放射光による精密X線回折
最高強度のX線
放射光は高速の電子の進行方向を磁石で曲げることによって生じます。直線加速器からやってきた電子を何度も曲げて、蓄積リングと呼ばれる放射光の光源加速器内に閉じ込め周回させながら同時にいくつものビームラインへ放射光を導きます。
特に光源加速器内PF BL-3Aの手前にはアンジュレーターと呼ばれる特殊な配列の磁石が入っていて、電子を細かく蛇行させています。電子の進路を進行方向とは垂直に小刻みに曲げることでより輝度の高い放射光が発生する仕組みです。この明るい光によって宇宙塵*のような小さな結晶の集まりからでもX線回折*データを得ることができます。
*宇宙塵(うちゅうじん):太陽系の惑星間空間に分布する固体の微粒子。多くは直径0.1mm以下。 地球に年間4万トン程度落下している。
*X線回折:結晶にX線をあてると波の性質により結晶の並び方に応じた斑点やリング状の像が得られる。これを回折像と呼び、解析することで結晶の情報が得られる。
PF BL-3Aは精密単結晶X線回折・散乱実験のためのビームラインで、備え付けの大型4軸回折計と超伝導マグネット付きの大型2軸回折計があります。試料を回転させるだけでなく磁場や圧力をかけながら精密な単結晶 X 線回折信号を得ることができ、磁性体などの構造物性の研究が行われています。中村智樹教授のグループによる地球外試料の分析は上流の大型4軸回折計の位置で行われます。
BL-3Aの研究成果例
- 2020-05-14 KEKプレスリリース 新機構が生み出す過去最小の磁気渦粒子を発見-超高密度な次世代情報担体としての活用に期待-
- 2020-01-23 KEKプレスリリース 基板に吸着するだけで、100兆個以上の分子の「形状」が一斉に変化-世界初、有機半導体の電子状態を物理吸着で制御することに成功-
- 2019-08-05 KEKプレスリリース ナノ磁気渦形成の定説を覆す物質の開発に成功 -磁気フラストレーションを利用して創発電磁気応答を巨大化-
ガンドルフィカメラ+イメージングプレート
試料を2軸で回転させることができる仕組みのX線カメラ(ガンドルフィカメラ)内の回転軸の交点に試料を固定し、放射光の通り道に設置します。あらゆる角度から放射光をあて、試料を取り囲むように設置した記録媒体が感知することで、極めて小さな結晶からでも粉末X線回折像が得られる仕組みです。
記録媒体は当初X線フィルムが使われていましたが、イメージングプレート(IP)*の導入によって広い強度範囲の回折X線をデジタルデータとして取得できるようになりました。IPはガンドルフィカメラに合わせて細長い形をしています。
回折像を解析することで鉱物の種類とその割合が分かります。また、試料から放出される蛍光X線*はX線検出器に捉えられ、微粒子に含まれている元素の種類とその割合を知ることができます。
このように、ごく少量の試料から非破壊で情報を得ることができるので、X線回折は希少な試料の初期分析に用いられます。
ガンドルフィカメラ内
試料は針の先端に付けられ、矢印の先端あたりに置かれる。この針を自転させながら円周上を回転させることで、X線を様々な方向から試料に照射することができる。
*イメージングプレート(IP):特殊な蛍光体をプラスチックフィルム上に塗布したもので、デジタルデータが得られ、X線フィルムよりも高感度。データを消去して再利用が可能。
*蛍光X線:物質にX線をあてると、原子内の電子が励起され、その後元に戻るときに元素固有のエネルギーを持つX線を放出する。これが蛍光X線で、これから元素の情報を得ることができる。
試料準備スペース
かつてサンプルリターン試料の分析に用いられたBL-4B1跡地を利用して設けられた試料準備スペースにはグローブボックスが置かれ、地球大気に曝さずにリュウグウ試料をガンドルフィカメラへ固定する作業が行われます。
グローブボックスの隣にはPFに新たに導入されたオープンクリーンシステムが置かれています。リュウグウ試料を地球大気に曝さないため準備は窒素雰囲気のグローブボックス内で行ないますが、その出し入れ時に地球のホコリを入れないことに役立ちます。
グローブボックスの中には環境をモニターするために酸素に触れると性質が変わる人工的な鉱物が入れられていて、酸素が遮断されていることが確認できます。
放射光軟X線による顕微分光STXM
STXMで物質中の化学状態を高い空間分解能で可視化
STXM(Scanning Transmission X-ray Microscope)は「スティクサム(あるいはスティクセム)」と読み、日本語では走査型透過X線顕微鏡といいます。放射光X線をフレネルゾーンプレートと呼ばれる集光素子で直径数十nmに集光して試料に当て、透過したX線の強度を検出しながら試料位置を走査することで微小な領域の二次元像が得られます。また、 X線のエネルギーを変化させながら測定することでX線吸収スペクトルを得ることができます。
原子の中にある電子がどのX線のエネルギーをどの程度吸収するかは、元素や化学的・磁気的状態によって異なります。つまり、X線吸収スペクトルには元素・化学種・磁性の情報が詰まっているのです。STXMでX線吸収スペクトルの空間分布を測定することで、どんな化学状態のどの元素がどこにあるのかを描き出すことができます。元素の種類・量だけでなく化学種も見分けることができるというのが、他の元素分析手法との違いです。
例えば、隕石等の地球外物質に含まれる元素の価数(鉄Feが2価か3価かなど)を調べたり、炭素Cの官能基から有機物の種類を推定することができます。これにより、化学反応の痕跡を可視化し、リュウグウが経てきた歴史を紐解く第一歩となる情報が得られます。
