ニュース

亀井直矢氏が加速器学会年会賞を受賞 〜自然循環型ビーム標的冷却システムの開発〜

素粒子原子核研究所准技師の亀井直矢氏は、「ビーム発熱を冷却水循環動力とした自然循環型標的冷却システムの開発」という業績で第20回加速器学会年会賞(口頭発表部門)を受賞しました。

ポンプを使わずに冷却水が流れ続ける!?自然循環型ビーム標的冷却システムの開発

素粒子物理実験では加速器内で生成した粒子ビームをビーム標的に照射することで二次粒子を発生させて、目的の素粒子の性質を探る研究に利用します。ビーム標的は粒子ビームが照射されることにより発熱するため、標的を冷却する必要があります。本研究は、ポンプや電源を使わずに自然の力だけで冷却水を循環させる仕組みを採用し、小規模でシンプルな冷却系によって安全なビーム標的の運転を実現する自然循環型ビーム標的冷却システムの開発を目指す研究です。

 


(1)具体的にどんな研究をしているか

高低差のあるループ配管内にビーム標的を設置し、ビーム標的部で冷却水を沸騰させることにより、水と蒸気の密度差を冷却水の循環駆動力として利用するという、加速器業界では全く新しいビーム標的冷却システムを実現するための研究をJSPS 科研費 JP21K03608の助成を受けて行っております(図1)。本冷却システムを実現するための基礎試験を行い、本システムにおいて重要な要素である冷却水の自然循環流量について、実験値と解析値との比較結果を中心に加速器学会で報告しました。

 

(2)どんな工夫をしたか

当初は 「除熱限界性能試験」、「水-空気系自然循環試験」、「水-蒸気系自然循環試験」という3種類の試験を実施するために複数の試験装置を用意しようと思っていたのですが、一つの試験装置で3種類の試験ができるように試験装置の設計を工夫しました。その結果、試験装置の製造コストも時間も大幅に節約できました。

(3)苦労したこと

試験環境の制約と限りある予算・時間・工数の中で、要求スペックを満足する試験をいかにして行うかということに苦労しました。先述の試験装置設計の工夫もこれに当てはまります。今回の学会発表のメインとなった水-空気系試験でも、手持ちのブロワー(空気を送る装置)では必要な空気流量には全然足りず、大流量の空気をどうやって試験容器内に供給しようか悩みましたが、所属部署所有のコンプレッサーをお借りすることで実現できました。また、当初予定していた沸騰伝熱試験を行うには100万円規模のヒーターが必要だったのですが、必要な要素を分解して自然循環試験と除熱限界性能試験で別々のヒーターを用いるというアイデアにより、製造コストが半分以下になることが見込まれるため、現状の予算で必要な開発を進めていけそうな目処を得ました。このように、制限の中でどうやりくりして目的を達成するかということに、現在進行形で苦労しております。

(4)得られた成果と今後の課題や抱負

現状までで得られた成果は、蒸発・凝縮といった水の相変化を利用することにより生じる自然循環をビーム標的の冷却に適用した、自然循環型ビーム標的冷却システムの概念設計案を構築したことと、自然循環流量を解析により精度良く求められる範囲(気泡流領域)を試験結果との比較により示したことです。今後は試験結果と解析結果とで乖離が生じる範囲(スラグ流領域)での乖離の原因究明を進めるとともに、水-空気系試験での不具合を解消し、本冷却システムの設計に適用可能な自然循環流量解析手法の確立を目指していきたいです。そして、最終的にはビーム標的を模擬したヒーター を用いた水-蒸気系の自然循環試験(沸騰試験)を行い、実機化への足掛かりを得たいと思います。

(5)受賞の感想

実は学会発表直前の1カ月間は、家庭の事情で仕事が満足にできない状況にあり、計画していた試験を断念し、当初の予定から内容を削っての発表だったので、受賞できるとは思っておらず、とても驚いております。従って、今回の受賞は「自然循環」というテクノロジーの素晴らしさがもたらしてくれたものであり、私自身の成果や実力によるものだとは思っておりません。なお、今回の発表までこぎ着けられた のは、(おそらく)知的好奇心と親切心を原動力に研究をサポートしていただいているKEK素粒子原子核研究所の秋山裕信さん、牧村俊助さん、金山高大さん、上司の鈴木純一さんのおかげです。特に電気系が専門である秋山さんがいなければ今回報告した実験は実現できていなかったと思いますし、標的開発の専門家である牧村さんには本研究の構想段階からお知恵をお貸しいただいております。また、低コストで高品質な試験装置が製作できたのは、高富俊和さんをはじめとしたKEK機械工学センターの方々のご協力のおかげです。さらに、本研究で困った際に相談に乗っていただいている、気液二相流の専門家であり私の恩師でもある早稲田大学の師岡愼一名誉教授と古谷正裕教授 にも大変感謝しております。

個人で始めた小規模な研究ですが、見返りを求めずにご協力いただいている皆さまに、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。最後に、これをお読みの方で本研究にご興味が湧いた方や、研究に協力してもいいよという方がもしおられたら、ご連絡いただけると幸いです。
メールアドレス:naoya.kamei[*]kek.jp
※[*]に@を入れてください

加速器学会年会賞とは

加速器学会では、研究活動・研究者生活の初期段階にある学生及び若手研究員を奨励する目的で、年会会期中の優れた発表内容に対し、年会賞を設けています。

リンク

ページの先頭へ