ミュオニウムで探る酸化亜鉛結晶中の水素の電子状態2
muonium1_2 化合物半導体は2つ(あるいはそれ以上)の元素の組み合わせである点だけ取ってみても、シリコン等の元素半導体に比べて不純物の制御は格段に難しい。酸化亜鉛についても長年に渡って結晶の良質化と大型単結晶の育成への努力が払われ、合成過程で入り込む可能性のある数多くの不純物原子が調べられたが、結局n 型になる原因は特定できず、最近までは酸化亜鉛の酸素そのものの欠陥構造がドナーとして疑われるという状況であった。この状況を大きく変えたのが2年前に現れた1つの理論計算による仮説であった。それは酸化亜鉛のなかでドナーとなっているのは水素ではないかという指摘である。なるほど水素はどこにでもある元素であって合成のありとあらゆる局面で結晶中に忍び込む可能性がある。しかも微量であればこれほど捕まえにくい元素もない。なにしろ半導体の伝導性は1 ppm以下のドナーあるいはアクセプター原子で制御されるのであるから、問題となる水素の濃度もこの程度である。そこで我々はさっそくこの仮説の当否を微視的に検証すべく、酸化亜鉛中のミュオニウムの電子状態を観測する実験を行った。 ミュオニウムとは水素原子の中の陽子をミュオンで置き換えた状態であり、半導体結晶中では孤立水素原子の軽い同位体とみなす事ができる。特にその電子状態は小さな同位体補正(数%)を除けば水素のそれを完全にシミュレートするので、ミュオニウムの電子状態を研究することは水素のそれと全く等価である。さらにミュオニウムを使う大きなメリットとして、試料外から持ち込まれるミュオンの数は「不純物」濃度としては超希薄極限であるため、実際に水素を入れて信号を捕らえられるような濃度で問題になる水素同志の相互作用や固溶の不均一さといった問題から完全に自由である。この驚異的な感度はもちろんミュオンが放射性同位体であることによる。さて結果であるが、酸化亜鉛中のミュオニウムの研究は我々とは別のもう一つのグループとの競争になり、ミュオニウムが伝導体近傍で浅い準位を形成するという最初の報告は彼らによってなされた(Cox et al., Phys. Rev. Lett. 86 (2001) 2601)。しかしながら、彼らの実験は粉末試料による測定であったため、残念ながら肝心の電子状態の詳細については「浅い準位」という以上にはよくわからない状態であった。我々は同時期にちょうど得られるようになった大型単結晶を用いた実験を行い、実は酸化亜鉛中でミュオニウムが2つの異なる電子状態をとることを明らかにするとともに、その電子状態の異方性から結晶中でのそれらミュオニウムのサイトを推定することに成功した。詳細はPhys. Rev. Lett. 89, 255505 (2002))で。 上図はこの実験で得られた磁場中のミュオンの回転スペクトルであり、2つの異なるミュオニウム状態を明瞭に示すピークが見られる。また、上上図はこれらのスペクトルの結晶軸に対する角度依存性から想定されるミュオニウム/水素原子の状態を漫画風に描いたものである。いずれも電子状態はいわゆる[0001]軸を対称軸にして異方的に大きく広がっており、それらが低温のみで観測されることから伝導体への励起エネルギーの一方は6meVと非常に小さいことが判明した。これらの結果は前述の理論的な仮説を定性的に支持するものであり、さらに高精度の理論計算を強く促すことになると期待される。