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エレクトロニクス一体型放射線イメージセンサー(SOI検出器)の開発 素粒子原子核研究所・新井康夫特別教授に聞く

文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究」を使った5年間のプロジェクト「3次元半導体検出器で切り拓く新たな量子イメージングの展開」が2017年度で終了し、実用化を見据えた新たな段階に入ることになりました。高度化する加速器の性能に合わせ、衝突で起きる素粒子反応を読み取る検出器を作ろうと始まった研究開発が、宇宙観測や医療分野などに新たなイノベーションを起こそうとしています。KEK測定器開発室でプロジェクトを主導した素粒子原子核研究所・新井康夫特別教授に、開発の経緯や成果、そして今後の計画について聞きました。

−−まず、プロジェクトについて簡単に説明してください。また、この5年間をどのように総括しますか。

◆新井教授 この研究は、量子イメージング検出器技術を核に、宇宙・素粒子・物質・生命科学など様々な分野の研究者が集まり、それぞれの研究を進めるというユニークなものです。具体的には、Silicon-On-Insulator(SOI)技術※1をベースにした新たな検出器開発を共に進めながら、それぞれの分野のエキスパートが独自の検出器を設計し、サイエンスのブレークスルーを目指して来ました。
5年間で、計画研究8件と公募研究7件(2年間×2期)が行われ、それぞれに大きな成果が得られています。とくに「高輝度加速器実験のための素粒子イメージング」(C01班)では、世界最高精度の位置分解能を持った超微細SOIピクセル放射線センサー※2の開発に成功し、2017年6月にプレスリリースを行いました。

−−成果が得られた要因として言及しておきたいことはありますか。

◆新井教授 このような研究が成立するためには、カスタマイズされたシリコンウェハの製作が必須ですが、専門技術を持つ企業に1ロット製作を依頼するだけでも数千万円の費用がかかります。今回、文部科学省が支援するプロジェクトにより、各分野の研究者がそれぞれのチップを一枚のウェハの場所を切り分けて製作するマルチプロジェクト・ウェハ(相乗り)ランを定常的に実現出来るようになったのは大きかったです。また、KEKでは崩壊点検出器などの開発を通じてこうした企業と付き合いがあり、様々な半導体プロセスのカスタマイズにも応じてくれる企業を見つけることができました。SOI検出器に欠かせない、シリコンの純度が高く、低い電圧でも放射線センサーに使える材料になるFZ法によるシリコン単結晶を用いたSOI検出器の製造が実現したのも、これらの企業の頑張りのおかげです。
こうした半導体素子の設計には、CADソフトウエアのライセンス料だけでもやはり数千万円かかりますが、東京大学大規模集積システム設計教育センター(VDEC)の協力を得て、ほぼ無料でCADベンダー会社からライセンスを得ることができたことも、成功の要因として欠かすことができない点でした。

−−実用化の見通しはいかがでしょうか。

◆新井教授 超微細ピクセル放射線センサーは、Belle II 測定器のアップグレードや、ILC(国際リニアコライダー)の崩壊点検出器として実用化できるほか、高性能X線イメージ検出器としての応用も可能で、放射光を使った物質生命科学の実験装置や、X線天文学に使えます。また、イメージング質量分析器や電子顕微鏡の検出器としての応用も研究されています。この他、さらに進んだ研究が必要ですが、医療・産業など幅広い分野に応用できる可能性があります。

−−この研究の歴史的な経緯を教えてください。

◆新井教授 Belle IIなど衝突型加速器の測定器中心部には、衝突点から高速で飛び出してくる荷電粒子の軌跡をミクロン単位(1ミクロンは1000分の1ミリ)で測定するための崩壊点検出器が設置されています。そこに使われるセンサーで最初に開発されたのは一次元のストリップ型センサーで、ストリップ状に作られたp-n接合※3からの信号を、ワイヤーボンディングで読み出し用LSIにつないで使用していました。しかし、加速器のエネルギーやビーム強度が上がるに従い、粒子の密度・頻度が高くなったため、2次元アレイ状のピクセルセンサーが必要になって来ました。
放射線センサーの部分は高純度シリコン結晶を使い、そこに高い電圧をかけて使用する必要があり、低電圧のCMOS LSIと一体化させることは難しかったため、センサーと回路は別々に製作し、金属バンプでつなぐハイブリッド型ピクセル検出器が開発されました。しかし、何百万にも及ぶピクセルと回路を接続するにはコストがかかり、ピクセルサイズを小さくするにも限界が生じたため、回路とセンサーを一体化した二次元検出器の開発に行き着いたというわけです。

−−いつ頃から開発が始まったのでしょうか。

◆新井教授 構想自体はSOIウェハが実用化された1990年代からあり、まずはヨーロッパで開発が始まりましたが、どうしてもセンサー部と回路部の間の干渉の問題が解決できないまま全てのプロジェクトが終了し、SOIは検出器にならないというイメージが焼き付いてしまいました。KEKが開発に乗り出したのは2005年に測定器開発室ができた時からです。我々は新参者ということもあり、一枚板のモノリシック・検出器として理想的な形態を持っているSOIを、他でやらないなら我々が実現しようと強く思い、プロジェクトをスタートさせました。

