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Belle II実験 B中間子の非常にまれな崩壊を初測定

2023年8月24日、Belle II国際共同実験グループはB中間子がK中間子と二つのニュートリノに崩壊する非常にまれな現象を初めて捉えたことをドイツ・ハンブルクで開催された国際会議EPS-HEP2023および高エネルギー加速器研究機構(KEK)・素粒子原子核研究所(素核研)の主催する素核研セミナーにおいて、同時に発表しました。B中間子のこの崩壊過程に関する研究は、Belle II実験の目的である新物理探索のための重要な測定の一つです。

 

Belle II実験は2022年夏から、ロングシャットダウン(LS1)と呼ばれる運転停止期間中で、加速器や検出器の改良ののち、今年の年末の運転再開を目指しています。その間に、2019年の本格運転からLS1までに収集されたデータを用いた多くの解析が精力的に行われています。今回の発表では、Belle II測定器でこれまで収集された全実験データを用いて、起きる確率の非常に小さい、B中間子からK中間子と二つのニュートリノへ崩壊する物理現象を捉えたことが報告されました。

 

KEKつくばキャンパス・小林ホールにて行われた素核研セミナーには、会場、オンラインを含めて100人以上の研究者が参加しました。セミナーの後に、今回の発表のスピーカーを務めたRoberta Volpe氏(ベルージャ大学)と素核研Belleグループリーダーの中尾幹彦氏に話を聞きました。

 

Q なぜ、B中間子がK中間子と二つのニュートリノに崩壊することが非常にまれな物理現象なのでしょうか?また、それを研究することの意義は何ですか?

B中間子がK中間子と二つのニュートリノに崩壊する物理現象が非常にまれである、つまり起きる確率の非常に小さい理由は、二つあります。

1.崩壊過程のクォークレベルでは、B中間子内のボトムクォークが「ストレンジ」クォークに変化しますが、この過程は「ループ」ダイアグラムを伴います。このループダイアグラムでは、ボトムクォークがストレンジクォークに変化する際に、中間状態として低い確率で仮想的に生成される重いトップクォークを介して2回クォークが変化する必要があります。このダイアグラムを経る必要があるため、過程が起きる確率が低くなります。

2.この崩壊過程では、ニュートリノが重い「弱ボソン」(ZボソンまたはWボソン)を介して放出されますが、これらの重い粒子も仮想的に生成される必要があります。その確率が低いため、この過程の起きる確率はさらに小さくなります。

通常、レプトン(電子やミューオンなど)が関与する崩壊過程は、理論的予測が行いやすい傾向にあります。その中でも、中性のレプトンであるニュートリノが関与する過程では、理論的な計算を非常に正確に行うことができます。

 

したがって、B中間子がK中間子と二つのニュートリノに崩壊する過程は非常にまれではありますが、素粒子標準理論との比較が行いやすく、このまれな過程を研究することが、素粒子標準理論やそれを超える理論を検証するために非常に重要となるのです。もし、中間状態に未知の新物理で現われる新粒子の関与があれば、それは標準理論からの差となって現われるのですが、その際に実験データ、理論予想値双方の不定性が小さいことが重要になります。また、非常にまれであるからこそ、素粒子標準理論と比較する際に、新物理の効果による「わずかな差」が相対的に大きく見える可能性があります今回の測定のようにクォークやレプトンの種類 (フレーバー) の変わる現象から新物理を探す研究手法を、フレーバー物理と呼んでいます。

 

Q データのサンプルを分析する際に直面した課題は何でしたか?

最も困難な課題は、想定の難しい背景事象でした。特定の背景事象が多いことが事前に分かっていれば、それを考慮に入れてデータ解析を開始できます。しかしながら、シミュレーションによる予測段階では無視できると思われた一部のバックグラウンドの寄与がうまくモデル化されておらず、データ解析の途中で実験結果に大きな影響を与えることに気付くことがあります。このような背景事象の評価を誤ると間違った実験結果につながるので特に危険です。このようなことは我々の解析手法の誤りというわけではなく、素粒子実験分野全体としてもまだ理解されていなかった新たな壁に直面したということです。この種の背景事象の寄与に対しては、崩壊事象をあえて含まないように選別したコントロールサンプルと呼ぶデータと、他の実験からのデータを使用して特に注意深く評価を行い、まだよく分かっていないということも考慮に入れて、大きな系統誤差を割り当てて対応しました。

 

Q それ以外で大変だったことは?

