ミュオニウムで探る酸化亜鉛結晶中の水素の電子状態1
我々が日々実感しているように、現代生活は半導体を使いこなす技術の上にますます深く依存するようになっている。パソコン、携帯電話などの情報機器はもちろん、この数年で冷蔵庫や湯沸かしポットといった家電製品まで集積回路チップの制御装置を備え、インターネットに繋がれようとしている。さらに、このような用途とは別に、発光素子の材料としての半導体も今や我々の生活に欠かせないものになってしまった。近年話題を集めた青色発光ダイオードを始め、夜就寝前に部屋の明かりを消すと様々な色で光る無数のダイオードが目に入ってくるといった光景が日常化している。もちろん、現在主に使われているシリコンを基盤にした技術は既に成熟したものだが、より高速で、より低電力で、あるいはより過酷な条件で使えるものを、といった半導体材料の開発とその物性制御は依然として最先端の研究課題である。半導体の物性制御で一番重要なのはその伝導性の制御であるが、よく知られているように半導体の伝導性は非常にわずかの不純物で敏感に変わるため、そのような不純物原子の半導体結晶中における電子状態の理解は半導体物理の主要なテーマの一つである。
表題の酸化亜鉛(ZnO)は最近の技術的進歩により良質の単結晶厚膜が得られるようになり、ダイヤモンドや窒化ガリウムと並んで現在最も応用が期待されている半導体材料であるが、従来から知られている問題の一つはその伝導性の制御の困難さであった。酸化亜鉛は良質の単結晶といえども意図しない伝導性を示してしまうのである。その原因は長年の謎だったのだが、我々は最近の実験で水素がその原因であるという証拠を単結晶ZnOを使って明らかにした。純粋な半導体は基本的には絶縁体であって電気を通さないが、これは結晶中の電子が一つ残らず共有結合あるいはイオン結合により原子に束縛されているためである。この状態を微視的に見ると、電子状態のつくるエネルギーバンドにギャップがあり、電子が束縛された状態(価電子帯)から電気を通すような連続状態(伝導帯)へ励起されるために一定のエネルギーを必要とする状態になっている。この状態に不純物原子を入れると原子の種類によって電子の過不足が生じ、それにより電気を運ぶことが可能になる
ここで半導体の伝導性は電気を運ぶ実体(キャリア)の種類によってp 型(正孔)とn 型(電子)に分けられるが、これはそれぞれの不純物原子が半導体結晶中でどのような電子状態を取るかによって決まる。例えばシリコン中では燐原子がn型、ホウ素原子がp 型のキャリアを供給するが、これを微視的に見ると、例えば燐原子の電子状態はシリコンのエネルギーギャップの伝導帯に近いところに不純物準位を形成する。重要なのはこの不純物準位から伝導体への励起エネルギーが室温での熱励起より十分小さいという点である。(そうでなければ不純物の持ち込んだ電子は不純物に束縛されたままで相変わらず電気を通さない。)このような不純物原子は電子を供給するのでドナーと呼ばれ、n 型半導体をつくる。逆に価電子帯の近くに不純物準位を形成し、そこに電子を受け取ることにより価電子帯に正孔を供給するのがアクセプターである。こちらがp型になることはいうまでもない。トランジスタ、ダイオードといった能動電子素子は必ずp 型、n 型両方への伝導制御によって初めて実現可能になる。ところが酸化亜鉛では何も不純物を添加していないのに必ずn 型を示す事が数十年も前から知られていた。(続く)