属タンタル・ターゲットに入射したときに起きる電子・陽電子対生成で生じる陽電子を利用します。その陽電子をタングステン薄膜に入射すると、タングステンは陽電子に対する仕事関数が負であるために、その仕事関数で決まる低いエネルギーにそろった陽電子を放出します。この特殊な方法で作られるのが低速陽電子ビームで、磁場を使って実験ステーションまで輸送して使います。
低速陽電子を陽電子回折実験に使うためには、実験ステーションの手前で、再度、陽電子の仕事関数が負の金属を利用したビームの高輝度化を行います。陽電子回折実験ステーションには磁場があってはならないので、このとき同時にビーム輸送磁場の切り離しも行います。ビーム強度を失わずに磁場を切り離し、効率よく高輝度化を行うには様々な工夫が必要で、それも開発テーマのひとつです。
もとのリニアックの電子ビームが50 Hzのパルス状のため、本実験施設の低速陽電子も50 Hzで幅が約10 nsまたは1 μsのパルス状のビームです。実験ではこれらをそのまま使うこともありますが、必要に応じて1 μsのパルスの幅を20 ms弱(ほぼ直流ビームになる)まで伸ばして使うこともできます。このパルス・ストレッチは現在エネルギー約5 keVのビームまで可能ですが、これを20 keVまで可能にする開発を進めています。
低速陽電子実験施設 https://www2.kek.jp/imss/spf/