軽元素でできた微細な試料に最適
PF BL-19のSTXMは比較的エネルギーが低い軟X線(160 eV~1.9 keV。参考までにPF BL-3Aでは4 keV以上)を使っています。その理由は、炭素Cや窒素N、酸素Oなどの軽元素の化学状態分析のためには軟X線が必要となるからです。
STXMでは原理上、試料を透過したX線強度から吸収スペクトルを得るので、X線が試料を全く透過しなければ測定ができません。吸収スペクトルを得るのに適した厚みは測定試料の構成元素とその濃度で異なりますが、多くの場合100nm厚ほどです。PFのSTXMの集光サイズ(=空間分解能)は数10 nmで最適試料厚みと同程度であり、微細な鉱物の分析に適しているのです。
試料の移動と汚染のリスクを抑えた実験環境
地球外試料の分析では、試料に地球由来のものが混入しないよう、さらに大気中の水分や酸素によって化学状態が変化してしまわないように管理する必要があります。PFでは実験ホール内で試料調整が可能なので、例えばPF BL-3AからBL-19Aまでの間にある準備室で試料を加工することで、最短の時間と移動距離で測定を始めることができます。
試料準備
PF BL-19Aでの分析には試料の薄片化が必要です。PF実験ホール内の集束イオンビーム装置(FIB)*によって、大気遮断の状態のままで見たい場所、見たい深さの試料の断面を削り出します。その後、見たい部分を数百nmまで薄く加工してSTXM分析に持ち込みます。
*集束イオンビーム装置(FIB; Focused Ion Beam system):Ga+イオンビームを試料に当て、表面形状の観察をしながら0.1 µm程度の精度で加工を行う装置。
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関連リンク
- 東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 分子地球化学研究室
負ミュオンによる特性X線元素分析
負ミュオンとは
ミュオンは素粒子のひとつで、電子の約200倍の質量と、電子と同じ大きさの電荷を持ちます。ミュオンには正の電荷を持つものと負の電荷を持つものがあり、そのうち負の電荷を持つものが負ミュオンです。
ミュオンは宇宙線にも含まれていて、いま私たちにも降り注いでいます。地表での宇宙線ミュオン1平方センチあたり毎分1個くらいですが、大強度陽子加速器施設 J-PARC 物質・生命科学実験施設 MLF ミュオン科学実験施設 MUSEでは、加速器によって高強度(1秒間に105~107個)の正負ミュオンを発生させ、物質・生命科学の実験に用いています。
負ミュオンを用いた元素分析
物質中に入射した負ミュオンは、物質の電子・原子核とクーロン散乱*を繰り返しながら減速します。負ミュオンは、やがてひとつの原子核の正電荷に引き寄せられ、その原子核の周りを周回するようなかたちで束縛されます。それはあたかも、負ミュオンが原子核の周りを周回する電子になったかのような状態です。
*クーロン散乱:2個の荷電粒子がその間の静電気力 (クーロン力) によって散乱されること。
原子中の電子は固有のエネルギー準位を持っています。電子のエネルギー準位が変化するとき、エネルギーの値は連続的には変化せず、とびとびの値をとります。外から飛び込んだ負ミュオンも、電子とは違う、原子によって異なるエネルギー準位を持ちます。負ミュオンは原子核に引き寄せられる過程で、自分のもつ運動エネルギーを光エネルギーとして放出しながらエネルギー準位を下げていきます。原子の種類によってエネルギー準位が違うので、負ミュオンが放出した光エネルギーは原子固有の波長を持つX線となります。これを負ミュオン特性X線と呼びます。
負ミュオンが停止した位置から放出したX線を測定し、何の元素の固有スペクトルかを調べれば、ミュオンを捕らえた原子核の元素を特定できます。測定したいものに負ミュオンを当てると、ほとんどの原子で高エネルギーの負ミュオン特性X線が放出されます。このX線は数mm~数cmという厚みを透過してゲルマニウム検出器*に到達するため、試料内部の深い場所の元素分析を行うことができるのです。
特性X線は原子に電子線を当てることによっても発生しますが、負ミュオンは電子よりも重いのでより原子核に近づくことができ、より高いエネルギーを持つX線を放出します。このため、電子線では検出が難しいリチウムなどの軽元素でも分析が可能です。また、ミュオンは透過力が高いので、袋やガラス瓶に入った試料をそのまま測定できます。
*ゲルマニウム検出器:ゲルマニウム半導体を使用した放射線のエネルギーを高分解能で測定可能な検出器。MUSE D2では、X線のエネルギーに合わせて検出器を使いわけている。
このような特徴を活かしてMUSE D2では博物館などとの共同研究による歴史的史料の分析が盛んに行われています。そして今回、リュウグウ試料の初期分析において初めて小惑星探査によるサンプルリターン試料の分析に使用されることになりました。
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関連リンク
- 物構研 ミュオン科学研究系 ミュオン科学グループ
- 国立歴史民俗博物館 研究
- 国立科学博物館 研究と標本・資料
- 理化学研究所 理研RAL ミュオン科学研究施設
- 大阪大学 核物理研究センター
- 国際基督教大学
- 文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究 (2018–2022) 宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。