−−ヨーロッパでは断念の要因となった高い壁を、どう乗り越えたのですか。

◆新井教授 センサー部分に高い電圧をかけると、真上にあるトランジスタの電界が影響を受け、正しく動作しない(バックゲート効果)というのが、SOI検出器の大きな課題でした。また、トランジスタが動作する時のフロント側の信号が、ノイズとなってセンサーに伝わる(カップリング)問題もありました。これらの課題を乗り越え、さらに放射線耐性を増すため、二つのシリコン層を分ける酸化膜(BOX)層の下にp領域(BPW)をインプラントにより形成し、さらに上部のシリコン層を2重にしたDouble SOI技術を開発しました。その結果、トランジスタの動きは安定し、放射線耐性も大幅に向上させることに成功したのです。こうしたウェハの製造は簡単ではなく、技術を持った企業がプロセスをカスタマイズして初めて可能になります。小規模な研究開発のためにプロセスをカスタマイズしてくれる企業はほとんどなく、また大学や研究所にある古い設備では製作できなかった、というのが、他ではうまくいかなかった理由だと思います。
私はSOIの開発を行う前にTDCの開発を行なっており、半導体技術者の方々と近いレベルで話を行うことが出来たという点が、企業の方々の信頼を得て協力していただく上で大いに役立ったと思っています。

−−プロジェクトには何人の研究者が参加しているのでしょうか。

◆新井教授 KEK素粒子原子核研究所、物質構造研究所、筑波大、京都大、静岡大、理化学研究所、JAXA/ISAS、東京大、東北大、金沢大、金沢工大、北大、岡山大、宮崎大、理科大、、大阪大学などを中心に60名ほどの研究者と多くの学生が参加しています。また、海外からはこれまでに、米国、ポーランド、中国、イタリア、ベルギー、ドイツ等の研究者が参加しました。

−−今後の計画について教えてください。

◆新井教授 これまで日本の科学研究では、海外で開発された測定器を購入して使用することが多かったと言えます。しかしながら、真に革新的な研究を目指すには、その検出原理を細部にわたるまで熟知し、検出器の設計を研究者自らの手で行っていく必要があると私達は考えています。そのためには理学系の研究者のみならず、工学系の研究者や最先端の技術力を持つ企業など、多くの方の協力が必要です。世界中の研究者とも協力し、このような研究に情熱を持った若手研究者を育成し、日本の科学技術力の向上にも貢献したいと思っています。
今年度は2018年9月25-26日に、京都大学で、ユーザーとなる企業の担当者や研究者向けの研究会の開催を予定しています。さらに実用化のための研究を続けるため、次の研究資金が獲得できるよう努力しています。

◇新井康夫(あらい・やすお)教授のプロフィール◇

素粒子原子核研究所・特別教授(兼任)、研究支援戦略推進部・知的財産室長。東北大学大学院理学研究科(原子核理学専攻)時代、完成したばかりのサイクロトロンで、59Znを発見し、博士号を取得。KEKではトリスタンプロジェクトのVENUS実験において新しいモジュール規格FASTBUSを用いたDAQ(データ取得)システムを担当しました。その後、SSC実験、RHIC-PHENIX実験、 LHC-ATLAS実験等向けの時間ーデジタル変換(TDC)用集積回路の開発を行っています。2005年からは、放射線の測定情報をLSIで読み取るSOIピクセル検出器の開発を主導し、2018年2月には倉知郁生教授と共に高エネルギー加速器科学研究奨励会より「諏訪賞」を受賞しています。

ことば

  • 1. Silicon-On-Insulator(SOI)技術
    従来の半導体構造は、トランジスタと基板の極性を変えることにより絶縁していたため寄生容量が大きく、トランジスタの制御性も悪く、余分な電力を必要とした。SOI構造は、トランジスタが基板から絶縁されているために効率よく制御できるのに加え、消費電力と漏洩電流を抑える効果がある。

2. SOIピクセル放射線センサー
SOI構造下部のシリコン層は集積回路から絶縁されており、素粒子やX線センサーとして利用される。センサーからの電気信号を基板上部の集積回路に直接伝え、損失や雑音の少ないシステムを実現した。センサーと信号処理回路が一体となった構造を「モノリシック・ピクセル」と呼ぶ。センサーは放射耐性を強化するため、通常のSOI構造に加え、中間にさらにもう1層のシリコン層を加えた。センサー部(下部Si)を通り抜けた放射線(荷電粒子)は、 その軌跡に沿って多くの電子―ホール対を作る。こうして発生したホールは垂直な電場に沿ってドリフトし、センサー端子に集められる。集められた電荷は、上側のシリコンに設けられたピクセル内の回路により増幅や蓄積が行われ、その後、各ピクセ ルから信号が読み出される。(画像提供 Rey.Hori)

  • 3. p-n接合
    p型半導体とn型半導体が接している部分のこと。接合部付近では伝導電子と正孔(キャリア)が互いに結びつく拡散電流が起き、キャリア同士が打ち消し合って、接合部付近にキャリアの少ない領域(空乏層)が生じる。この空乏層を電荷を持つ放射線が通過すると、電子の塊を生じ、電流が流れる。

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