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大強度加速器施設のための耐放射線電磁石の開発に多大な貢献 ~田中万博名誉教授が諏訪賞受賞~

素粒子原子核研究所ハドロンビームグループの田中万博(たなか かずひろ)名誉教授が「大強度加速器施設のための耐放射線電磁石の開発」の業績により、2022年度高エネルギー加速器科学研究奨励会諏訪賞を受賞しました。この賞は、高エネルギー物理学研究所初代所長・諏訪繁樹氏の功績を讃えて作られたもので、高エネルギー加速器科学の発展への寄与が特に顕著であったと認められる研究者、技術者、研究グループならびにプロジェクトグループに贈られるものです。

大強度ビームを目指す

高エネルギー加速器研究機構(KEK)は日本で最初にできた高エネルギー物理学研究所で、エネルギーの高い加速器を作って研究することを目標に1971年に設立されました。直径100メートルの120億電子ボルト(12GeV)の加速器KEK-PSが日本で最初にできた高エネルギー陽子加速器でした。その後、高いエネルギーに到達することを目指して、トリスタンなどの世界的に見ても大規模な加速器が作られましたが、やがて、もっと強度の高いビームを加速することが求められました。なぜなら、素粒子物理学の研究の一つの目標である稀な現象を探す実験には大量のデータが必要で、ある特殊な粒子を検証するためのデータ収集に100年かかる実験が100倍のビームが出ることによって、1年で実験できるようになるからです。より高いエネルギー、かつ、より強度の高いビームの追及は日本だけではなく、世界でも競争的に行われていました。

ビームとは電子や陽電子などの粒子のカタマリ、または粒子のように振舞う波長の短い波が、細い流れとなって並進し、ちょうど光線のように見えるもののことで、これらの粒子を標的に照射、または衝突させて発生する粒子も含めて「放射線」です。放射線は物に当たると物質の分子結合を切断し、性質の変化をもたらします。これを放射線損傷と言い、装置に深刻なダメージを与えることから加速器では放射線耐性の高い電磁石を使う必要があります。なかでも電磁石のコイルは、銅の素線、素管を有機絶縁体で被覆し、樹脂で固めて作ります。加速器ビームを大強度化することで、加速器のビームの直接あるいは間接の照射により、絶縁体を構成する有機物が損傷を受け、コイル絶縁の劣化が生じやすくなります。これにより地面に電気が流れてしまい、電気回路が正しい機能をしなくなる地絡(ちらく)が発生し、感電や火災発生につながる危険性があります。田中氏はまさにこの大強度ビーム加速器施設に用いる耐放射線電磁石の改良、安定して使うための研究開発に長年従事してきました。

エポキシ樹脂の限界

日本だけではなく世界中で大強度化を目指していた1985年当時、ほとんどの加速器の電磁石のコイルにはエポキシ樹脂が絶縁剤として使われていました。ところが、大強度化に伴い、従来のエポキシ樹脂では負担が大きく、放射線への耐性が保たれなくなります。エポキシ樹脂に替わる有機物として登場するのが、「BTレジン」と呼ばれるビスマレミド・トリアジン樹脂です。BTレジンは三菱ガス化学が開発した熱硬化性樹脂で、高い耐熱性と優れた電気特性が特徴で、エポキシ樹脂に比べて電気絶縁性が高く、スーパーコンピューターの回路基板などに使われていました。田中氏らは三菱ガス化学からBTレジンを取り寄せ、電磁石の絶縁に使用することにしました。KEK-PSで照射試験をし、BTレジンがエポキシより10倍以上の耐放射線性を有することがわかったからです。当時これですべて解決と思われましたが、問題がありました。田中氏らは長年エポキシ樹脂を使用していたのでその性質を熟知していましたが、BTレジンは新しい有機材なので、どのような重合反応(じゅうごうはんのう)が起きるのか、どれほど発熱するのか分からず発煙事故に繋がる可能性を排除することが出来ませんでした。そこで、田中氏らはBTレジンを安定して使えるよう10年かけて研究開発を積み重ね、J-PARC建設時には実用化するための技術が確立。J-PARCではBTレジンを使った電磁石が約2,000台も設置され、これまで放射線損傷なく安定した加速器の運転が行われてきました。こうしたBTレジン実用化と安定した量産の実績が今回の諏訪賞受賞に繋がりました。

さらなる挑戦 ミネラル・インシュレーション・ケーブルの登場

田中氏らの挑戦はこれでは終わりません。普通の加速器の電磁石の有機材として放射線損傷の心配なく安定的に使えるようになったBTレジンですが、大強度ビームの衝突点や標的に照射する部分は吸収される放射線が1010、1011Gy(グレイ)と桁違いで強いため、有機材であるBTレジンを使う事ができません。では、どうやって大強度ビームラインに使用できる電磁石のコイルを作るのでしょうか。田中氏らが試行錯誤して開発したのが、完全無機物コイル線材である「ミネラル・インシュレーション・ケーブル(MIC)」です。

 

これは無機物のため、たとえ火の中に入れたとしても磁石として使うことができます。田中氏らは完全に無機物のみによって電気絶縁でき、かつ高電流を取り扱えるMICを開発するため、各種断面形状のサンプルを試作、曲げ試験等を実施し、最終的断面形状を確定させました。またこのMICの端末部を封止し、無機絶縁部への湿気の侵入を防止するセラミック・シールの開発、製造も行い、電磁石コイルに成型しました。

最後に既存鉄芯と組み合わせ、直流の電圧をかける励磁試験にも成功。BTレジンの技術開発と並行して、10年かけて大電流を用いるMIC磁石を世界で初めて完成させました。これにより、放射線(や熱)の障害が特に大きい大強度ビームを取り扱う施設のビームライン建設が可能となったのです。

このように、BTレジンやMICを用いた耐放射線電磁石の開発への多大なる貢献と実績により、田中氏に諏訪賞が贈られました。今回の受賞を受けて田中氏は「加速器の電磁石技術開発に取り組み、実用化し実際の研究に応用するところまで持っていった、長年の努力と成果を評価してもらい非常に光栄です」とコメントしました。

田中氏らは関連して、BTレジンの次なる樹脂としてシアネート樹脂の開発を行い、99%シアネート樹脂を使った絶縁コイルの製造に世界で初めて成功しました。今後はその実用化に向けて取り組んでいくとのことです。

 

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