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Belle II測定器に新たな崩壊点検出器をインストール

完全実装した新しいピクセル検出器と2019 年から稼働してきたシリコンストリップ検出器を搭載した新たな崩壊点検出器(VXD)を開発し、これをBelle II測定器へインストールしました。

Belle II実験は、未解明である宇宙創生のメカニズムを解く鍵となる新しい物理現象を探すため、SuperKEKB加速器での電子と陽電子のビーム衝突で作り出されるB中間子などの粒子の性質を詳しく調べる素粒子実験です。これら粒子の崩壊から生成され最終的に残るより安定な粒子をBelle II測定器で検出します。粒子の崩壊を精密に測定することで、崩壊の中に量子揺らぎとして出現し得る未知の粒子や力の影響を見つけることができます。これらの発見により、宇宙初期に起こった粒子・反粒子の対称性の破れなど現在の素粒子標準理論では説明しきれない謎の解明が期待できます。

ピクセル検出器を完全実装

今回インストールされた崩壊点検出器は、B中間子などの生成粒子がどこで壊れたかを知るための検出器です。その壊れた場所のことを「崩壊点」と言います。B中間子などが崩壊する時に生じた複数の粒子の飛跡を調べ、その飛跡が交わる場所を見つけることで、崩壊点がどこなのかを決定します。崩壊点検出器はビーム衝突部のビームパイプを取り囲むようにシリコンピクセル検出器(PXD)2層、シリコンストリップ検出器(SVD)4層の合計6層の検出器で構成されています。これまでの実験期間Run1ではシリコンストリップ検出器はすでに完全実装したものを使用していましたが、ピクセル検出器は1層分を覆ったものを使用してきました。今回のインストールにより2層目も覆ったピクセル検出器を搭載することで、今後加速器の衝突性能の増加に伴い、ビーム起因背景粒子が増大する中でも安定して高い測定性能を維持することが可能になりました。

PXDとSVDのコラボレーションに参加する国々(オーストラリア、オーストリア、中国、チェコ、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本、韓国、ポーランド、サウジアラビア、スペイン)による国際チームが新しい崩壊点検出器の開発と取り付け作業を進めてきました。今回搭載したピクセル検出器は前身のものと同様にBelle IIドイツグループが主体となり開発を進め、組み立て後の試験をDESY(ドイツ電子シンクロトロン)で行いました。新しいピクセル検出器は、3月半ばにドイツから航空機のビジネスクラスの客席を利用して日本に慎重に運ばれ、無事KEK筑波実験棟に到着しました。国際チームの協力のもと、新たなピクセル検出器をビーム衝突部のビームパイプに搭載し、その外部に既存のシリコンストリップ検出器を取り付けることで、新たな崩壊点検出器を完成させました。7月28日にはBelle II測定器への検出器取り付け作業を済ませて、その後は宇宙線などのデータを解析することで検出器性能の最終確認を完了させました。

加速器の衝突性能向上に向けて、検出器以外も改良

今回、2層目も覆ったピクセル検出器への交換に併せて、ビーム衝突部のビームパイプも改良を施した新型のものに交換しました。ビームが通る管内部の形状を変更し、可能な限り衝突点付近の直線部分を短くしました。これによって、ピクセル検出器の性能劣化を招く加速器からの放射光の入り込みを大きく削減できると期待できます。さらに、放射光によるパイプの発熱に対する冷却能力を向上させており、熱による検出器の変形を緩和することができます。

改良を担当した田中秀治(たなか しゅうじ)氏(素核研)は「この衝突部のビームパイプの内部はビームが通る加速器のコンポーネントで、一方外側には今回入れ替えるピクセル検出器が直接設置されます。このため今後さらにビームの強度を高めることによって影響が大きくなると予想される放射光などの問題への対応には、パイプ外部構造の設計を担当したBelle IIグループと内部設計の加速器真空グループとの共同作業が不可欠でした。また今回のパイプ製造には素材の仕入れから途中の製造工程の試験まで含めると通算で約3年の年月を要しています。この製造期間中にはさらに冷却効率を高めるために、フランスのIJCLab(イレーヌ・ジョリオ=キュリー研究所)グループと共同で過去に実際に使用したパイプを用いて冷却試験を行い、その結果を基に冷却ブロックを追加で実機に搭載しました」と振り返りました。

ビームパイプ改良のほか、検出器の周りに放射線遮へい体を付け加えています。SuperKEKB加速器の衝突性能の向上に伴うビーム起因背景粒子は検出器の性能の低下やセンサーの寿命の低下を招いてしまうので、今後の衝突性能の向上における大きな足かせの一つになっていました。今回新たな遮へい体を設置したことにより、中央飛跡検出器や胴体部粒子識別装置に到達する背景粒子を削減して、高性能での実験に貢献できると期待しています。

新・崩壊点検出器インストールへ

今回の崩壊点検出器インストールに至るまでの一連の作業を写真で振り返ります。

10月1日 新しい崩壊点検出器の試運転を行い、宇宙線のデータを解析することで検出器の性能を確認しました。

長年の作業手順の研究開発で、より安全な交換作業を実現

©Belle II Collaboration

©Belle II Collaboration

Belle II副テクニカル・コーディネータの中村克朗(なかむら かつろう)氏は、今回の崩壊点検出器の交換に至るまでの一連の作業について、以下のように振り返りました。

「今回の崩壊点検出器交換にあたり、シリコンストリップ検出器自体はこれまで稼働していたものを再利用しなければいけません。大量かつ繊細なケーブルや簡単に壊れてしまうセンサーを持つ非常にデリケートな検出器です。さらに、すでに据え付けられたシリコンストリップ検出器を崩壊点検出器から取り出し分解するという工程はこれまで経験したことがありません。失敗すればシリコンストリップ検出器は使えなくなりプロジェクトの重大な遅延にもつながり得るため、絶対に失敗するわけにはいきません。取り出しと再取り付けの手順を確実なものにするため、3年前から手順の研究開発を行ってきました。

分解するにあたり、どういう治具が必要で、その治具を使ってどういう手順で作業をすれば最も安全に出来るか試験用の装置を作り試行錯誤しながら検証してきました。一つ一つの工程及び確認事項を詳細に書き起こしてマニュアル化し、1年経った後でも同じ手順で安全な作業ができるようにしました。手順の開発は主にKEKで行われましたが、海外のコラボレーターも納得できるものでなければいけません。本来ならば実際に現場で検証しながら進めるのですが、コロナ感染拡大のため海外組の来日がかなわず、開発した手順を撮影した動画を通して議論するなどの手間により、手順構築にはかなりの時間がかかりました。

今回の交換作業では、崩壊点検出器の取り出し、分解、再組み立て、再取り付け、そして性能試験を約5カ月かけて行いました。この間、細心の注意を払いながら気を緩めることなく一連の作業を進めてきましたが、長期に渡る作業手順の研究開発が実り、安全かつ円滑に作業を進めることができました」

 


次のビーム運転期間であるRun2は2024年1月からの開始を予定しています。今後は、エアロゲルRICHカウンター及び電磁カロリメーターの性能試験を行った後に、Belle II測定器のヨークを閉じることで、来るRun2でのデータ収集の準備を整えます。

Belle II実験のプロジェクトマネージャーである後田裕(うしろだ ゆたか)氏は、「ここに至るまでに想像以上の苦労があったが、新しい崩壊点検出器により将来への大きな懸念なく実験を再開できることを喜ばしく思う。引き続き油断なく準備を進め、運転再開を迎えたい。」とコメントしました。

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