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谷口七重准教授が「米沢富美子記念賞」受賞 ~標準模型を超える新物理の探索に前進~

素粒子原子核研究所准教授の谷口七重(たにぐち ななえ)氏が「素粒子標準模型を超える新物理探索の推進」の業績で第4回米沢富美子記念賞を受賞しました。 米沢富美子記念賞とは、日本物理学会において、故米沢富美子・慶應義塾大学名誉教授(第52期日本物理学会長)の業績を記念し、女性会員の物理学分野における活動を讃え、奨励するために2019年に設立されたものです。

Belle II実験の立ち上げから


素粒子のふるまいをよく説明する理論として標準理論(模型)があります。しかし、すべてを説明するには不十分です。例えば、標準模型では「電磁気力」、「弱い力」、「強い力」をまとめることが出来ません。そこには、別の新しい物理法則があると考えられています。加速器のビームの衝突で作り出されるB中間子という粒子の性質を詳しく調べるBelle実験では多くの測定結果が標準模型と一致していますが、一方で予測と異なるかもしれない測定結果も観測されています。Belle II実験は、Belle実験よりも大量のデータを使って精度良く測定することにより、標準模型からのズレをより確実に捕らえ、新しい物理法則を見つけることを目指しています。Belle実験の解析で博士学位論文を執筆後、実験の立ち上げに関わりたいと思っていた谷口氏にとって、ポスドクでBelle II実験の装置建設から参加できたことは幸運だったといいます。

粒子の衝突頻度を数十倍に上げるためには各種検出器の改良が必要でした。Belle II測定器は7つの検出器で構成されていて、その中で谷口氏は衝突点からの粒子の飛跡を測定する中央飛跡検出器(CDC:Central Drift Chamber)を新しく作り変えるプロジェクトに取り組みました。CDCは、衝突で生まれた粒子の飛んだ向きを測るために、衝突点を取り囲んで粒子の通過位置を測定し、また、それらの粒子がどれくらいの勢い(運動量)を持っているのかを測定するための装置です。

Belle II測定器用のCDCは長さ2.3メートルの筒状の装置で、B中間子の崩壊点をよりよく捉えるためにCDCの内側に設置するバーテックス検出器の外径を大きくし、また、CDCの外側に設置する粒子の種類を同定する測定器が薄くできたために、Belle測定器より内径、外径ともに一回り大きくなっています。CDCは、30ミクロン(髪の毛の太さの約半分)のセンスワイヤー14,336本と、126ミクロンのフィールドワイヤー42,240本、全部で56,576本のワイヤーが張られています。これは、専門の作業者と国内外から集まった40数名の研究者が1年以上かけて手作業で行ったものです。2014年に寄稿した高エネルギーニュースに谷口氏はこの飛跡検出器のことを「まるで楽器のように人間の手が非常によく入った検出器」と書き留めています。

測定器の研究開発の段階では、実験室で各パーツ単体でのテストを行い、性能を確認しながら進めていましたが、実際に測定器へ組み込もうとする時にはそれまで考えなくてよかった「空間」の制限に悩まされたと谷口氏はいいます。ケーブルの長さやケーブルを通すパスの位置も決めなければいけません。どこにどう配置すれば最適か、現場に行って測りながら決めていくことが大変だったと振り返ります。

「CDCの信号読み出しエレクトロニクスの研究開発と量産、実装で中核的な役割を果たし、グループの中心となってCDCを建設し、約1万4千チャンネルの信号を読み出し、期待通りの性能を引き出すことに成功した」業績が評価され、今回の受賞に繋がりました。さらに谷口氏はCDCのみならず測定器全体を把握し、他の検出器と合わせてBelle II 測定器を一つのシステムとして動作させる作業を積極的に行い、実験全体に貢献しました。2019年からCDCグループのリーダーとなった谷口氏が、グループ全体がうまく回るように気を配ることと並行して特に気にかけているのはポスドクや若手研究者です。ポスドクは任期があるので、作業を任せるにしても彼らの業績に繋がりそうなこと、本人の適性なども考慮して能力を示せる機会になることに割り振ることを念頭に置いていると言います。

谷口氏自身もポスドクの時代に、現在のBelle II実験プロジェクトマネージャーの後田裕教授から同じような配慮をしてもらっていたと振り返ります。その一つとして、後田氏から高エネルギー物理学研究者会議の将来計画委員をやってみないかと打診され、今後の素粒子実験業界全体の未来についての議論に加わっています。

今年2月、小林・益川理論の出版から50周年になることを記念したシンポジウム「Accomplishments and mysteries in quark flavor physics (クォーク・フレーバー物理における成果と謎)」が高エネルギー加速器研究機構つくばキャンパスで開催され、世界中から集まった150名の研究者がこの50年の進歩と将来について議論しました。谷口氏は本シンポジウムにおいて、小林・益川理論の仕組みをさらに解明するBelle II実験の今後とその先の展望について発表しました。

今回の米沢富美子記念賞受賞について、谷口氏は女性研究者の活動を奨励するための賞ではあるが、どんな人でも自由に研究ができることを目指したのがこの賞の精神ではないかといいます。「受賞したことも嬉しいですが、推薦してくれた東京大学の石野雅也氏、後田氏に感謝しています」とコメントしました。

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