このデータ解析の最大の問題は、この特定の崩壊過程が終状態に二つのニュートリノを含む三体崩壊であるということです。三体崩壊とは、崩壊前の粒子が三つの異なる粒子に崩壊する過程を指します。この場合、B中間子がK中間子と二つのニュートリノに崩壊するため、三つの異なる粒子が終状態に存在します。

ニュートリノは、通常我々の実験装置では検出できない粒子です。そのため、ニュートリノに関する情報がほとんど得られず、また、ニュートリノが1個であれば、ニュートリノ以外の情報から逆算して制約をかけることができるのですが、2個あるためにそれもできず、ニュートリノの挙動を正確に再構築することができないのです。そのため、間接的な測定量を駆使してこの崩壊過程が実際に起きていることを確かめてゆきます。

 

Q 実験データ収集からデータ解析するまでにどのくらい時間がかかっていますか?

加速器を使った素粒子物理学実験の分野では、一つのデータ解析手法の開発に数年かかることがあり、特にこのように難しく重要な解析の場合、実験データが収集されるよりも前から準備が開始されます。もちろん、最も重要なのは実験データです。このデータ解析で用いた実験データは2019年から2022年まで収集され、この期間中にも解析手法の改良策の考案や最適化が行われてきました。また、実験データの一部を使用してコントロールサンプルによる解析手法の検証も行ってきました。2021年には、このデータ解析手法の初期のバージョンで、より少ない実験データを用いた探索を行い、この崩壊過程の証拠を得るには至らなかったものの、意味のある上限値としての結果を発表しました。したがって、今回のデータ解析の全体的な戦略は、全実験データを解析し始める時点で既にほぼ確立されていました。

 

Q 今回の結果は、素粒子標準理論の予想に沿ったものだったのでしょうか?それとも標準理論の予想に沿っていない場合、新物理法則が背後にあることを示唆するものでしょうか?

私たちの測定結果から、崩壊分岐比 (この崩壊の起きる確率) の統計的な中心値は、標準理論の予測よりも約5倍高い値となりました。しかし、素粒子物理学実験での標準的なアプローチに従った統計的評価によれば、この予測からの差はまだ統計的なゆらぎの可能性があるということを示しています。この差が標準偏差の3倍以上である場合、新しい物理学の「証拠」があると言いますが、今回の結果では標準偏差の2.8倍となりました。しかしながら、この崩壊が起こらないという場合との差は標準偏差の3倍以上となり、この崩壊過程が起きているという「証拠」を得ることができました。したがって、新しい物理学の証拠ではないものの、素粒子物理学のコミュニティーの注目する結果ではあるので、この測定に関連するすべてのデータ解析および理論的検証に力を入れるべき機会と捉えることができます。

 

Q 今回の解析結果についてどのような科学的インパクトがあると思いますか?

異なる種類の素粒子間の相互作用を研究することで新物理法則発見を目指すフレーバー物理のコミュニティーは、この測定結果を長い間待ち望んできました。今回の結果は、非常にまれな崩壊現象が存在する最初の証拠であり、これ自体が重要な成果です。また、標準理論から逸脱している可能性があることは、この結果をさらに興味深いものにしています。一方で、過去には、新しい物理学の兆候が見られたものの、実際にはそれは単なる統計的なゆらぎのためで、後により多くのデータを収集すると消えてしまったことが何回もありました。したがって、この新しい結果についても慎重であるべきです。

 

Q 今後の計画を教えてください。

まずは、より多くの実験データが収集されるのを待ちたいと思います。これにより、測定誤差が確実に削減されます。

第二に、現在の実験データでも、まだ試みていない追加の手法を利用して、同じ崩壊過程の測定をすることができます。別の手法による結果が今回の結果と矛盾がないか、標準理論に近い結果を示すか、または標準理論からの逸脱を示すかどうか非常に興味深いです。

第三に、この測定と関連する別の崩壊過程の研究を行います。これらの過程は、ここで研究したものとは異なりますが、クォークレベルでは同じ物理過程により生じます。この場合も、現在の結果の意義を理解する上で有用な情報を得ることができます。

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