MgB2の磁束状態から見た超伝導ギャップの異方性
2001年初頭、青山学院大学の秋光教授らのグループによりMgB2が超伝導を示すことが報告されて以来、 銅酸化物以外の金属化合物としては破格に高い超伝導転移温度(~39 K)=大きなクーパー対相関の起原 に大きな注目が集まっています。そこで我々はMgB2の超伝導状態に関する微視的な情報を得るために、高時間分解能の横磁場μSR法によりMgB2の磁束状態における磁場分布の精密測定を行いました。その結果、 右図に示されるように磁場侵入長λが強く磁場に依存し、磁場とともにλが増大していくことが明らかに なりました。これは磁束の周りを超伝導電流が流れることにより電子速度のドップラー偏移が起こり、 結果として対相関が小さいクーパー対が破壊されることにより準粒子励起(常伝導成分)が増大するため であると理解されています。 vortex2_1従来型の超伝導体ではすべてのクーパー対が同じ大きさの対相関(凝集エネルギー)を持っているために このような効果は見えませんが、対相関の大小が対を成す電子の運動量に依存する場合には対相関がゼロ の状態を含んだ広い分布を示す場合があり、この場合にドップラー偏移の効果が観察されます。この状況 を電子の運動量分布をあらわす位相空間上で電子状態が形成する曲面(フェルミ面)の上で表現すると、 従来形の場合にはフェルミ面上のすべての場所で同じ対相関(エネルギーギャップの大きさが一定)であ るのに対し、後者の場合にはフェルミ面の一部で対相関がゼロになってしまう(エネルギーギャップが消 失する)ことを意味します。例えば銅酸化物では対相関をあらわす波動関数は軌道角運動量L=2の状態(d - 波)であり、フェルミ面で線状にギャップが消失していると考えられています。 では、ドップラー偏移の効果が見えるMgB2は銅酸化物のようなd- 波超伝導体なのでしょうか? 実は、d- 波超伝導体のように完全にギャップが消失していない場合でも、フェルミ面上で見た対相関が 異方的でなおかつその最小ギャップエネルギーが熱励起と同程度ならば実効的にギャップが消失しているこ とになり、ドップラー偏移の効果が観察されます。従ってドップラー偏移の効果だけから対相関の対称性 (d- 波か否か)を決めることはできず、核磁気緩和のコヒーレンスピークの有無といった情報が必要に なります。MgB2の場合には既にコヒーレンスピークの存在から対の対称性はs-波とされており、これと我 々のμSRの結果を両立させるには対称性とは異なる起原による大きな対相関の異方性を考える必要がある ことを示しています。 詳しくはK. Ohishi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 72, 29-32 (2003) 。