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COMET実験グループ専用のビームライン完成

東海村にある大強度陽子加速器施設 J-PARCの加速器研究施設では、COMET実験用のミューオンビーム生成に利用する陽子ビームを供給するためのビームライン「Cライン」が完成し、8ギガ電子ボルト(GeV)のエネルギーを持つパルス陽子ビームを加速器から取り出し、パイ中間子生成標的に照射する試験に成功しました。生成されたパイ中間子はミューオンビームラインを通して実験室に輸送され、その過程でミューオンに崩壊していることが確認されました。

 

COMET( COherent Muon to Electron Transition )実験は、ミューオンを使って新しい物理法則の発見を目指す国際共同実験です。2018年にJ-PARCメインリングから陽子ビームをハドロン実験施設まで取り出すことに成功していましたが、その時は既存のAラインと呼ばれるビームラインを使用していたため、COMET実験が必要としている後方生成のパイ中間子崩壊で生じるミューオンを計測することはできていませんでした。今回、COMET実験専用のビームライン「Cライン」を完成させたことで、初めてCOMET実験が必要とするミューオンビームを計測できるようになりました。

COMET実験では、J-PARCを舞台にミューオンという素粒子が100兆回に1回程度というごく稀な確率で電子に変化すると考えられている「ミューオン-電子転換過程」を探索しています。素粒子の標準模型の枠内では、ミューオンはニュートリノ二つと電子に崩壊するか、原子核に捕獲されてニュートリノを放出し、世代ごとのレプトンの数(レプトンフレーバー数)は反応の前後で変化しません。これを「レプトンフレーバー数の保存」と言います。しかし、「ミューオン-電子転換過程」はミューオンがニュートリノを出さずに電子に転換するものでこの保存則が破れており、見つかれば標準模型を超える新物理の発見につながります。

2段階アプローチに進む前に 「Phase α」

COMET実験はPhase I、Phase IIの2段階で実験を進める計画ですが、その前段階を「Phase α(アルファ)」と名付け、ビームラインで供給される二次粒子を測定しました。ミューオンの収量と運動量分布を調べることが実験の目的ですが、ミューオン以外にもさまざまな粒子が実験室に飛来します。Phase αでは、これらの粒子を識別し、それぞれがどのくらい飛んでくるのかを調べることを主たる目的としています。COMET実験では、Phase αを経て、物理計測の目標である「ミューオン-電子転換過程」を探索するべく、本格的な実験準備を開始します。学生の頃から10年近くCOMET実験に携わってきた、インペリアル・カレッジ・ロンドンの大石航氏は「長年かけて設計してきたCOMETビームラインがひとまず完成し感無量です。小さな試験を通じて確認しながら進めてきた集大成と言えます。」と話しました。

また、放射線管理区域である実験室に、初めてストローチューブ飛跡検出器も設置されました。これは、COMET実験のビーム計測で電磁カロリメータの上流部に設置される超低物質量の荷電粒子飛跡検出器で、電子の運動量測定や粒子の識別を行います。

海外から研究者が戻る

海外コラボレーターらと試運転を見守る研究者達

海外コラボレーターらと試運転を見守る研究者達

COMET実験はKEKや大阪大学、九州大学などの国内の大学・研究機関に加え、海外からイギリス、インド、中国、ロシアなど国内外合わせて48機関、290人の研究者が参加する国際共同実験です。2020年から続くコロナ禍により海外コラボレーターの来日が難しい日々が続きましたが、ようやく制限が緩和され、Phase αの際、ミューオンビームライン入り口でビーム入射位置を制限するためのマスクシステムのインストールを行うため、イギリスチームが2か月東海に駐在し作業を行いました。また、2月上旬に行った試運転では海外コラボレーターも参加し、試運転の様子を見守りました。コロナにより、海外コラボレーターの来日がかなわず、作業は計画より遅れていましたが、ようやくビームを使った実験を実施できる段階まで到達できたことに実験グループ全体で盛り上がりを見せています。COMET実験グループでは、年2回のコラボレーションミーティングを行っていますが、2022年11月はハイブリッド形式で開催し、久しぶりに海外からの研究者が茨城県東海村の会議室に集まり議論を行いました。

若手研究者が活躍する場

今回のビームライン建設に合わせて実験室に新たに設置されたのがレンジカウンターです。これは大阪大学・大学院生の栗林志恩氏が作ったもので、ビームラインに飛来した荷電粒子を識別しその運動量を推測するための検出器です。COMET実験では、J-PARCのメインリングで加速された陽子ビームを標的に照射し大量のパイ中間子を生成します。それらは実験室への飛行中にミューオンに崩壊し、ミューオンはニュートリノ2個と電子に崩壊するか、原子核に捉えられてニュートリノ1個を放出します。それぞれの粒子の割合は実験データを解析しシミュレーションデータも活用して決定します。実験グループでは、実験素粒子物理学の基礎を学びながら、新しい実験の設計が出来る人材を育成するため、積極的に大学院生や若手研究者らが検出器製作、データ収集、データ解析を担当しています。
※下記のリンクからインタビュー動画もぜひご覧ください。

 

素粒子原子核研究所・西口創(にしぐち・はじめ)准教授も、2008年に博士号を取得して以来ずっとCOMET実験に関わっています。今回の試運転の結果を受けて「ようやくここまでこぎ着けた。今回、COMET実験のための専用ビームラインが完成し、その性能が実証されたことで、実験本番に向けて実験準備も最終段階に入ります」とコメントしました。

 

COMET実験グループは、今後は物理データ取得開始を目指して、施設整備、検出器整備を進めていく予定です。

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